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呪われた村

 崖下に村を見つけた僕たちは、一旦目的地を村に決めてゆるやかな坂になっている道を進んでいた。


「はぁ……怖かった~」


「お兄ちゃん、転移者なのに全然強くないんだね」


 耳に痛い言葉を言いながら僕の隣を歩く継ぎ接ぎの少女は、さっきまで命の危機だったというのにもうあっけらかんとした笑顔になってて、若いってすごいんだなと三十路ながらにしみじみ思う。


 僕自身はこれから相対するモンスターが可愛げのあるスライムとかじゃなくて、あんなホラーチックな化け物だという事実に心は折れそうだ……せめてファンタジーな魔物とかならよかったのに、なんで人面虫なんだ。


「君はあの村から来たの?」


「違うよ、もっとあっちの方、さむーい村から歩いてきた」


 少女が指差すのは森のもっと奥、果てのない道なき道の先だ。寒いってことはいま僕達がいる気候とは全然違う、一体どれだけ遠いところなんだ。


「すごいね……えーっと、名前はなんていうのかな?」


「サビ! お兄ちゃんは?」


「僕はヒイロ、アラクニヒイロだよ」


「ヒイロお兄ちゃん! かっこいい名前だねー!」


 ありがとうと返して歩みを進める。

 サビは全然疲れてないみたいだし、村もかなり近づいてきた。

 このペースならあと一時間ぐらい歩けば村に着くかな、僕もあてのない旅になると思ってたけど、目的地が見えてるだけ気持ちが楽だ。


「怪物さんはあの村のことを言ってたの?」


『アタシが感じてたのは村なんかよりもっと少ないわよ、その子だったんじゃない?』


「そうなんだ、じゃあ助けられてよかったよ……」


「誰と話してるの? もしかしてさっき助けてくれた大きい人?」


 大きい人かぁ……あの怪物を見てこの反応は、喋り方もそうだけど見た目より全然無邪気なんだな。僕は震えてまったく動けなかったっていうのに。


「うん、そうだよ」


「私も話してみたいな―、お兄ちゃんしかダメなのかな」


「うーん、出てきてくれれば話せると思うけど、どう?」


『そんな簡単に出ないわよ……アタシこれでも呪いの王なんだがら、軽く見ないでほしいわね』


「そうだよね……ごめんサビちゃん、怪物さん出てきてくれないって」


「えー、じゃあ今度出てくれた時にいっぱいお話しようね!」


 意外と物分かりのいい子だな、と思ったけど表情は少し残念そうだ。

 でも僕に怪物の出す力はないし、気まぐれでまた出て着れくれることを祈るしかないかな。なにより怪物の姿に関しては、何度も助けられてるけどやっぱりまだ怖いし。


「あ、あそこ入り口じゃない?」


 離している間にかなり先に進んでいたらしく、サビが指差しているのはまさに村の入り口っぽい場所で、文字がかすれていて読めないけど多分村の名前が書いてある感じの看板が立てかけられていた。


 でも少し様子がおかしいというか、なんだか活気を感じない。近づくだけで空気が重く感じるし、家や柵もツタが絡まっていたり地面には雑草が生えていて整備されているという感じも全くない。

 サビは気にしていないみたいだけど、僕はおそるおそる村の門をくぐると、中はそれはひどい光景だった。


「な、なんだこれ……!?」


 家は崩れかけていて道は雑草とゴミだらけ、畑も荒れ放題で作物なんて微塵も植えられてない。村人はボロボロな服を着てて活気というか生気すら感じない。ラビと同じかそれ以下の年齢に見える子供ですら地面でうなだれていてやせ細っている。


「おぉ……珍しいのう、旅人とは」


 目の前の光景に愕然としていると、いつの間にか隣までやってきていたやせ細って骨ばかりの老人が話しかけてくる。


「来てもらったところ悪いがのう、この村には近づかん方がええ、早うお帰りなされ」


「な……放っておけないですよ! なんでこんな――」


「呪われてるんだね」


 予想外に冷静な声に視線を下げると、ラビが指先で雑草だらけの土をいじりっている。

 呪われてるってことは、もしかして怪物みたいなのが近くにいて村を襲ったとか? でも最近あったちょうなことならこんな人が痩せてないはずだ。それにかなり僕がいた街に近い村だし化物被害なんて鎧の人たちが対処してくれるんじゃないのか?


