呪いの襲撃
「……あなたが村長さんだったんですね」
列に並ぶ村人たちに食料を配り終えた後、僕と老人――村長は村の中心にある井戸の隣に座って話していた。
話を聞いたところ、村で騎士になるために連れていかれたのは全員男性で村には村長を含めた老人数人と女性、子供しかいないらしい。
若い男性が連れていかれた時、一年の訓練を終えた後希望したものは村に返すことと、一年間の生活を約束してくれたことで送り出したらしいが、二年経っても誰一人帰ってこず食料の供給も絶たれて、数か月前に村の備蓄も底を尽き、人も通らないうえに街へ行く道も険しく危険なため村を出ることもできなかったそうだ。
「本当に感謝しております……ですがやはり土地の呪いはどうにもなりませぬ。いま膨れた腹も明日には元に戻るでしょう」
これが一番の問題だ。
呪いに詳しそうなサビも原因がわからないし、怪物に至っては協力する気はなさそうで、僕ができることは持っていた食料を分け与えるだけ。結局村長が言う通り何の解決にもなっていない。
「呪いの根本を潰さなきゃいけない……」
試しにサビがやっていたように指先で土を掘ってみると、確かにそれだけで感じる嫌悪感がある。生命を拒否されているというか、水が一滴もなくなった井戸みたいな虚無感。
こんなところで育つ作物なんてないし、作物がないと動物も近づかない。そもそも人間なんかよりよっぽど土地の変化に敏感な動物だ、もし狩りが出来ても微々たるものなんだろう。
「虫の呪い、怪物さんが言うには土地一帯を焼き払わないといけないらしいけど」
それが出来た後で村が復興するかと言えば無理、家も畑も一から作り直すのにかかる年月は知れている。つまり最適解は――土地に根付いた呪いだけを失くすこと。
「物は試しだ」
村の外まできた僕は刀を抜いて構えてみる。
使い方なんて知らないけど、とりあえず振りかぶって集中。人面虫が怪物を怖がったみたいに、呪いとか化物に対して有効なのはたぶんそれを上回るなにか、つまり武器庫の時みたいに思いっきり刀を振ってビビらせてみることにした。
「ふぅー……」
深呼吸してへその下を意識する。
あの時みたいに、いやどうやったかわからないけど、とりあえず僕の方が強いところを見せつければもしかしたら……!
……
…………
……………………
「全然あの時が感覚がわからない!」
かっこつけて刀振りかぶってみたはいいものの、あの腹で何かが爆発したようなあの感覚を全く思い出せない。
そりゃそうだよな……武器庫の時は本当に死ぬと思ってたし、何が起きて何がどうなっていたかも、ていうかあの壁の傷をつけたのが本当に自分かもわからないんだから。
一旦諦めて構えてた刀を鞘に戻して座り込む。
呪いを祓うっていうのも何かしら方法があって、サビが転生者なのに僕のことを弱いって言ってたから、僕以外にもこの世界には転生者がいるんだろうけど、その人たちはできるのかもしれないって考えると正直憂鬱だ。
「役に立たないなぁ……僕は」
「なにしてるの旅人さん?」
大きな石に腰かけてうなだれている僕のところに、村の子供が一人で近寄ってきた。
よかった、刀を構えてたら怖がられてたかも。
「どうしたの? 村の外は危ないよ」
「違うの、お兄さんと一緒にいた子が怖いの……」
僕と一緒にいたサビのことだ。たしかに継ぎ接ぎの体に、似合わないような屈託のない笑顔と言動が確かに怖いかもしれない。
実際僕だって助けはしたけど得体のしれない彼女がなんなのかよくわかってないし、でも確実に言えることはあるから、この子にもちゃんと伝えておかないと。
「サビは優しい子だよ、君たちと年も近いから一緒に遊んであげてくれると嬉しいな」
「そうなの?」
ちょっと無理のある笑顔かもしれないけど、言ったことは本当だ。
土地の呪いについてすぐ調べてたし、僕が村に無理やり戻ってきたときもすぐについてきてくれた。ちょっと見た目が特殊だけどたぶんあの子は年相応に無邪気で優しいと感じてる。
「うん、僕はもう少しここにいるから早く戻るんだよ?」
「わかった!」
