夕陽を見ながら
去年の夏は机にかじりついていたし、一昨年の夏は店の手伝い。一回、友達と海に行った事があるけど、荷物番で終わりました。
でも、今年は違う。
「信吾君、泳ぎに行こうっ」
秋吉さんはそう言うと、僕の手を引っ張って砂浜を駆けだした。当然、二つの物が揺れる訳で……。
(見ちゃ駄目……セクハラは一番嫌われるんだぞ)
男のチラ見に女は直ぐに気付くってパートの人達も言っていた。何より僕に見られても、気持ち悪いだけだと思う。
「秋吉さん、慌てなくても海は逃げないよ」
少しだけ手に力を入れて、秋吉さんを制する。どうせなら、この夏をゆっくり楽しみたい。
だって、こんな幸せなシチュエーションもう無いと思うし。
「……そうだよね。少し砂浜を散歩しよ」
そう言うと、秋吉さんは僕の手を握り返してきた……やばい、頭が沸騰して何も考えられなくなりそうだ。
(嘘でしょ?……もしかして、秋吉さん気付いていないのかな?)
でも、今手を放すのは気まずいし……それこそ、こんな甘酸っぱい展開はもうないと思う。
少し卑怯だけど、秋吉さんが気付くまで、このままでいよう。
「うん……海か、ゆっくり見るの久し振りかも」
海の近くに来る事はある。でも、殆んど仕入れ関係だから慌ただしくて、海を見ている暇なんてない。
胸が幸せで満たされていくのが分かる。
「私も、こんなにゆっくり海を見るのは、久し振りかも……いつもは周りに合わせてはしゃいでいたから」
頭の中で誰と来たんだろうって、思いが浮かんできた。胸にチクりと痛みが走る。
当たり前だけど、そんな事聞ける訳がない。でも、会話の流れが途絶えたら、手を握っている事がばれてしまう。何か反応しないと。
「そ、その時は何をして遊んだの?」
ない知恵を引っ張り出して会話を繋げる。
「部活の人と来たから、スイカ割りとかビーチバレーかな」
ビーチバレーか。人数的に出来ない事ないけど。
「今日やったら竜也、桃瀬さんチームの圧勝だろうね」
桃瀬さんはがちのアスリートだし、竜也も運動神経が良い……男子と女子に別れたら、僕と徹が足を引っ張ると思う。
「でも、陽菜は球技苦手なんだよ……そ、そう言えば、皆はどうしてるかな?」
……手を繋げてた事で頭がいっぱいになって、忘れていた。
「そうだね……なんだよ、徹」
周囲を見渡していたら、徹と目が合った……物凄く気まずいです。
「いや、秋吉さんに日焼け止めを塗るのを手伝って欲しくて……信吾、すまん」
徹はそう言いながら、僕に頭を下げてきた。
その手には日焼け止めクリームが握られている。
そんな徹の顔は茹でた様に真っ赤だ……徹の身体の向こうに、横になっている夏空さんが見えた。
水着の肩紐がない気がするんだけど……。
「祭っ!……信吾君、見ちゃ駄目だからね」
秋吉さんは、徹から日焼け止めクリームを奪い取ると、そのまま走って行った。
「信吾、本当にごめん。流石に限界だったんだよ」
徹は何回も僕に頭を下げきた……それは良い。僕も限界だったし。
でも、徹良いの?社員の皆様がニヤニヤしながらお前の事を見ているんだけど。
「二人共、顔が真っ赤だね。良い勉強させてもらったよ」
珍しく竜也が僕達をからかってきた。ドラマでの経験がある分、こういう事は竜也の方が大人なんだと思う。
「まさか、あの二人が積極的になるなんて……二人共、僕の事忘れてないかー?」
桃瀬さんは、そう言うと秋吉さん達の所へ走っていった。どちらともなく安堵のため息を漏らす僕と徹。
そこから六人で遊びました。
◇
遊びまくるとお腹も空く訳で。
「昼ご飯どうする?」
流石に今から作るのは勘弁だ。でも、ホテルのランチって高いんだよね。
「近くに安くて美味しい食堂があるから、そこに行かないか?」
意外だ。徹の事だから、レストラン無料券とか言うかと思ったんだけど。
「海どころの食堂なら、美味しい魚料理があるよね。楽しみだなー」
実家が肉屋なので、夏空さんは魚料理が嬉しいらしい……でも漁師街だと、逆に肉料理が人気だったりするんだよね。
魚料理を看板にしていると、観光値段だったりするし。
「道の駅っていうか漁協でやっている食堂だから、美味しいぞ。作ってくれるのは漁協の婦人会だし」
それは絶対外れのないやつだ。何だったら肉料理も美味しいと思う。何よりどんな地魚か見たい。
「それは楽しみだね。でも、歩いて行ける距離なの?」
六人で話をしながら、だと直ぐだと思うけど。
「ホテルにレンタルサイクルがあるから、それを使わせてもらう」
流石は経営者、隙がない。でも、いつの間に手配したんだろ?
港町には、独特の雰囲気がある。朝は威勢の良い活気で満ち溢れ、昼になるとゆったりとした時間が流れていく。
「潮の匂いと波の音……ここなら何もしない時間を過ごせそうだね」
日頃忙しい竜也にとって何もしない時間って、かなり贅沢な物なんだと思う。
「何もしなくて良い時間か……うちのお客さんが喜びそうだな」
常連さんの中にはサービスのコーヒーを飲まないで、お会計する人もいる。今度勧めてみようかな。
……流石は徹、抜け目がない。件の食堂にはホテルのポスターが張っていました。どうやら協力関係にあるらしい。
「おめでとうございます!ホテルのエステ無料券が当たりました」
なんと女性陣にエステ無料券が当たったんです。いや、多分仕込みだと思う。
だって丁度三人分なんだもん。それに……
「でも、今日の夕方までかー。残念」
悔しそうに呟く秋吉さん。僕は、今のままでも十分綺麗だと思うんだけど。
「せっかく当たったんだから、利用した方が良いと思いますよ。俺達は、その間街をプラプラしているし……なあ、信吾」
プラプラと書いて竜也の撮影ですね。なんか徹の掌で転がせている感じがします。
結果、女性陣は大盛り上がり。
「うん。僕もゆっくりしたいし」
徹と目があったので、同意しておく。本当に日焼け止めクリームを持って顔を赤くしていた奴と同一人物なんでしょうか?
◇
こっちも同一人物なのか疑わしくなってきた。
「どっちが本当の竜也なんだろうね」
撮影に入った途端、竜也はユウに変身。アイドルユウはは夕陽に照らされながら、決め顔を作っている。
これは絶対にバズって、抜群の宣伝効果があると思う。
「どっちもだろ……言える事は一つ。俺達が決め顔作っても、笑いしか取れないって事だ」
それは同意です。
「でも、今日は久し振りにゆっくり出来たよ。また来たいな。バスって定期で出ているの?交通費と宿泊代がセットのプランとかあったら、嬉しいな」
秋吉さんに振られたら、海を見ながら泣くんだ。そして次の日、ゆっくり起きよう。
「……流石は信吾。そのアイデア頂きだ……皆、ちょっと良いか?」
徹は、そのままマーチャントグループの人達と緊急会議に……旅行に来てぼっちなんですけど。
感想、評価で作者のやる気……元気が回復します




