階段から落ちて異世界転移
同時連載中の異世界天使を始める以前に書いていたお話です
何が起こっているのかわからず、混乱した僕が説明できるのはたった一つ――異世界にやってきた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
地方のしがない映像会社に勤めている僕、新国緋色はもうすぐ三十路の平平凡凡な男で、今日も深夜残業で大量の資料を両手に抱えて三階の資料室からから二階の作業室へ向かう階段を下りていた。
「お、重い……! 」
僕は子供の頃からとにかく非力で登校中ですら息切れしながらカバンを担いでいたほどで同級生の女子よりも体力も筋力もない。頼りなさそうな垂れ目で細さが際立つ体も全く男らしくないし、取り柄と言えば真面目……? ぐらいでこの会社に入ったのも力を使わないデスクワークでの求人を見たからだった。
「はぁ……なんで、力仕事してるんだっ」
まあ求人情報に書いてある事なんてほとんど嘘っぱちで現場に出ない社員も物を運んだり走り回ったり、椅子に座っていられる時間なんて残業込みで数時間もないほどの会社だった。
それでもなんとかやってきたが、イベント番組の仕事を任されるようになった僕は連日徹夜で残業、今日も必要な資料を大量に抱えて階段ダッシュになってしまったわけだ。
「はぁ……はぁ……もう、限界かも――あっ!」
限界を感じた直後、僕の膝から一気に力が抜けて資料が上の段からばらばらと崩れていく。
ここでいらない真面目さを出してしまった僕は落ちていく資料を掴もうとして足を踏み外し――階段を頭から転げ落ちていった。
「うわあああ!?」
まるでスローに感じる時間の中脳内に流れ出す走馬灯、初めての恋とか入学式とか良いことあったなぁと思わせるような記憶がフラッシュバックし始めた時、僕の体は階段の下から迫る白い光に包まれた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
コントのような階段落ち、突然の白い光、混乱の中目を覚ますと僕の目の間にはさらなる混乱が待ち構えていた。
「……っ!?」
そこはとても豪華な部屋というか王宮というか、昔写真で見た海外の王様が暮らしてる城みたいな雰囲気の場所に、見渡す限りの鎧。多分だけど飾りじゃなくてちゃんと中に人が入ってるやつがずらりと並んでいてその先には、ギャグみたいにマッチョな王様がポーズ決めて立ってた……。
「よくぞやってきた選ばれし者よ、この王国の王たるボビー・ボビーが歓迎しよう!」
一言話してポーズを変えるマッチョから少し目を逸らした僕はなんとか今の状況を整理してみると、すぐに一つの結論にたどり着いた。
アニメとかでよく見る異世界転生だ!
だいたい無職とか引きこもりの高校生がトラックに轢かれたりしてから始まるあれなんだ、ていうかあれ別に無職とかで死因がトラックじゃなくてもできるんなー……はぁ。
「帰してください」
僕は想像した結論にたどり着いた後足を投げ出して座っていた体勢を正座に整えて頭を下げそう口に出していた。
たぶんこれから異世界転生勇者として強大な敵を倒して世界を救って仲間の美少女とウハウハハーレム生活が始まるんだろうけど、多分僕は序盤のスライムに負けてバッドエンドを迎える自信がある。
だって腕立て最高回数2回、腹筋最高回数1回、スクワットなんてもっての外の非力男だよ? デスクワークも無さそうな世界で役立たず認定受けてパーティ追放されたあげく元の世界よりきつい労働なんてごめんだ、今すぐにでも帰れるなら帰して欲しい!
「ふむ青年よ、貴様はこの世界に選ばれたことをもっと喜んでいいのだぞ?」
「僕、三十路で体も弱いしとにかくなにも役に立たないです、帰してください」
「はっはっは! 安心するがいい、貴様はこの世界に選ばれたもので唯一この王の間に迷い込んだ人間。この幸運を称えてこの元勇者たる余の装備を与える! 持ってこい」
王様……ボビーがそういうと後ろにあった巨大な扉が開き奥から巨大な剣と鎧を持った騎士っぽい人たちが入ってくる。
もしかしてそれをくれるんですかね……?
ってことは僕には戦える力があるのか、異世界にきたことであんな装備も自由に扱えるようになってるのか、もしそうだったこの世界でもやっていけるかもしれない。
一抹の希望を胸に抱え僕は目の前に置かれた大剣を見る。
剣はとても綺麗に磨かれていて刀身が鏡のように僕の顔を映している。持ち手にも宝石で装飾が施されているし見ているだけで惹かれるようななにかを感じる。
まるで剣が僕を選んで――
「ないぃぃぃー!」
剣の柄を持って力いっぱい持ち上げようとすると、肩が外れそうになるぐらい重くてピクリとも剣は動かなかった。
「ふむ、全盛期の姿でこの世界に来ているはずだが……彼に鎧を着せてみよ!」
ボビーの命令で僕の周りにいた騎士たちが運んでいた鎧を着させだしたけど明らかにサイズが合ってない。それでも無理やり装備させようとするから僕の体は無理やり引っ張られたり折り曲げられたりして痛みに耐えながら鎧をすべて着け終えると――当たり前だけどうつ伏せで1ミリも身動きが取れなくなってしまった。
「た、助けて下さぁーい!」
必死の叫びで僕の体から鎧が外される。
ボビーは困ったような表情で周りの家臣みたいな人と話しているけど、ここまできたら帰してくれないだろうか……?
