作戦決行
秋の夜長、物思いに耽る人もいれば、切なさに涙を流す人もいると思う。
でも、僕の日々はルーティンと化している訳で……僕はラジオを聞きながら勉強をしていた。
『どうも、スリーハーツのユウです。この間ロケで青森に行ったんだけど、そこでびっくりする事があったんだ』
そして聞くのはスリーハーツの番組。最初は秋吉さんと共通の話題を作る為に聞いていたけど、今では竜也の番組だからと言う方が大きい。
(竜也が青森で驚いた?方言かな?それとも田舎過ぎてびっくりしたとか?)
ラジオでそれを言ったら、炎上するか。
『それで何があったんだ?』
タカが相槌を打つ。そういや、タカは僕の料理を食べたんだよな。竜也にクレームとか言ってないよね?
『ロケに行った畑に、高校のダチのお婆さんがいたんだよ。本当の偶然で、スタッフさんも驚いていたよ』
……もしかしなくても、婆っちゃ!?スタッフさんより、孫が驚いているんですけど。
「偶然ってあるんんだね。今日のテーマは『驚いた事』。皆のびっくりしたエピソードを教えて」
ジュンがしめて、CMに入る。テーマに繋げる為の、他愛のないフリートークなんだろうけど、まだ興奮が冷めない。こんな形で全国デビューするとは。
深呼吸して落ち着こうとしたら、スマホが鳴った。
「信吾君、スリーハーツのラジオ聞いていた?今のって信吾君のお婆さんの事だよね?」
電話を掛けてきたのは、秋吉さんだ。ライソでも済むのに、わざわざ電話を掛けてくれた事が凄く嬉しい。
僕の小さな幸せだ。
(前は電話に出るだけで、ドキドキしていたんだよ)
でも、今はすっと出れる。少しは進歩している……筈。
「多分、そうだと思う。前に婆っちゃに皆で撮った写メを送ったし」
その時、婆っちゃに秋吉さんの事を根掘り葉掘り聞かれた……確かに並んで映っていたけど、なんで分かったんだろ?
「陽菜もラジオ聞いていると思うから、相取君がユウだと思うアシストになるかもね」
もしかしてと感じさせるピースは多い方が良い。後から参謀にライソしておこう。
「僕は料理を考えないとね……あっ、番組が始まった」
スリーハーツのラジオを聞きながら、秋吉さんとの電話を続ける。
ふと思った。身近にアイドルがいたら、惹かれたりしないんだろうか?織田君もだけど、竜也になんて太刀打ち出来ないぞ。
「言われて聞くと、相取君の声だね。信吾君は芸能界の事とか聞いたりするの?」
秋吉さんの言う通り、竜也は上手く声を作っている。多分、ユウのキャラに寄せているんだと思う。
声もイケメンなのはずるいと思う。
「うーん、基本徹と三人の時しか言わない様にしているけど、ロケ大変じゃなかったかとか聞く位かな?他には、僕が食べた事がない食材を口にしたりするから、感想を聞く事はあるよ」
日本の食って凄いと思う。日々、新しい食材が発表されているのだ。業者さんから、売り込みとかもあるけど、全部把握出来る訳じゃない。
「やっぱり、信吾君だね……女性アイドルの事とか聞かないのー?」
女性アイドルか。興味がないって言えば嘘になるけど。
「三人で話す時って、それぞれの仕事の話が多いんだよ。その中で『女性アイドルと話しただけで、お笑いの人に睨まれたんだ』とか『ずっとディレクターとしか話してないから、打ち合わせ出来なくて困った』っていう愚痴を聞く事はあるよ」
芸能関係で一番驚いたのは、徹と友達になったと聞いたら、スタッフの態度が変わったって話。
竜也は人気アイドルとは言え、まだ高校生。ベテランのスタッフから、ぞんざいに扱われる事も少なくなかったそうだ。
でも、徹と友達だと分かった途端、手のひらを返した様な態度になったとの事。
「信吾君達って、男の子だけの時も、いつもと同じだね。クラスの男子って、女の子と話す時だけ、良い顔する人多いじゃない。好みじゃない子には、あからさまに冷たい奴もいるし」
秋吉さんだけじゃなく、女子は男だけで話をしている時の態度もきちんと見ているらしい。
まあ、僕等の事は誰も見ていないと思うけど。
「そうは言っても、僕が話をする女の子は秋吉さん達だけだしね」
他のクラスメイトとは必要な時しか話をしないし。
正確に言うと織田君達が独占していて話に加われないのです。
「私が通話する男子は、信吾君だけだよ」
胸の鼓動が一気に高まる。それは秋吉さんの中で、僕が上位って言う……それなはい。ないけど……。
(な、なんて返せば良いの?織田君とは……絶対にアウトだ)
「そ、そう言えば毎日電話しているもんね」
それは秋吉さんが僕を嫌っていないって事で……嫌いの反対は好きって事で……でも、友達の好きと恋愛の好きは違う訳で。
『次はラジオネームリンゴ婆さん、孫の友達がユウさんでびっくりしました。鈍い孫ですが、これからもよろしくお願いします……お婆さん、それは俺も同意です』
まさか婆っちゃ?てか、なんで竜也も乗っかっているの?
