28.
――週明けの学校。
僕が登校すると、校内はある噂でもちきりだった。
『山田のやつが、付き合って一週間で武田さんに振られたらしい』と。
昨日、熊谷君と武田さんがデートをしているのを見た奴が広めたのだろう。
直接、誰かに何かを言われたり聞かれたりはなかったが、廊下を歩いていても噂話をする声が耳に入って来て居心地が悪い。
僕のことをよく知らない生徒まで「山田って、どの山田だっけ?」などと言ってやがる。朝一で一昨日の事を武田さんに謝ろうと思ったけど、今は行かない方が良いな。放課後、部活の時にするか……。
男子に絶大な人気を誇る住吉さんとは違い、女子にも人気のある武田さんのことだ。彼氏役を引き受けた時点でこうなる事は予想できた。
でも、分かっていたからと言って平気なわけではない。
殴られるとわかっていても、殴られると痛いに決まっている。それと同じだ。
……便所だけ行って教室に戻るかな。
項は、進行方向を便所のある方へ変え歩き始めた。その時、
……あっ、………い、痛いッ!…………胸、…が、…………
項は、突然、胸を締め付けられるような痛みを感じて立ち止まり胸を押さえる。
……忘れてた。僕は生まれつき心臓が悪かったんだ。だけど、狐さんと出会ってから運動も出来るようになったし、皆と変わらない生活が送れるようになった。……けど、完治したわけじゃない。
昔、この心臓の付き合い方がわかってからでも、激しい痛みに襲われたことが何回もある。医者には過度なストレスが原因だと言われた。
心労とか、精神上のストレスが、僕の心臓の病気には良くないらしい。
こういう時の対処法は、まず、心を落ち着かせることだ。
項は、何度か大きな深呼吸をすると精神の安定に努めた。
すると、徐々に痛みが引いていく。もう大丈夫だ。と、再び歩みを進める。
……一歩目を踏み出した直後、何かに引っ掛かり視界が揺らぐ。
項は、そのまま顔面を床に打ち付け、大きな音を立てて派手に転んでしまった。
「なんだろう」と、顔だけ起こし振り返ると、そこには知らない男子生徒が片方の足を横に出して立っていた。
故意に転ばされたようだ。武田さんを好いてる男子だろうか?
男子生徒は下卑た笑みを浮かべていた。
ひさびさに人の悪意に触れた気がする。
僕の中で黒い感情が膨れ上がっていくのを感じる。
やがて、それは破裂しそうなまでに膨れ上がり――
――項は、男子生徒に殴りかかっていた。直後、再び激しい痛みが項の心臓を襲い、激痛により動きを止めた項の拳が男子生徒の顔面に届くことはなかった。
その約二秒後、男子生徒の拳が項の顔面に突き刺さり、項はそのまま意識を手放した。
気付くとベツドの上だった。
保険室に運ばれたようだ。
横には、椅子に座って僕の顔を心配そうに覗き込む、毛利さんの姿があった。
……えっ!? なんで??
「おはよう。よく眠れたかい?」
「おかげさまで……って今、授業中じゃないの?毛利さんは行かなくていいの?」
打ち付けた顔面と殴られたところが腫れているのか、喋るとズキズキと痛む。後、胸もまだ痛い。
「こう見えて私、勉強は得意なんだ。来年の受験の分までばっちり大丈夫だよ!」
「そ、それは……大丈夫過ぎだね」
「…でしょ」
そんな他愛のない会話で笑い合い、顔の腫れ具合を確認しようとのばした手を、毛利さんに掴まれる。
「まだ触らない方が良いよ。派手な音がした割には大したことないし、すぐに腫れも引くんじゃないかな」
毛利さんが言うのなら大したことはないのだろう。最近、狐さんの影響なのかわからないが、ぶつけたり転んだりしてもたいして怪我をしなくなった気がする。
そういえば、狐さん今回はなかなか起きてこないな? それとも、とっくに起きていたり? まぁ、毛利さんがいなくなった後で狐さんに話しかけてみるか。
その後、毛利さんに僕が意識を亡くした後の顛末を教えてもらった。
まず、僕が殴られた直後、そこに現れた熊谷君が男子生徒を殴り飛ばしたらしい。そこへ駆けつけた先生が僕を保健室へ運び、男子生徒と熊谷君は職員室へ連れていかれたらしい。
なんか、熊谷君らしいというか、殴られた男子生徒が吹っ飛んで行く光景が目に浮かぶ。
その後、男子生徒は謹慎処分となり、熊谷君は厳重注意で済んだらしい。
そして、僕はと言うと、一切お咎めなしだ。
休憩時間の廊下にはそれなりに人がおり、
男子生徒が僕の足を故意に引っ掛けて転ばせたこと。
その後、殴り掛かった僕が寸前で思い留まり拳を止めたこと。
とっさに反応できなかった男子生徒が、僕の拳が止まっているのを確認してから殴りに行ったこと。
等を、見ていた人達が証言してくれたらしい。
男子生徒は最初、正当防衛を主張していたらしく、そういったところも含めて重い処罰が下ったのだと言う。
後、僕にも一応話を聞きたいから、後で職員室に顔を出すようにとの事だ。
「ところで、山田君!今、学校中で噂になっている山田君と七美ちゃんの事なんだけど……」