元気に返事をして村に戻っていく子供を見送ってまた石に座り込む。
話してくれたこのおかげで少し気がまぎれたけど、わからないことはわからないままだ。土地の呪いに対して村を残したまま祓う。そんなこと本当にできるのか、力もない僕にはやっぱり自信がなかった。
「きゃあああ!」
「なんだ!?」
突然、村の方から僕の耳に鳴り響いた悲鳴。跳ねるように立ち上がった僕は村まで全速力で入ると、村の中で森で襲われた黒い人面虫が村人を襲っていた。
怯えて逃げている村人の前に立ち、守るように手を広げているのはサビだ。
かなりやばい、一体だけではあるけどたぶん僕たちを追いかけてきた奴らより一回りでかい。
サビも逃げていたってことは戦う力はないはずだし、守るように立ってはいるけどあの虫の大きな顎が、鋭い足がいつサビや村人に牙を剥くかわからない。
「サビー!」
わざと大きな声を出して虫の気を逸らして、夢中で鞘から抜いた刀を振りかぶって虫の胴体に斬り下ろすと、ガギィっとまるで鉄をバッドで殴ったような衝撃が僕の手に走り、痛みで動けなくなる。
硬すぎる! みためは柔らかそうな虫なのに、まるで鉄の柱みたいだ。
「うわっ!」
虫の振り回した足が僕を吹き飛ばし、サビとは反対方向へまた飛ばされる。
奇跡的になのか体に傷は無かったけど、僕の腹を強い鈍痛が襲った。
子供のこと高い所に上って背中から落ちたときのように息が出来ない、衝撃に驚いた内臓がパニックを起こしたように機能しようとしてない。
「うっ……あ…………」
声も出せない、人生でずっと避けてきた痛み、地面を転がりまわる余裕すらないほどの激痛で腹を抱えたまま唸ること以外できなかった。
「お兄ちゃーん、だーいじょーぶー!?」
遠くから聞こえるサビの声、顔を上げられないけど、たぶんあの子はまだ村人たちの前から動いてないはずだ。長く一緒にいたわけじゃないけど、それでもわかるほどにサビはやっぱり優しい子なんだ。
だったら僕も、痛いぐらいで寝てる場合じゃないかもしれない。
「ふぅー! ふぅー! はぁー!」
刀を杖のようにして立ち上がり、腹に力をいれて中途半端に残った空気を吐き出して思いっきり息を吸う。そのまま呼吸を整えて刀を構えて、しっかりと虫と村人たちの位置を視界に収めた。
虫は品定めをするようにまだ誰も襲っていない。
今のうちに僕は全速力で走りだし虫の背中にある棘を掴んで体を駆け上がる。
こいつの体は鉄みたいに固いけど、生物の体なら全身固めてたら動けないはず、つまり甲羅みたいになってる体でも関節はある。
「ここだっ!」
虫が動いたときにできる隙間、首元当たりにできる空間に刀を思いっきり刺しこむと、虫はギィィィと声を上げてジタバタと暴れだし抜けた刀と一緒に僕は村人側に振り落とされた。
また着地が出来ず地面を転がったけど、腹の痛みのおかげで落ちた程度の痛みは気にならずすぐに立ち上がって刀を見ると、刀身には気味の悪い紫色の液体がついていた。
やっぱり甲羅の間は柔らかい、あそこを刺せばダメージがあるんだ。
でも一突きしただけで倒れる様子はない、また刺しても暴れるだろうし今の一回で多分警戒してるから不用意に近づくとまた足で吹き飛ばされる、なんとか虫に気づかれないように近づいて次の一回で倒さなきゃいけない。
「お兄ちゃん、あれ倒せる?」
「たぶん……でも近づけない」
僕は無意識に前まで出ていたようで、隣にいたサビの質問に自信のない答えを返す。
すると、サビの体からなにか――僕が腹の中で感じていたような、力が貯まっていくような感覚を感じた。そしてサビの互い違いの色をした目の片方が不可思議に動き出して、十字のように割れた瞳から出る視線が虫に向けられると、いまかいまかと僕たちを襲おうとしていた虫の動きが触角の一本すら動かなくなる。
「いまなら近づけるよ、ほら行ってきて!」
何が起きたのかわからないけど虫の動きが止まっていることを確認した僕は、再び全速力で駆け出していつのまにかあった腹の中に感じる爆弾のような感覚を、甲羅の開いた虫の首元へ刀を振り上げる瞬間に爆発させた。