継ぎ接ぎ少女との出会い
怪物のおかげであまり道に迷うこともなく水と食料を買うことができた。
量的に数日分だけど、これだけあれば街の外に出てもとりあえず生きてはいけそうだ。とりあえず次の目標は暮らせる場所の確保、できれば人の少ないところがいいけど都合よく街の近くにそんな場所あるだろうか。
若干不安な気持ちを抱きつつも街の外に出れそうな門の前までやってくると、先に見える世界はとても広大で豊かな草原に挟まれた道が見えなくなるほど遠くまで続いていた。
「おい兄ちゃん危ねぇぞー」
「あっすいません!」
先に見える世界に呆然と立っていると、後ろから馬とトカゲを混ぜたような生物に引っ張られた馬車が走っていった。この道の長さを見る限り主な国外への移動手段は馬車みたいだ。
ってことは今から徒歩で行こうって思っている僕はもしかして結構バカだったかもしれない。いやでもこういう世界って少し歩けば村が点々とあるイメージだったけど、無かったら道の端っこで餓死かも……。
持ってる食料も薄く切られた保存食がほとんどだからそこまで多いわけではないけど、数日分の水っていうのはかなりの重量で、僕にはこれを持って何日も歩き続ける体力はない。
「いったん引き返そうかな……?」
もっとちゃんとリサーチしてから外に出るべきだった。
このまま着の身着のままみたいな冒険だと今日の夜あたりで倒れそうだ、でも次に着く街の名前も知らないし……はぁ、なんでこういうことに頭が回らないかなー僕は。
「せめて荷物だけでも運ぶ方法があったらなぁ」
生きるために必要な水と食料が入ったカバンを恨めしそうに見てしまう。
実際これさえなければ背負っているのは軽い刀だけである程度楽に歩けそうだけど、これがないと生きることができないジレンマで一歩の前に進めない。
『アタシが持ってあげようか?』
「え、ダメだよ! 君が外に出てきたらパニックに――」
『違うわよ、刀身にカバンを当ててみなさい』
どういうことかわからないけど、言われた通り刀を抜いてカバンを刀身にあてがってみると、みるみるカバンが細い刀身の中に吸い込まれていった。
刀の重量も全く変わってないないことに驚いてじろじろを刀身を見てしまう。
『この刀の中にアタシがいるのよ? つまりこの中は際限のない空間になってるわけ、だから荷物とかならどれだけでも入るから任せなさい。あ、生きてるものは無理よ?』
「すごいな……さっきまでは怖かったけど怪物さんには助けられてばかりだ」
『いいのよ、アタシだって久しぶりにいい気分なんだから』
最初はどうなるかと思ったけど怪物がいてよかったかもしれないなんて考えながら、踏ん切りがついた足を前に出して世界に踏み出す。馬車が通るからか意外と道は整備されていてコンクリートの歩道になれば僕でも結構歩きやすかった。
さて、まずはどこに行こう?