「よし転移者よ、貴様に私の装備はまだ早かったようだ」
たぶん100年たっても無理だと思います。
「だが歓迎した手前なにも渡さず外へ放り出したとあれば我が国の沽券に関わる。よって我が城の武器庫から好きなものを好きなだけ持っていくがよい!」
そう言いつけられると僕は家臣の人に引っ張られて部屋を出た後長々と歩いたあげく地下の武器庫まで連れられていた。ちなみに家臣みたいな人は齢60ぐらいのおじいちゃんだが僕はまったく力で抵抗出来ていない。
「では転移者様はお好きなものをお選びください」
「え、ちょっと!?」
そう言って僕の制止も聞かずに武器庫の扉を閉められる。
中は天井から垂れ下がった蝋燭の光だけで足元が全然見えない、床にもし剣とかが落ちていたらとびくびくしながら一応中のものを物色してみる。
「重っ、これもダメかぁ……これも持てそうにない、うーんどれも持てるわけないんだよなぁ」
ぼやきながらできる限り軽そうな武器を手に取ってみるけどどれも持ち上げるだけで精一杯で装備して歩くなんて考えられないほどの重量だった。もう諦めて王様に帰してくださいって土下座しまくろうかなと考えていると、ふと視界の端にかなり細い剣の柄――ぱっと見刀っぽい片刃の剣が見えたので試しに持ってみようとすると、意外とすんなり引き抜くことができた。
本身の日本刀は1、2キロぐらいって聞いたことあるけどそれ以上に軽く感じた理由はその刀を抜き切ったあとに理解できた。
刀身が3分の2ぐらいで折れていたからだ――ちなみに僕が折ったわけじゃない、絶対に最初から折れていた。
うん、さすがに持てるとしても折れた刀持っていくのはなんか申し訳ないしこれはやめておこう。
「あれ?」
折れた刀を元の場所に戻そうとしたけど、手から離れない。というか放そうとしているのに握った手が開かない。ホワイ?
まるで手首から先だけ金縛りになったみたいに全く動かないし力が入らない状況でさすがにやばいと感じて手をぶんぶん振ってみても刀がすっぽ抜けることなく握力全開で握りしめいてる。なんとかならいかともっと振り回しても刀の重量に肩を持っていかれそうになって一度諦めると、折れた刀身からもやもやと黒い煙が出てきて武器庫をすべて覆ってしまった。
「ちょっと待って、ごめんなさいごめんなさい折ったの僕じゃないんです!」
必死に頭を下げて煙に謝るというわけのわからない行動をしているように見えるけど正直パニックだった僕にはこれしかできるこれしかできることがなかった。
わけもわからずひたすら謝り続けていると、煙から耳を捻じるような音が声になって入ってくる。
「そうよねぇわかってるわよぉ~でもありがとぉ」
煙から顔を出したのは人とも獣とも取れない巨大な、見ているだけで脳をほじくり返されそうな見た目の怪物。まあ死んだと思った。
非力で冴えない三十路男の目の前に現れていい怪物じゃないと思う、見た目マジでラスボスすぎる。もうすでに頭の中じゃ子供の頃遊んだゲームのゲームオーバー、勇者の冒険はここで終わってしまったの曲が流れている。
「アタシを封印したあの忌まわしい人間を呪い殺してやるんだからぁ、私を持ってくれてありがとねぇ見知らぬ少ね――やだめっちゃタイプ……」
え……? いまなんて言った? いやいや聞き間違いだよね、ほんの一瞬前まで忌まわしいとか呪い殺すと言ってた怪物がそんなファンシーなこと言うはずない。そもそも僕が人生で初めて言われる言葉がこんな怪物からだなんて考えたくもない。
そう考える僕の思いなんて知らぬ存ぜぬの怪物はめちゃくちゃハイテンションで体をくねくねさせている、声に出さないよう我慢してるけどめっちゃ気持ち悪い。
「やっだもぉーあんたみたいなのに拾われちゃったの!? マジ運命じゃない、契約しましょ! け・い・や・く!」
「えっと……ごめんなさい?」
目の前の怪物とか契約とか、状況がまだ飲み込めていないままの返事はたぶん失言だった。
こういう時はもっと遠まわしに拒否感を出さないように断らないと後が怖いっておじいちゃんが言ってたなーなんて思い出しながら悟る。
――僕たぶん死ぬ。