街に戻ろう
ずるりと――巨大な虫の頭が地面から落ちると、あふれた体液が地面を赤紫に染める。
折れた刀を手に息を切らしていた僕は、それを見てどっとくる疲れに膝を折って倒れそうな体を村人たちに支えられていた。
「大丈夫かあんた!?」
「お兄さんすごい、あんな大きな呪いを倒した!」
賞賛とか悲哀とか、なにか色々と言われてる気がするけど、なんでかその?では頭に入ってくるだけで何も反応できない。今すぐ家に帰って布団にダイブして次の日もまた次の日も眠っていたいぐらいの疲れと、気を失うことを許してくれない体の痛みが相反していて、まったく動けない。
『ふーん……まあまあの呪いね、意外だったのはお嬢ちゃんだけど』
頭の中で怪物が喋ってる。
さっきの虫は呪いだっただろうか、というか僕あんなでかい虫斬れるぐらい力あったっけ?
考えていることがまとまらない。
呪いって僕のことなのか?
それとも刀の怪物?
サビは無事?
どうしよう、すごく眠い。
『馬鹿な子ね、もしかしたそういうところも――好きかもしれないけどね』
頭の中の怪物の声が不思議と深いじゃなくなるほどの眠気のまま――僕の意識は暗転した。
目を覚ましたのはまる一日経ったあとだったようで、少しだけ綺麗された家の中でサビに見守られながら起き上がると、体はまだ痛みが残っていてさらに立って歩けるようになるまで半日かかった。
村の状況はというと別に変ってるわけでもなく、重い空気は残ったままだし結局僕の食料は尽きていて村人たちもまたお腹を空かせている。
「みんなー、お兄ちゃん起きたー!」
僕が家の外に出るとサビが村全体に響き渡るような声で僕が起きたことを告げると、村人はみんな集まってきて"ありがとう"とか"あなたのおかげで"って感謝をしてくれたけど、遅れてきた僕より皆を守ってたサビの方がすごいんじゃないか?
実際サビがいなかったら僕もあれに近づくこともできなかった。
いま見返すとサビの目は普通の瞳孔をしているけど、あれはいったい何だったんだろう?
『ちょっと!』
「え、怪物さん!?」
『あんたが死にかけてた時傷を治したのも、呪力練って意識戻したのもアタシなんだけど?』
「え、怪我って……確かに痛かったけど、そんな死ぬようなものじゃ――」
『はぁ!? 転移者っていうのはそんなこともわからないの、あんたの体出血こそしてなかったけど内臓ぐちゃぐちゃ、骨はバキバキ! アタシが蘇生術使ってなかったら死んでたわよ!』
「えっ!?」
自覚のなかった怪我に驚く。
あの時は必死で体を動かしてたから気づかなかったけど、僕の体はそんなダメージを負ってたのか。
『そもそも人間が呪力も使わずに呪いの攻撃受けて無事で済むはずないでしょ、腕なんて最後に千切れ飛んでてもおかしくなかったんだから』
「ご、ごめん怪物さん……また助けられちゃったね、ありがとう」
『もう、あんたはまず呪力の使い方ぐらい覚えないとね。でもその前に――』
怪物は一呼吸置くぐらいの間を作ってから、意外な言葉を言ってくれた。
『祓うわよ、ここの呪い』
非協力的だった怪物からの提案に、僕は少し飛び跳ねたいぐらいの嬉しさで呪いを祓う方法を聞くことにした。ただなんでそう言ってくれたのかを聞くと、僕が寝ている間に気が変わっただけらしい、それでもなにも思いついていなかった僕にとっては助かる話だ。
「それで、どうやって呪いを祓うの? 前言ってた時みたいに土地を焼くなんてできないよ」
『簡単よ、刀を地面に刺しときなさい』
指示通りに抜いた刀を村の中心近くの地面に突き刺す。
すると影のような黒い塵が村のあちこちから集まってきて刀身に吸い込まれていく。重かった空気もどんどん澄んでいき、立っているだけで気落ちしそうだった土地がまるで生気を取り戻したように明るく、まさに生きた土地に生まれ変わっていく。
「これ、どういうこと?」
『アタシこれでも呪いの王よ? この程度のちんけな呪い、全部食べても腹八分目にもならないわ』
「えー! じゃあ怪物さんはいつでも祓えたの!?」
できたなら最初からやってくれればよかったのに、と言いたいけれど、怪物には怪物なりのプライドがあるのだろうか。一応王って言ってるし力の使いどころは選んでるのかもしれない。