道なりに進めば何かあるのは確実だけど周りが森に囲まれているから先が見えないし、もし馬車でも数日かかるとかだったら徒歩の僕じゃ途方もない旅になっちゃうし、道から外れた場所に村とかあればそこで休みつつ進めるんだけどな。
「怪物さん、この辺になにがあるかわかる?」
『うーん、アタシも600年ぶりだからあんまりわからないけど……森の中から人の気配はするわよ』
人の気配? ってことは村かなにかあるのかな、まあなかったとしても人がいるってことは村とかそういう場所が聞けるかもしれないしとりあえず怪物が言っている方向に進んでみよう。
僕は少しだけ道なりに進んだあと、すぐに道から外れてほとんど整備されていない雑草だらけの森の中に入り込む。正直この先に人が住んでいる村があるような気はしなかったけど、怪物の感覚は街で食料探しの時に信用できるものだとわかったいたから、とにかく前に進むことにした。
そして森に入ってから大体30分ぐらい経っただろうか、振り返ればもう元の道は見えないぐらい奥に進んだ頃、目の前からガサガサと音がして身構えた。
馬車を引いていた変な動物みたいにこの世界には得体のしれない生物がいることはわかっていたけど実際音がするとかなり怖い。ていうか元の世界でも森の中から出てくる動物って猪とか熊とか危ない奴ばっかりだ。
もしもの時のために刀の柄に手をかけて近づいてくる音に注意していると――草むらから何かがすごい勢いで飛び出してきて僕の体に激突した。
「ぐふっ!?」
突然の衝撃に後方に吹っ飛んで激突したものを抱えると、感触は獣というには体毛が少なくて柔らかい、というか服を着ている。おそるおそる抱えたなにかに目を落とすと、赤いボサボサの髪とした女の子だ。
しかも驚いたのは人離れした赤髪だけじゃなく全体の容姿。少女の顔、腕、足と服から露出している部分はすべて傷だらけというかまるでバラバラになったぬいぐるみを直した後のように継ぎ接ぎで髪もよく見れば赤だけではなく黒や白といったいろは部分別に混じっているし顔の継ぎ接ぎを境に皮膚の色も目の色も違う。
完全に人間離れした容姿に悲鳴を上げそうになるが、明らかになにかに追われているような形相のため声を抑えるていると、突撃してきた少女が涙を浮かべた顔を上げた。
「た、助けてくだ――めっちゃ弱そう!?」
「なんかごめん!」
「でも助けて、呪いに襲われてるの!」
呪いに襲われていると聞いて僕は少女をどかして立ち上がり刀を抜く。
非力で冴えなくても僕は大人だ、助けてと言ってきた女の子を放っておくなんてことはできない。とにかく周りの様子を確認してできるならさっきの道まで戻らないと。
『きたわよ』
頭に流れた怪物の声と同時に目の前の草が揺れて、真っ黒な巨大イモムシに人の顔がついているめちゃくちゃ気持ち悪い生物が3匹飛び出してきた。
虫型の生物はキィキィ音を立てながら僕たちの足元まで迫ってきた。
いやマジで、本当にキモイ。これが襲ってくるとかちょっと元の世界に帰りたい気持ちが強くなってしまったけど、今そんなこと考えてる暇はない。
3匹同時に来られた僕は構えていた刀をすぐに下ろして少女の手を掴み走り出した。勝つとか負けるとか強いとか弱いとかじゃなくて、まっすぐ見てられないぐらい気持ち悪くて逃げる以外の選択肢を選べなかった。
「えー逃げるの!? あなた戦うんじゃないの!?」
「ごめん僕あれと戦うの無理! すっごい怖い!」
少女の手を引っ張って全力疾走――まさか僕が初めてやるロマンチックな行為が化物に追いかけられながらなるなんて思わなかった。しかも折れた刀と恐ろしい怪物のオマケつき!
「お兄ちゃん止まって!」
「いやいや止まったり死んじゃうって!」
「止まってぇー! そっちは崖だよー!」
少女の必死の叫びが僕の耳に届いて急停止すると、止まった反動で人生最速に動きまくってた心臓が破裂するような感覚と共に吐き気が込み上げてきた。でもこの場で吐いてる時間なんてないわけで、口を押さえて上がってきた胃液を胃に戻していると、追いかけてきた虫たちがもう目の前まで来ていた。
「どうしよう……」
少女を背後に隠して刀を構えるけど、まったく戦える気がしない。
怖くて足が震えるし、後ろが崖のせいで逃げることもできないし背水の陣とか言うけどまったく戦おうって気持ちも出てこない……やばい、今度こそ終わる。
『だらしないわねぇ、あの時の呪力はどこにいったのかしら』
声と共に刀の先端から煙と共に怪物が姿を現した。
最初に見たような荒々しさもないし顔と手しか出てきてないけど、ほんの少しその姿を見ただけで虫達が怯えているのがわかった。そしてそのまま後ずさりし、虫達は一目散に逃げだす。
「この程度の呪いにビビってると後が思いやられるわ」
「あ、ありがとう……」
また助けてもらった怪物に礼を言うと、怪物は満足げに笑って刀の中に戻っていく。
そのあとすぐに僕は後ろにいた少女を思い出して振り向くと、少女は怪物に怖がっている様子はなく僕の持っている刀を見て目を輝かせていて――その先に見える崖の下には村らしき家屋が見えた。