第5話 出会いの夜会④
「この俺を前に誰とはモノを知らんやつだな。我が名はクライド。クロフォード公爵が嫡男クライドだ! 賊共め、貴様らに可憐な花をつませはしない!」
私と比べるまでもなく、小柄なその少年は勢いよく啖呵を切る。
その真紅の瞳と同じ色の炎を身にまとい、マントをはためかせて。
(どうしてクライド様が……!?)
クライド様はグローリア様と一緒にいた。であればメリンダが責任をもって避難させたはず。そのクライド様がどうして……?
「立てるか、レディ」
「え、あ、はい」
驚きのあまり膝をついていた私に、クライド様がお手を差し出してくださる。
膝をついている状態でも彼より高いから合理的に考えればその手をとる必要はないのだけれど、混乱している私はその白磁のように綺麗な手をとる。なにより「レディ」なんて呼ばれて、こんなまっとうに女の子扱いされたのは生まれて初めてだ。
「あ、ありがとうございます」
「構わないさ。間に合って良かった」
ちゃんとお礼を言えたかもわからない。それくらい今の私はドキドキしている。
どんな激戦の最中でも落ち着いていた心臓が、激しく高鳴る。
どうして彼がここに?
そう言えばさっきクライド様は「貴様らに可憐な花をつませはしない」と言っていた。
この場合の可憐な花が比喩表現なのは学の無い私でもわかるわ。
彼はグローリア様の婚約者――つまり、可憐な花である彼女を護るために自ら襲撃者と相対しに来た。そうに違いないわね。
……あのグローリア様が“可憐な花”?
そこは甚だ疑問が残るけれど、彼女見た目はよろしいしクライド様にベタ惚れみたいでしたから、きっと彼の前ではキャラをつくっているんでしょう。聞くところによると、殿方は自分に優しい女性に弱いのだそうだ。
――でもまあともかく、今は助かった。
心はグローリア様のものかもしれないし、ただ博愛の精神で助けていただいたのでしょうけれど、クライド様が今だけは私のホワイトナイトなのは間違いない。
「あれだけの魔法止めた……? まあいい、次期公爵だというのならここで死んでもらう!」
「――クライド様!」
あれこれ考えている暇なんてなかった。
クライド様の突然の出現に初めは動揺していた襲撃者たちも体勢を立て直し、再び魔法を浴びせようとしてくる。私はどうすることもできず叫び、ただクライド様の盾になるため立ちふさがろうとする。こういう時はこの身体も役に立つのよね。
――でも結果から言うと、その必要はまるでなかった。
「その程度の攻撃をこの俺が食らうかよ!」
「ぐっ……!?」
鞭だ。クライド様はその手に《炎の鞭》を出現させ、それを目にも止まらぬ速さで振るった。すると一瞬で周囲の男たちはくぐもった声を出して倒れ伏す。
すごい。これが本当の魔法の使い手。これが同世代に並び立つ者がないと謳われる実力者の魔法! まるでおとぎ話みたい……!
「さあレディ、今の内に撤退を……どうやらそうはいかないようだな」
少し緩んだクライド様のお顔が、また厳しくなる。
増援だ。剣や斧を手に持つ重武装の敵の増援が現れた。
おかわりノーセンキュー。もうお腹いっぱいなんですけど。
「チッ、多いな……」
多い。敵の数が多すぎる。これは山賊や野盗の襲撃なんてレベルじゃないわ。もっと何かが――いえ、それを考えるのは私の仕事じゃないわ。今は生き残らないと。
「来るぞ、気をつけろ!」
「はいクライド様!」
その手に凶悪な武器を持って襲撃者たちが迫る。
私は手にした槍を振るって、クライド様は魔法の炎でできた鞭を手にして立ち向かう。
「てやあああっ!」
一振りして一人。次の一振りは二人まとめて。
私が式典用の重い槍を振るうと、襲撃者たちが宙を舞う。
はん、魔法が飛んでこなきゃこんなものよ。私にそうそうかなうと思わないことね!