そんなことを考えているうちに土地から集まっていた塵は消えていて、刀を抜くと別に何の変哲もない折れたままの刀だった。
そして周りで見ていた村人たちが土を手ですくい、まじまじと見てから喜び出す。どうやら本当に呪いが無くなって、村が息を吹き返したようだ。
「おぉ、土が生きている! これならまた畑が出来るぞ!」
「よかった、ありがとうざいます旅人様!」
今日何度目かわからない感謝の言葉に照れながら戸惑っていると、村の奥から比較的大きい子供たちが農具を持って畑だった場所に向かって走っている。でもまだ体が満たされたわけじゃない子供は農具を振り上げることもできずひと振りもできず息を切らしていた。
「君、まだ危ないよ」
「ううん、弟も妹も腹減らしてるんだ! だからすぐにでも畑耕して食わせてやりたいんだよ!」
必死に農具を持ち上げようとしてるけど、結局胸より高く上がらず地面に浅く刃先が刺さる。
どうしても今すぐに畑を耕したいみたいだけど、人が弱っているままじゃ土地が生きてても意味がない。早く村人たちが食べられるものを用意したほうがいいな。
「ごめんね、少しだけ待ってて」
もう一度農具を振り上げようとする子供の方を掴んでそういった後、村長さんのところまで歩く。
「村長さん、僕が一度街まで戻って水と食料を買ってきます」
「そ、そこまですることはない、呪いが無くなっただけでもわしらは十分じゃよ」
「いえいえ、街だってそんなに遠いわけじゃないですし、日が落ちるころには戻ってきますから」
それだけ言い残して村の外まで走っていくと、後ろからサビも着いてきた。
どうやら村には残らず街に一緒に行きたいようだ。
「サビ、森の中は危ないからここに残ってた方がいいよ」
「ううん、お兄ちゃんがいるから大丈夫!」
首を横に振ったサビは僕の手を握って放そうとしない。
完全に着いていく気のサビを無理やり振り払うこともできず、村人たちに見送られながら二人で村を出て街に向かうこと人なった。
大き人面虫を倒したからなのか、道中は思った以上に何事もなく森を抜けて整備された道まで戻ることができた。ここから村まで数時間、あとは少しの間道なりに一時間もないぐらい僕が最初に目を覚ました王城がある街まで戻ることができる。
サビは森の外にある道を見たのが初めてなのか、前を走っては戻ったり、落ちている石を蹴飛ばしては追いかけたりと子供らしい遊びをしながら愉快に歩いていた。
すると道を走っていた馬車が、ぬかるんで泥になっている部分を車輪で踏み、弾けた泥が道の端を歩くサビの体にかかった。
「うわっ」
「気をつけろ、薄汚いガキが!」
馬車に乗っていた男はそれはもう酷い言い草で謝りもせず馬車を進めようとする。
僕はいてもたってもいられず馬車の前に立ち、無理やり前に進もうとする馬みたいな動物の足を止めた。
「ちょっと、まだ小さい子そんな言い方ないじゃないですか!」
「はぁ!? そのガキがそんなとこ歩いてるから悪りぃんだろうが、この忌々しい赤髪が……!」
「ちゃんと謝ってください、あの子の目を見て!」
「くそ、どけクソガキ! 俺はウッドー商会の商人だぞ、てめぇのせいで遅れたら裁判にかけて地下牢にぶち込むぞ!」
裁判や地下牢という強い言葉で脅してくるけど、馬車はそれほど豪華じゃないし男の格好も街で見た一般的な人と同じくらいの服装だ。たぶんこうやって脅せば簡単に避けると思っているんだろうけど、サビに謝るまで動いてやる気はない。
「くっそ、轢いちまえウダ!」
ウダ――たぶん馬車を引く馬のような生物の尻に鞭を入れるとヒィーと鳴いたウダが前足を振り上げて僕に向かって突っ込んでくる。
怖いけど、受け止めてやるぐらいの気持ちで両手を広げて待つ。
僕の体にウダの前足触れるまであと一メートル……だったが何の衝撃もない、ぶつかる感覚どころかさっきまでバカバカと地面を蹴っていたウダの足音も消えてる。
「……?」
恐怖で閉じていた目を開けると、そこにはその場で標本になったようにピタリと止まっているウダの姿と、怒りの表情から一転してなにかにひどく怯えているような御者の顔が見えた。