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祭が終わって

 恋路達が帰ったので、撮影は仕切り直しになった。児童館で女子高生がやっている屋台。他の屋台と毛色も違うし、話題性もあるのでプロデューサーがのり気らしい。


「信吾君はスリーハーツを見に行かないの?」

 秋吉さんの言う通り、皆はスリーハーツに夢中で、屋台の周りから一歩も動いていません。つまり厨房は手薄。撮影が終わるまでお客さんは来ないし、大丈夫だと思う。


「ここが僕の持ち場だから。折角、秋吉さんと照山さんが仲直りしたんだ。気合を入なきゃね。それにスリーハーツに僕の料理を食べてもらうチャンスなんだし」

 ここまでしてもらって、竜也に恥をかかせる訳にはいかない。飲食業の本気を見せてやる。


「信吾君の料理なら絶対に美味しいって言ってくれるよ」

 一人りゅうやは絶対に食べてくれる筈……その一人に、ちょっと気になる事があったのだ。

(竜也の表情が少しおかしいぞ。胃もたれしているって感じだ)

僕はある意味コアなファンより、竜也の顔を見ている。分かるのだ。絶対に胃もたれしている。

出店の味は濃い目の物が多い。だから胃もたれしたんだと思う。


「それだと嬉しいんだけどね。秋吉さんは、スリーハーツ見に行かないの?」

 僕はジュンとタカにも喜んでもらえるいも丸君を作ります。ついでに胸やけアイドルに、何かを作ってやるか。なにかさっぱりする物を持たせてやろう。

(持ってきた食材はエビ・チーズ・ネギ・トマト・ツナ・コーン・玉ねぎ・シラス・ハム・海苔・レタス・ご飯か)

 打ち上げ用に食材を持ってきたのが、こんな所で役に立つとは。


「私は信吾君の手伝いをするよ。あの人数に混ざっても邪魔になるだけだし」

 確かに外は人口密度が高く、動く事すらままならない状態だ。現金な物で、それでもやる気がアップします。


「へー、これはあたい等がお邪魔虫かもなー。ねー、紅葉」

 結城さんと照山さんが厨房に入って来た……もしかして友達が心配で来たんだろうか?

 僕にそんな度胸ないってのに。


「そうだね。バドミントン復帰は、いらぬお節介みたいかもね」

 照山さんの言葉を聞いてはっとした。仲直りしたって事は、秋吉さんはバドミントン部を辞める理由がなくなったって事だ……でも、僕には止める権利はない訳で。

(バイトを辞めたら話す機会も減るだろうな……駄目だ、目の前の料理に集中しよう)

 結城さんと照山さんが来てくれたのは、思わぬ僥倖だ。


「結城さんか照山さんって、ここの商店街詳しいですか?」

 秋吉さんも詳しいかも知れないけど、出来たら側にいて欲しい……今のうちに思い出を作っておきたいのです。


「ここはあたいの地元だよ。何か用事あるのかい?」

 流石は結城の姉御頼りになる。これで少しは竜也に恩返しが出来る。


「これ買って来てもらえますか?」

 お金とメモを結城さんに渡す。


「梅干しと大根?良いけど、なんで?」

 流石に竜也の事は言えない。言っても信じないと思うけど。


「打ち上げに使うんですよ。出来たら、店が混む前に買ってきてもらえますか?」

 恋路の事、秋吉さんの今後……色々気になる事があるけど、今は料理に集中するんだ。


 スリーハーツの人気を侮っていました。竜也が「これ、まじで美味い。お勧めだぜ」って言っただけで、客足が倍増するなんて。


「七時だ。秋吉さん、休憩に入って下さい」

 スリーハーツバブルも一段落したから、秋吉さんが抜けても回る筈。


「良いの?信吾君もまだ休んでいないのに」

 確かに休んでいないけど、今抜けたら厨房が気になって絶対に落ち着かないと思う。


「実お姉ちゃん、来たよー!お祭り行こっ」

 元気な声がしたので振り返ってみると織田君の妹優紀さんがいた。

(優紀さんとお祭りに行くから、七時に休憩希望を出したのか)

 秋吉さんと優紀さんは笑顔で会話しており、本当の姉妹の様に仲が良い……つまり秋吉家と織田家は、それだけ仲が良いって事なんだよね。

織田君が反省してまともな性格?になったら太刀打ち出来ないって事だ。


「優紀さん、お久し振りです。良かったらこれ、どうぞ。揚げたてなので、気を付けて下さい」

 不安な気持ちは封印し、揚げたてのいも丸くんを優紀さんに手渡す。


「良いんですか?懐かしいな……少し前まで、私もここの児童館に通っていたんですよ」

 懐かしそうに館内を見回す優紀さん。小学生が大人ぶっている感じで、なんか微笑ましい。


「信吾君、何か買って来て欲しい物ある?」

 お祭りの屋台にありそうな物か……リクエストは決まった。


「焼き鳥とフランクフルトを買って来て……もらえますか?」

 自分でも表情が曇っているのが、分かる。そりゃ、いるよね。


「優紀、実ちゃん。俺も一緒について行って良い?」

 しれっとした顔で織田君が会話に参加してきました。他の子とデートしていたんじゃないの?