「おっしゃる通り、この村は少し前の隣国との戦争で呪いを受けた土地でのう。今までは若い衆の狩りで食いつないでおったが、その者たちも王国に騎士として駆り出されこの有様じゃ」


「そんな……国の人たちは助けてくれないんですか?」


「そもそも祓えない呪いを植え付けられた土地に住むものなどなんとも思っていないじゃろうて、じゃが出て行こうにも村の外で畑しか能のないわしらが暮らせるようなところはない。潔く生まれた土地に還ることだけを望んでおるよ」


 老人はそれだけ言い残して村の奥へ歩いて行き、止めることも追いかけることもできない僕は、村の門に背を向けて歩くしかできなかった。



「なんとかできないのかな?」


 そうつぶやく僕に少し前を歩いていたサビが振り向く。

 先ほどまでの冷静な雰囲気はどこにいたのか、今は村に着く前のように楽しげな様子で跳ねるように後ろ向きで歩いている。


「あの村はねー、虫の呪い!」


「虫の呪い?」


 突然投げかけられた言葉を繰り返し、同時に頭の中のあの気持ち悪い人面虫がフラッシュバックする。

 思い出したくもない真っ黒でキィキィ鳴くあいつらだ。


 もしかして、あれが原因なのか?


「虫の呪いはねー、大地が肥えないように、種子が芽を出さないように、人を飢えさせるための呪いだよ! その呪いにかかった土地の人はみーんなやせ衰えて死んじゃうの」


 知識を持った無邪気さ故の子供の笑顔に、僕は少し怖さを感じた。

 そして説明された虫の呪いについて理解する、あの村は説明通りの状態で畑は荒れていて村人はみんな痩せ衰えていた。

 ってことはあの人面虫を倒せばいいのだろうか? それだけだったら怪物になんとかしてもらえそうだけど……。


「サビは、呪いの原因がわかるの?」


「サビにはそんなことわかんなーい、あっはは!」


 くるくる回りながら楽しげに答えるサビ。

 まあ僕と違ってこの世界の生まれらしいし、ちょっとした知識があるだけみたいだから期待する方がおかしかったかなと思う。


「怪物さんはわかる? ほら、来る途中みたやつとか」


『なに? あんたあの村のことまだ考えてたの?』


「だってほっとけないじゃないか!」


『あのね、ああいうのは馬鹿な人間同士の無駄な争いの副産物。アタシたちが関わるようなもんじゃないのよ、大地に根付いた呪いはその土地一帯焼き払うぐらいしないと解けないんだから』


「でも……」


 手の届く距離にいる苦しんでいる人を放っておけるほど僕は非常な人間じゃない。

 何の力もないけど、もしできることがあればしてあげたいという気持ちは持ち合わせている。


 そう考えているうちに勝手に体が動き出していた。

 さっき背を向けてしまった村の門まで走り、刀を抜いて刀身に手を当てて中に収納したカバンを取り出す。非力な僕が片手で取り出すには重く、取り出し終えたところで持ち上げきれず地面に落としてしまうが、すぐにカバンを開けて水と食料をすべて出した。


「なにをしているのですか!?」


 カバンを地面に落とす音が聞こえたのか、老人が急いで駆け寄ってきた。

 その老人に取り出した水や野菜を差し出す。


「食べてください……これは僕よりもあなた達の方が必要だ」


「なにを仰っていますか、わしらはこの地に還るだけ、旅人殿には何も関係ないのですぞ!」


「でもほら……あの子たちはそう思ってないみたいですよ?」


 老人の後ろにはおなかをすかせているであろう子供たちが何人も僕の手に持った食料を見ながら指をくわえている。

 土地がどうとか、そんな話よりも生きたいと思っている目が僕の体を突き動かした。


「食べてもいいの?」


「うん」


 質問に返事をすると子供たちは水を飲み、干し肉を食べ、硬い野菜にかじりついた。

 老人はそれを見ているだけで自分からは食べようとしない、たぶんあんなことを言った手前手を出しづらいんだろう。

 でも子供たちだけに上げるには食料は多いし、僕は手に持っていた干し肉を一切れ老人に差し出してみた。


「わしに入りませぬ、もう長くもない体には必要ないものじゃ」


「そんなことありません、子供たちも生きるために今頑張ってます。もう少し頑張ってみるのもいいと思いますよ」


 そう言うと、おそるおそる伸びた老人の手は、僕の持っていた干し肉を手に取った。

 その光景を見て村にいた女性たちも続々と家から出てきてカバンの回りに群がり、僕の前に列を作りだす。一番頑固であろう老人が受け取ったことで自分たちも受け取れると思ったのか、子供たちと同じような目で並んでいた。

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