この後、なんとか話題を変える事が出来ました。
◇
竜也が出演したスペシャル番組が放映された次の日の昼休み。信吾達のクラスに桃瀬陽菜が遊びに来ていた。
「実、祭、おーす。昨日、スリーハーツが出たテレビ見た?」
陽菜はテレビの話題を振りつつ、竜也をチラ見する。そんな陽菜を見て、実と祭はアイコンタクトを取った。
「うん、見たよ。ユウ、弘前に行ったんだよね。あそこが信吾君の育った街なんだよね。私も一回行ってみたいな」
無自覚にのろける実に祭が溜息を漏らす。このままだと、延々とのろけまくる可能性が高いのだ。
「あたいも見たよ。お義母さんから、番組で出てきた食材をお裾分けしてもらったし」
徹の母親は祭の事を気に入っており、色々と世話を焼いてる。
息子の恋人と言うのも大きいが、成績が優秀な上にさっぱりした性格の祭を気に入っているのだ。将来の幹部候補として目をつけているのである。
今度は実が溜息を漏らす。今日の目的は陽菜に竜也がユウだと思わせる事。このままだと、祭ののろけで昼休みが終わってしまう危険性がある。
早い話がどっちもどっちなのだ。
「来て早々のろけマウントかいっ!?最近、スポンサーの人話すと、僕より祭の事を聞かれるんだよ!『お二人の様子はどうですか?』って、それ僕に聞く事?」
陽菜のスポンサーは、他ならぬマーチャントグループである。マーチャントグループの社員としては、御曹司である徹の恋は気になってしまうのだ。
何しろ祭と付き合ってから、徹は売り上げをうなぎ登りで伸ばしているのだ。
「今の所は安心して。うちの徹君とは上手くやっているからさ」
上手くパンダというワードを出したものの、顔を真っ赤にする祭。それは紛れもなく恥ずかしさから来たものである。
しかし、事情を知らない陽菜からしてみれば、壮大なのろけでしかない。
「うちのパンダ君!?なんちゅう激甘ワードを」
陽菜が苦笑いを浮かべている隙に、祭が肘で実をつついた。
「確かに庄仁君って、パンダっぽいんもんね。前から思っていたけど相取君ってスリーハーツのユウに似てない?」
なんとか、目的を達成する実。昔の陽菜なら『ユウの方が、何杯も格好良い』と猛反発していただろう。
「そ、そうかな。確かに竜君とユウは背格好が似ているけど」
しかし、今は先に竜君のワードが先に出てきたのだ。ホッと胸を撫で下ろす実。
だが、問屋は簡単に卸してくれなかった。
「あたいも前から思っていたよ。それなら、良里は誰似なんだろ?」
実を見ながらニヤリと笑う祭。
「信吾君は、ワンちゃん……秋田犬かな。料理って道にまっしぐらだけど、普段はおだやかで優しい。人見知りだけど、親しい人には、無邪気な笑顔を見せてくれるし」
自慢気に語る友人を見て溜息を漏らす陽菜。その視線は片想いしている男の子が映っていた。