「げっ、兄貴……何しに来たの?本当に空気読めないんだから……さっき一緒にいた人はどうしたの?」

 沖田君の言っていた事って本当だったんだ。ダブルブッキングデートって、恋愛ゲームじゃないんだから。


「どの人?折角のお祭りだから、仲の良い人と回りたいじゃん」

 いや、何人とお祭りデートしたの?そのうち刺されるぞ。


「私は実お姉ちゃんとお祭りに行きたいの。ついて来ないでよね!」

 そう言って秋吉さんの手を掴んで、歩き出す優紀さん……その秋吉さんは、オロオロしていた。


「それじゃ俺は勝手についていくよ」

 織田君はそう言って二人の後を付いて行く。その姿は、ラブコメ漫画のワンシーンみたいだ。


「悔しいけど絵になるんですよね。さって頑張りますか」

 僕はラブコメの主人公にはなれない。いや、料理漫画の主人公にもなれないんだけどさ。今は一個でも多くの芋を揚げよう。


 終わった。やっとお祭りが終わった。


「皆様、ご苦労様でした。良かったら、これを食べて下さい」

 ジュースで乾杯している部員の前に料理を出す。


「これってピザ?いつの間に作ったんだ」

 結城さんが驚いている……いや、いも丸君を揚げながら平行して作ったんですが。


「ピザって言っても、いも丸君の生地を再利用したなんちゃってピザですけどね」

 生地を円形に伸ばしてフライパンで焼く。その上に具を乗せてオーブンで焼きました。


「海老とシラスのピザ・ツナコーンピザ・和風ピザまである。お昼の海老チリって、この具材を使ったんだ。こりゃ胃を掴まれる訳だ」

 照山さんの言う通り、昼に作った海老チリはピザ用に準備した物を使いました。


「和風ピザに焼き鳥が乗っている!これ、照り焼きの代わりなんですね。フランクフルトは輪切りにしてソーセージみたくしているし……凄いなー……私も食べて良いんですか?」

 優紀さんが目を輝かせて尋ねてくる。織田君は苦手だけど、優紀さんをのけ者にする必要はない。あの後手伝ってくれたから、食べる権利はあります。


「どうぞ。サラダとスープもあるからゆっくり食べて下さいね。おにぎりもありますよ」

 スープは野菜コンソメ。サラダは大根を使った和風サラダとレタスとエビのサラダもあります。


 相取竜也はロケバスの中でげんなりしていた。テレビカメラの前だから、笑顔で食べていたが、流石に屋台料理のはしごはきつかったのだ。


「なんかさっぱりした物食べたいね……今日のロケ弁はなに?」

 数口ずつしか食べていないので、竜也は腹を空かせていた。しかし、普段は食事制限をしまくりなアイドル。胃に確実にダメージを与えていたのだ。


「唐揚げ弁当だよ。流石に俺もパスだよ」

 肉が好きなタカでも、食欲が湧かないらしくげんなりしている。


「そう言えば、竜也の友達から何か預かっているよ。美味しかったけど、揚げ芋ならパスだね」

 ジュンの言葉を聞いた竜也が、勢いよく身体を起こす。高校で知り合った親友しんごは気を使い過ぎる程、気を使う性格だった。今の自分に揚げ物を差し入れる事は絶対にない。


「やっぱり、信吾君は信吾君だな。小さいおにぎりもある。これなら食べられそうだ」

 信吾君が竜也達に作ったのは一口おにぎり(梅干し・味噌・ツナ)大根と海苔のサラダ・辛めの海老チリ・シラスの梅和えと今の竜也達にぴったりな物ばかり。


「良い顔していたもんな。自分も忙しいのに、良い友達じゃないか」

 タカが自分の事の様に嬉しそうに微笑む。


「うん、自慢の親友だよ」

 竜也は自慢げにそう答えた。


 全部が終わった後、実達は旧交を暖めながら家路についていた。


「しかし、忙しかったね。まさか、あんなにお客さんが来るとは思わなかったよ」

 流々華が溜息混じりに呟く。


「それだけ信吾君の料理が美味しかったんだよ……紅葉、今商業高校に通っているんだよね」

 どこか誇らしげに答える実。そんな実を見て、流々華と紅葉は目を合わせて苦笑いを浮かべた。


「そうだけど、それがどうしたの?」

 一方的に喧嘩別れした友達が、自分の進路を知っていてくれた事に紅葉は喜んだ。しかし、その答えは彼女の斜め上をいくものだった。


「今度、帳簿の付け方とかレシートの整理の仕方を教えて」

 実は手を合わせて紅葉に頼み込む。美少女とはいえ実も恋する乙女。少しでも信吾の役に立ちたかったのだ。


「心配した僕が馬鹿だったよ……二人共、祭に気を付けてって言っておいて。あいつ等帰り際に『名納めいのうさんに言ってやる』って言っていたんだ。名納ってあの名納光だよね」

 名納の場名前を聞いた実と流々華の顔色が変わる。


「まさか、そんな偶然」

 名納光、夏空祭が恋心を封印する様になったのは、彼の所為だった。


「多分、そうだよ。今回スリーハーツが来たのは、商店街の肉屋の頼み……売り上げが落ちた原因が名納絡みらしいんだよ」

 流々華は肉屋の娘とも知り合いで、その内情を知っている。


「大丈夫。祭にも頼りになる人が出来たから……二人共、今度ヨシザトに来て。奢るから」

 三人は旧交を暖めながら、ゆっくりと家路についた。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 信吾君にしても竜也君にしても、お互いに自然と気遣える良い友人でほっこりします。 [一言] 織田君は、空気が読めないというよりも人の気持ちを理解しようとしない人なのでしょう。 まともな人達が…
[一言] 没になったのですか凄く残念です。寧ろ嫌われ者で、出番が少なかったマリナやジョージが強キャラで活躍する所が見たかったですね。
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