パン屋は優しかった
目を開けるとそこには泥水にまみれた服で立っているサビがいた。
でもなんだか雰囲気が違う、無邪気さが無くて、まるで村の呪いを見つけたときの冷静な感じ。
状況から考えて、ウダが止まった理由はサビのせいだ。
でも何で止まっているのかわからない、いきり立った獣の動きをこんな状態で止めるようなことをどうやってやったんだ!?
「サビ……?」
「赤い髪はお姉ちゃんなの――」
サビが自分の髪で一番多い、赤色の部分を触る。
「村のお花畑みたいでとっても綺麗な赤色だったの、忌々しいなんて言っちゃダメ……」
「お、おい……やめてくれ! 金なら渡す、謝る!」
御者が怯えた顔をさらに歪ませながら皮袋を僕に向かって投げたけど、受け取る余裕もない。
チャリンと音を出して地面に転がる皮袋には目もくれず、サビと御者から目が離せない。
「お兄ちゃんもいじめようとした……村の人たちも」
「呪うな! 私を呪うなあぁー!」
「〈"死――"〉」
僕は呪いから逃げるより早く駆け出していた。
完全な勘だったけど、言わせちゃいけない気がしたから。
言ってからなにか起こすんじゃない。
"言った"時点で何か起こる。
そう感じて、サビの口を塞いでいた。
「サビ、もういい!」
すると止まっていたウダが動き出し、御者の言うことも聞かず全速力で道を外れて駆け出していく。御者も逃げれさえすればそれでよかったのか、馬車を御すこともせずそのまま振り落とされないように踏ん張り続け、道のずっと先へ消えていった。
「おひいはん、おひいはん」
「あっごめんサビ、苦しかった?」
呆然としたまま塞いでいたサビの口から手を放すと、もういつもの雰囲気に戻っている。
「ううん、お兄ちゃんがもういいって言ったからもういいの」
「そう……」
さっきのは何だったのか、聞く勇気もなく一応拾った御者の投げた皮袋をポケットに入れて街に向かって歩くことにした。
街に着くと最初に服屋を探すことになった。
サビの服は泥水が乾いてしまい今は乾燥地田土が張り付いている状態で、気にしていないそぶりだがやっぱり動きずらそうというか、なにより街をボロボロで汚れた服を着たままの少女と歩くのは目立つ。
本当は体も洗ってほしいんだけど、この世界は風呂に入るみたいな文化あるのかな?
「お兄ちゃん、あれじゃない?」
「本当だ、うん。内装もちょうどよさそう」
異世界に来たばかりの僕もそうだけど、遠くからきたサビも金銭感覚がわからず最初に入った服屋には入店すら断られてしまって、庶民的な服屋をやっと見つけることができた。
「いらっしゃいま……せ……?」
中に入ると店員の人が笑顔で迎えようとして首をかしげる。
まあそれもそうだ、サビの見た目が特殊すぎる。
「すいません、この子の服が道中汚れてしまって、ちょうどいい服を見繕ってほしいんですけど」
「は、はぁ……そういうことでしたか、ではご予算のほうは?」
予算と聞かれてさっき御者から貰った皮袋を開けると、中はほとんど金貨と銀貨ばかりが入っていた。
見た目に反して贅沢なやつだなーなんて思いながら金貨を一枚、銀貨二枚を取り出して
「これで足ります?」
というと店員の顔があからさまにぎょっとした。
「お、おおおお客様!? うちにはそんな高級な服ございません!」
ミスったかもしれない。
「じゃ、じゃあ好きな服を選んでくれれば……」
「は、はいい! みんな出てきなさい、このお嬢様の似合うお服を選ぶのよー!」
それからは裏にいた店員がバタバタと出てきては、試着室に入ったサビに服を持っていき。まるで子供のおもちゃのように着せ替えられていた。
一着目はたぶんこの店で一番高級なドレスで、キラキラした宝石のアクセサリーもごちゃごちゃついていた。さすがにこれは選べない。
二着目はシックな雰囲気のあるスーツみたいな服、アクセサリーもついてはいなかったけどサビが動きづらそうにしていたのでダメだ。
三着目はカジュアル目に抑えられた動きやすそうな服だったが、露出が多すぎて体の継ぎ接ぎがかなり目立つという理由で選べなかった。
四着目は、メイド服じゃないかこれ……?
