表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/22

1.

『キツネタン』始めました。


 僕の名前は、山田項 (ヤマダ・コウ)。どこにでもいるような、大人しめの中学男子だ。生まれつき心臓が少し弱く、医者からも激しい運動を止められている為、部活にも入らず授業が終われば即帰宅という、特に何もない退屈な毎日を過ごしていた。


 そう、あの日までは……



 僕が住んでいるのは、もともと山を切り崩した場所に作られた集合住宅の立ち並ぶ団地で、ここ数年はタヌキによる害獣被害に住民たちは悩まされていた。

 きっかけは、誰かがエサを与えた事が原因なのだろうが、新たなエサ場を見つけたタヌキ達は側溝などに入り込み、次第にその数を増やすと糞尿による臭い被害がより深刻さを増していった。

 団地内で車に轢かれるタヌキの事故も増えた。そうなったタヌキは可哀想なもので、ゴミ袋に入れられゴミ収集車によって回収された。

 駆除に乗り出す住民たちもいたが、側溝を自由に移動するタヌキ達を捕らえるのは容易ではない。罠を仕掛けるも、あまり効率的とは言えず、タヌキは一向にその数を減らすことはなかった。


 だが、ある時期を境にタヌキは急激にその数を減らしていった。「ようやく、市が動いてくれたのだろう」と住民たちが噂するも、誰も市の作業員らしき者達を見た住民はいない。にもかかわらず、そのことに触れる住民は誰もいない。まるで、そこに暗黙のルールでもあるかのように…。



 あの日…………、その日も僕は授業が終わるとすぐに帰宅していた。部屋で宿題をしていて、ふと、学校の教室に忘れ物をしていたと気付き、その忘れ物を取りに学校に戻ると、幸い忘れ物はすぐに見つかった。再び帰宅の途に就くが、自宅近くまで帰り着くころには、日も暮れ始めていた。


 ……何かがおかしい。体が重い。

 どうして、日が暮れかけているんだろう。

 日暮れ前には帰宅できているはずなのに。

 呼吸も……なんか、息苦しいし。

 あれ、おかしいなぁ。学校に忘れ物を取りに行っただけなのに。

 僕は、生まれつき心臓が少し弱い。だからこそ、この体との付き合い方を熟知していると思っていた。

 今日までこの体とうまく付き合ってこれた。これからも、うまくやっていけるはずだった。だが、今はどうだ? 僕は、僕の体は一体どうなってしまったんだ。

 それと、先程から感じるこの薄ら寒さは何だ?

 最近はだいぶ温かくなってきていたが、日暮れどきともなるとこうも気温が下がるものだろうか。

 まぁ、いい。あと少しだ……あの角の駐車場を曲がった先が僕の家だ。

 もう少しだ、頑張ろう……。

 頭もクラクラする。帰ったら今日はゆっくり休もう。



 (こう)は体の不調と、何か違和感を感じながら自宅を目指し歩いていた。

 そして、覚束(おぼつか)ない足取りでなんとか駐車場に差し掛かった時だった。僕は、ソイツと遭遇してしまったんだ。

 軽やかな足取りで角を曲がってきたソイツは、僕を見つけると足を止めた。ほぼ同時に足を止めた僕とソイツは驚きの表情を見せた直後、一瞬だけ固まった。お互い意図しない遭遇だったのだ。そして、ソイツはすぐに鋭い眼光を、明確な敵意を、こちらへ向けてきた。

 僕の視線の先にいる『ソイツ』とは、一匹の大きな『キツネ』だった。

 僕の身長と変わらない程の全長。

 キタキツネとか、そんなカワイイ動物とは違う何か。

 そこにいるのは、まぎれもなく『野生の獣』だった。

 ソイツから漂ってくる濃い血の臭い。


 ……すぐに気付いてしまった。タヌキの数が激減した理由に……コイツが、ここをエサ場にしていたんだ。

 そして、このまま僕を見逃すつもりもないらしい。まぁ、なんとなくそう思っただけだけど。

 視線を逸らしたらその瞬間に襲ってきそうで怖いので、このままスマホを操作して応援を呼ぶか?

 それとも、大声を張り上げて助けを呼んでみるか? いや、ダメだ。声を張ったところでタイミング良く助けなんて来る筈がない。


 やはり、スマホで……


 なるべく自然な動きで、ゆっくりと……ブレザーのポケットからスマホを取り出し電話帳を開く。


 誰に掛けるか。両親はまだ帰宅していないだろう。それなら、ご近所さんで大人の人がいい。……って、あれ? 僕のスマホにご近所さんの番号入れてたっけ?ないな。 あっ、手前の角に住んでる同級生の佐々木の番号だったら確か……佐々木の親父さんに来てもらおう。


 面識こそあれ、日常会話も交わしたことのない同級生の父親を呼び出そうとするほどに、今の(こう)はテンパっていた。

 そして、スマホを操作しようとした次の瞬間、強烈な臭いに襲われていた。

 それは、ガマンとかそういうレベルを遥かに超えた臭さだった。

 咄嗟(とっさ)に鼻を摘み、息を止めるも無意味だった。

 まるで全身が臭さを感じているような感覚。

 まったく意味がわからなかった。


 直後、(こう)は嘔吐物を盛大に撒き散らしていた。

 制服に飛び散り汚れようがお構いなしに吐き続けた。

 ようやく落ち着いて、


 ハッ!と我に返り、顔を上げた時には既に狐の姿はどこにもなかった。




評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