彼女の過去
こいつは本当に同い年なんだろうか?
徹にお祭りの工程表をチェックしてもらっているんだけど……その表情が厳しすぎます。
眉間に皺を寄せて、じっと工程表を見ている。なんかエリートビジネスマンみたいなオーラが出ているし。
「駄目だ。作り直して来い」
待って。まだチェックして一分も経っていないんだけど。
「マジで?結構自信あったんだけどな」
そんな簡単に分かるミスがあったんだろうか?何回も見直した筈なのに。
「仕事の分担表なら問題ねーよ。お前、根本的な勘違いをしているぞ」
勘違い?ちゃんと両方の部長に相談して、個人々の能力に合わせた工程表にしたつもりなんだけど。
「どれ、どれ……うん、今日も信吾君は信吾君だね」
工程表を覗き込んだ竜也も苦笑い。それすらもドラマの一場面みたく見えるんだから、アイドルって凄い。
今は眼鏡を掛けて髪をおろしているけど、正体を知っている身としてはイケメンオーラに圧倒されてしまう。
「分かってないみたいだな。ボランティア部もそうだけど、家庭部はそこまでガチな部活じゃないんだよ。美味しいお菓子や料理を作って、皆で楽しくお話をしながら食べましょうってノリなんだだよ……前の日の早朝から仕込みをいれたら不満が出るぞ」
家庭部はかなりゆるい部活らしく、参加も自由だそうだ。習い事を優先する部員も結構多いらしい。
確かに僕が料理を作っている時に、真剣に見ている人は数人しかいなかった。
「仕込みが大事なのは僕も分かるけどね。番組やコンサートも、下準備をきちんとしないと上手くいかないし」
竜也のコンサートか。一回見てみたいな。ノリについていけない気がするけど。
「うちの授業に、竜也のダンスコーチを呼んで『コンサートに出れるレベルのダンス仕上げましょう』って言ってる様なもんだぞ」
……それは勘弁して下さい。ダンスを覚える事が出来ても、ファンからブーイングを喰らってしまいます。
「仕込みは僕一人でやるよ。正直、言えばその方が楽だしね」
仕込みは生地作りが主。僕一人で十分出来る。いや、やらせて欲しい。
「自由参加で良いと思うぞ……指示役は三年生に丸投げしたんだな」
確かに設営とかの準備があるから、前の日も来る必要がある。力仕事もあるだろうから、僕も手伝うつもりだ。
「二年や三年の先輩……しかも、がちのお嬢様に指示を出すのなんて無理だって。先輩を挟んだ方が絶対に上手く回るし」
店でも爺ちゃんや父さんの指示は聞いてくれても、僕のお願いには良い顔をしない人がいる。
それと同じで。モブで庶民な一年生に指示されるのを、快く思わない先輩もいる筈……家庭科部の部長さんと話をしていたら、睨んできた三年の男子がいたし。
「そう言えば、児童館のある地域は、ま……夏空達が通っていた中学校の学区らしいな」
今、祭って言おうとしたよね?いじってやろうとしたら、竜也が目配せしてきた。スルーしておけって事らしい。
「小学校の学区は違うみたいだから、地元ではないみたいけどね」
それでも知り合いはいると思う……つまり、織田君のファンもいるって事だ。僕は厨房に籠らせてもらいます。
◇
流石は、女子が多い部活。手伝いの男子が大勢来てくれました。お陰で準備は滞りなく、行えたのです。
「それじゃ始めますか。揚がった順に持って行って下さい」
ある程度の生地を丸め終えたので、鍋の前に立つ。タコ焼きバージョンの方は、家庭部にお任せしています。
「大人のいも丸三人分、子供のいも丸四人分追加で」
商品名はいも丸に決定……売れ行きが良く、さっきからずっと揚げっぱなしです。スリーハーツ効果は絶大で、予想より多くの人がお祭りに来ているらしい。
「良里君、生地がなくなるよ」
まじで?まだ午前中なんですが。
「芋を蒸して下さい。それと父兄の方に頼んで芋を買って来てもらえますか?」
スリーハーツが来るのは、午後三時。その前後は更に売れ行きが伸びると思う。
そこから、ひたすら揚まくった。
(もう少しで二時か。そろそろ落ち着く筈)
ロケはメインストーリーでやると思うから、皆そっちに移動する筈。
「良里、子供のいも丸君六人分追加で……あれって紅葉じゃん。やばっ、売り場に実がいる!」
結城さんが慌てて、外に走っていった。何があったんだろうか?
◇
照山紅葉は、実と中学時代にバドミントンでダブルスを組んでいた。
しかし、ある事件が原因でバドミントンを辞めて、実との仲も疎遠になってしまったのだ。
中学時代の紅葉はボーイッシュな少女で、髪型はベリーショート。元気で明るく、いつも笑顔。年中日焼けしており、お日様の様な女の子であった。
「実、バド辞めたって本当だったんだ」
実を見つけた紅葉が抑揚のない声で話し掛ける。お日様の様な明るさは消えてしまい、表情も暗い。
「もみ……照山さん、元気だった?」
実は昔の様に話し掛け様としたが、言い淀んでしまう。
自分に直接非がないとはいえ、間接的に関係している事件が原因で紅葉はバドミントンが出来なくなってしまったのだ。紅葉が大切な親友だっただけに、実は罪悪感に苛まれてしまう。
「私が元気に見えた?……貴方は随分元気そうね。まだ織田と仲良くしているんでしょ?信じられないっ!」
棘のある言葉で、紅葉が返す。紅葉はバドミントンが大好きだった。運動神経も良く、めきめきと実力をつけ部内でも有望視されていたのだ。幸せで夢中だった。
それが織田の取り巻きによって、壊されてしまったのだ。
織田が実の応援に夢中になっているという些細な理由だけで、階段から突き落とされたのである。
「ストーップ。子供達が怖がっているでしょ……中で話しな。実、良里にも話して良いと思うよ。あいつなら分かってくれるって」
そんな二人を止めたのは、流々華であった。