こんな感じで服をとっかえひっかえし続けてもう一時間ぐらい経っただろうか、何着目かもわからなかうなった服は半袖の服にポンチョのような上半身を覆うマントがついていて、膝丈ぐらいのスカートと膝下まで隠れるブーツで露出度も動きやすさもバッチリな服だ。
サビも気に入っているようでマント部分をバサバサと動かしている。
うん、これにしよう。
「ありがとう……はぁ……ございます……! こちら全部で……ぜぇ……銀貨、八枚になります……!」
めちゃくちゃ疲れている様子の店長にお礼を言って皮袋から金貨を二枚手渡す。
かなり頑張ってくれたみたいだし、意外にも服の好き嫌いが激しかったサビが気に入ってくれる服を何度も真剣に考えて選んでくれたお店への俺の気持ちもある。
「お、お客様!?」
「大丈夫です、お礼の気持ちですから。じゃあ行こうかサビ」
「うん、いくー!」
おつりがどうとか受け取れないとか言われる前にそそくさを店を出ていくと背後からすっごい大きな声で
「ありがとうございましたぁーん!」
と聞こえて若干気まずかった。
とりあえずこれで多少目立たなくなったし、街を出るときに寄った店を回って村全体で数日は持つ食料と水を買いに行かないと。
「サビ、お兄ちゃんお願い聞いてくれるかな?」
「? いいよ、なにすればいいの?」
村人はちゃんと数えてはいないけど老人も子供も含めて二十人ぐらいいた。その人数の水と食料を一人で人目の付かないところまで運ぶのは無理だし、サビと分担して買うことに決めていた。
感覚的には初めてのお使いを頼む父親みたいだな、僕にも子供がいたらこんなことあったかなーなんてしみじみ思いながら二つある皮袋の片方に銀貨を十枚入れてサビに渡す。
「これで食べ物を買ってきて欲しいんだ、あそことあそこお店でね。僕は隣のお店にいるからわからないことがあったら聞きに来るんだよ?」
「わかった!」
元気よく返事したサビは指差した肉屋まで走っていき、店主と話しているのを確認した僕は隣のパン屋のような店に入った。
中は香ばしい小麦の香りがしていて、様々な形のパンが所狭しと並べられていた。
「すいません、ちょっと多めに注文したいんですけど」
「おうお兄さん、どんだけ欲しいんだい?」
声をかけると大柄で筋肉質な男性が反応する。なんかパン屋なのにラーメン屋の人みたいだ。
「二十人ぐらいの人が数日食べられるぐらいなんですけど……」
「二十人だぁ!? 兄ちゃんうちのパンは美味めぇけど転売は禁止だよ!」
「違います違います、村のお使いで、ちゃんと食べますから!」
まさか転売を疑われるなんて、と思ったけど見知らぬ人の大量買いなんだから疑って当然か。
でも嘘はついてないし、なんとか売ってもらわないと。
「兄ちゃん見ねえ顔だな……そもそも村っつっても二十人なんて少人数の村聞いた事ねえぞ?」
「あの、森の奥にある村で……畑が荒れてて作物も育てられないから急遽必要なんです」
「……ふーん」
痛い、疑いの目がかなり痛い。
でもなんとかして説得しないと、村の人達に毎日干し肉とよくわからない野菜だけで生活してもらうわけにもいかないし。
服屋の時みたいに値段以上のお金を渡す方法もあるけど、金貨には街ですごい価値があるみたいだからそんな馬鹿みたいに振りまくことはできないから節約もしなきゃいけない。
「よし兄ちゃん、その村見せてみろ」
「へ……?」
見せてみろって、写真があるわけでもないし証拠みたいに見せるのは無理なんだけど!?
「俺を連れてけって言ってんだ、もちろんパンも運んでやる、だが嘘だった時は兄ちゃんのお仲間も全員ぶっ飛ばしてやるぜ」
よほど自信があるのか、パン屋のおじさんは指をポキポキと鳴らしている。
確かになんかすごい筋肉してるし、それだけ危険な橋を渡れるだけの力があるんだろうな。
「じゃあ、お願いします」
せっかくの提案だし、そもそもパンが買えなかったらこの店に来た意味もない。
僕はパン屋の店主を村まで護衛して、村が確認出来たらパンを売り渡すという約束で店を出た。