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血と唄

「私に....お仕事ですか....?」


暗い座敷牢の中、私は人間の男に鎖を引かれ、牢屋から引っ張り出される。


ここは京。人が暮らし、栄え、全ての生き物を蔑ろにして成り立った、悪逆の大都市。


この世は平等では無い。人は全ての生き物の上に立ち、私のような鳥の姿をした異形のもののけは奴隷として扱われるのが常。


人からすれば、人の言葉を話す畜生であるもののけなど、気持ち悪いもの以外の何物でもないのだろう。


「今日は...何をすればいいのでしょうか?」


「このあとすぐ、貴族たちの会合がある。桜を見て詩を詠むそうだ。そこで、お前にはさえずってもらう。(うぐいす)のお前には、これぐらいしかできないだろうが。」


私は比較的マシな方の奴隷だ。殴られる訳でもなければ、体を明け渡す訳でもない。単純に、芸をすればいいのだから。


見世物としての人生。外に出ることも出来ず、足に鎖を繋がれたままの、鳥籠の中の鳥。


そんな私にも、仲間と呼べる存在が沢山いる。それも結局、全員漏れなく奴隷なのだが。


「よう若葉(わかば)、お前も芸事か?」


茶釜(ちゃがま)!あなたも一緒なの?」


私の名前を呼び、ピカピカの茶釜から手足を生やした狸の奴隷が話しかけてきた。


彼も私と同じくもののけで、この場所で多少芸の上手い畜生として、人間から飼われている。


茶釜(ちゃがま)は本来、普通の狸のもののけだったらしい。けれど、ひょんなことから人間に捕まり、遊びで鉄の茶釜に閉じ込められたんだとか。


そうしてそのまま成長した結果、茶釜から五体を生やす。なんて生物としておかしい見た目に変貌してしまった。


「玉の上に乗って踊らされるんだとよ。それの何が面白いんだかっ?!」


「畜生風情が....。人様の言葉を話すんじゃねぇよ!!」


茶釜(ちゃがま)は彼を連れていた貴族から殴る蹴るの暴行を受け、なされるがまま身を蹲まらせている。


私は、それを見ていることしか出来なかった。そして茶釜(ちゃがま)もまた、私が助け舟を出さないのを分かっている。


これが奴隷。これがもののけ。人に産まれることが出来なかっただけで、ゴミクズ同然の扱いを受けることになる。


心底残酷な世界だと、私は思う。そう、思うだけだ。思うだけで、結局私は何も出来ないのだから。


私は茶釜(ちゃがま)と引き離され、早速貴族たちのいる、桜が立ち並んだ美しい場所へと連れていかれた。


そこでは高級そうな和服を着た貴族たちが懸命になって筆を取り、皆一斉に和歌を綴っている。


「ささっ!皆様ご覧下さい!こちら、世にも珍しい(うぐいす)のもののけです!」


私はそれなりに丁重な手つきで貴族たちの前へと押し出されて、全員の視線がわっと押し寄せてくる。


貴族たちは品定めでもするように私を見て、ほぉ。とそれぞれ感嘆の声を漏らした。


「さぞ美しき声で鳴くのでしょうなぁ?どうです、ここで唄って貰っては?」


「いいですなぁ!桜と(うぐいす)!和歌が捗りそうな組み合わせだ!」


「いかにもいかにも!その通りでございます!」


晴明(せいめい)殿はいかが思われますか?やはり畜生などの唄声はお耳に合わないのでしょうか?」


ドクンと、その名前を聞いて私の心臓は跳ね上がった。安倍晴明(あべのせいめい)。京中に名を轟かせる、今世紀最強の陰陽師。


彼は人の身でありながら化け物を従え、私たちもののけと同じように人外の力を使うという。


彼がいるから、私たちもののけの奴隷はいつまでたってもここから抜け出すことが出来ない。


他の人間を捻ることなら、恐らく容易い。本当に少し力を使えば、すぐさま殺せてしまうだろう。


しかし、この京には安倍晴明(あべのせいめい)がいる。彼がいる限り、私たちは全員が束になったとしても、呆気なく殺されてしまう。


「そうですねぇ....。美しい緑の翼に、人のような目鼻立ち。鳥の足や翼はあれど、本当に畜生なのか疑ってしまうほど、彼女は人間の如き姿だ。」


「いえいえいえ!コイツは正真正銘!(うぐいす)のもののけです!お試しになられますか?」


その言葉を待っていたと言わんばかりに、晴明(せいめい)はパンと手を叩いてにっこりと笑う。


それから短剣を懐から取り出して、私の傍にそっと寄ってきた。


頬を指で擦り、顔を近づけ、気色悪いほどににんまりと優男風の顔を歪める。それから、誰にも見えない程の速度で、私の喉を目掛けて短剣を振り抜いた。


「がぽっ.....?!.....ぁああっ....?!」


「あ、安倍晴明(あべのせいめい)殿?!一体何を!」


「気でも触れましたか!晴明(せいめい)殿!!」


血が飛び散り、私は口から唄ではなく血を吐き出し続ける。そんな風に跪いた私の髪を晴明(せいめい)は持ち上げて、やっぱりにこっと笑った。


「いやぁ。美しい。皆さんも美しいとは思いませんか!血を吐き、瀕死になりながらも!桜を背に唄を唄い続ける!これこそ正に、滅びの美学ではありませんか!」


その狂気的な演説に、貴族たちは固唾を飲んだ。晴明(せいめい)はやれやれと言って、貴族たちにも分かりやすいように噛み砕いて説明をする。


「散っていく桜に、散っていく命。そうして、春とは過ぎ行くもの。ここまでヒントをあげたのです。あとは皆様で、素晴らしい和歌を作り上げてください。」


貴族たちは納得したようなしてないような顔をして、それから筆を紙に走らせた。すると、貴族たちの態度が一変。晴明(せいめい)はたちまちに持て囃される。


「書ける....!書けるぞ!!流石は晴明(せいめい)殿!!情景がスラスラ浮かんでくる!!」


「滅びとは...破滅とは斯様なまでに詩的だったのですね....!」


「やはり晴明(せいめい)殿は和歌のセンスもおありのようだ!素晴らしい!!」


頭がおかしいんじゃないのか。こんなに残酷なことをして喜べるなんて、どうかしている。


人間の傲慢さは、とうとうここまでやってきたのか。そう思った所で、晴明(せいめい)が私にこっそり耳打ちをしてきた。


「唄え。最期にさえずって見せろ。そうすれば、生かしておいてやる。」


それは、縋るしかない悪魔の囁きだ。私に選択肢は無い。もし仮にこれが嘘であったとしても、私は唄うしかないのだ。


そのせいで二度と唄えなくなったとしても、生きるために、私はこうするしかない。


血をまき散らしながら、私は唄う。唄い続ける。喉から声が抜けていく度に、心の臓が冷えていく感覚に襲われた。


それでも、私は死にたくない。


(死にたくない。死にたくない。死にたくない。死にたくない。死にたくない。死にたく....ないよ......。)


私は文字通り、必死で唄を唄い続けた。死にたくなかったから。どうしても、まだ生きていたかったから。


そんな私の唄声を聞いて、顔を真っ赤にした茶釜(ちゃがま)が、こちらへと鎖をちぎって全力で駆けてくる。


「これが....これがお前ら人間のやり方かあああああああああああああ!!!!!!!!!」


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