けれど、クライド様の方は――。
「ぐっ……!」
「クライド様!」
「はあはあ、すまない。助かった」
接近戦になるとどうしても体格差の問題がストレートにでてしまうわ。
今もクライド様は二人がかりに斬りつけられて押されていた。こうなったら。
「クライド様、ここは私に任せてお下がりください」
「――! しかし!」
「ただ逃げていただくわけではありません。増援を呼んでいただきたいのです」
「増援を?」
「ええ。まだ増援が来ていないという事は、お味方は混乱しているご様子。クライド様におかれましては、お味方を統率し一軍を率いて賊の殲滅をしていただきたく存じます。それが立場あるお方の義務かと」
グローリア様にはそんなまね無理だ。他の招待客も我が身可愛く逃げ出しただけでしょう。だからこれはクライド様にしかできない。
そんな私の考えが通じたのか、クライド様は強くうなずかれた。
「……わかった。その前に一つ聞いておきたいことがある」
「と、言いますと?」
「レディ、君の名前を教えてくれないか?」
クライド様は魔法を放って包囲網の一角を撃ち破ると、こちらを振り向いてそう問われた。
「エリカです。エリカ・エリントン」
「エリカか、良い名だ。必ず戻るから、それまで死ぬな!」
「かしこまりました!」
クライド様は振り向かずに走り出す。
私は彼の退路を守るため、敵に槍を向けながら叫ぶ。
そのかけられた言葉だけで、不思議と力が湧いてくる。
もうボロボロだけど、身体の奥底からエネルギーを感じる。
一振り、二振り、敵を蹴散らす。
三振り、四振り、槍が折れた。
敵から奪った長柄の斧を振ってもう一撃。
「くそっ、バケモノめ!」
リーダー格っぽい男が毒づいた。
バケモノ? 言うに事欠いてこの私をバケモノですって?
レディと呼んでくださったクライド様とは大きな違いですこと。
だからあんたらモテないでこんな犯罪者に落ちぶれんのよ。
……まあ私もモテないんだけどね。
「もういい、アレを出せ!」
「え、でもアレは……」
「時間かけ過ぎだ、逃げられちまう。そうなるとどっちにしろ俺らの命はねえ。わかったか!?」
「へ、へい!」
ふん。なにか相談しているようですけれど、クライド様の言葉を胸に戦う今の私は無敵よ! 魔法にだって負けないわ。さあ早く切り札でもなんでも持ってきなさいな――ってうわ!? 地震!? いえこれは――。
地面が揺れた。まさかこんな時に地震がと思った。
けれど違う。この振動は、壁を突き破って現れたヤツが元凶だ。
土煙に写し出されるシルエットは人型。大きな身体の私よりもまだ巨大。ざっと10メートル。鋼の巨人だ。
「あれは――“魔錬人形”!」
“魔錬人形”――それは今から三十年程前に実用化された、新しい形のゴーレム。
魔法によって形作られるその場限りの土人形ゴーレムと違い、魔錬人形は鉄と鋼、それからいくらかの魔法鉱石を材料に技術者によって製作される、乗り込んで操るタイプの機械だ。
その鋼の装甲は敵の魔法を弾き、組み込まれた魔法鉱石によって搭乗者の魔力を高める攻防一体の最強兵器。
見た目は甲冑姿の騎士をそのまま何倍も大きくした感じが基本で、国や機種によっていくらかのバリエーションがあるらしい。
でも魔錬人形をなんでこんなやつらが? あれはお貴族様でもなかなか手が出せないような代物だ。つまり超高価。私だって見た経験は数回だし、相手にするのなんて初めてだ。というか――。
「ハハハ、蹴散らせえ!」
ドゴーンと魔錬人形の鉄拳によって吹き飛ばされる会場。
私はそれから子ネズミの様に必死に逃げ回る。
死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ!
いやいやいや無理でしょこんなん。
さっき魔法ぶちこまれた時の百万倍死ねるわ!?
切り札でもなんでもって言ったけど、限度があるのよ限度が。
さすがにオーバーキルでしょこんなの!
「どうにかあれを――なんて無理ィ!」
だめ、泣きそう。というか少し泣いてる。クライド様助けに来て――いいえ、こんなの増援が来たってどうしようもないわ。だから来ないで。
「いけえ! バケモノにとどめ――」
「どうやら間に合ったようだな」
果たして私の祈りが届いたのか届かなかったのか。クライド様の声が再び響いた。
そして戦場に現れたのはもう一機の魔錬人形。それから彼の声が聞こえる。
「待たせたなエリカ。待っていろ、すぐに片づける」
クライド様の「すぐに」というのは決して比喩表現ではなかった。
彼は魔錬人形の力によって増幅された《炎の鞭》を振るうと、瞬く間に敵の魔錬人形を沈黙させ、残りの襲撃者を捕縛した。
☆☆☆☆☆
「すまない。こいつを調達するのに手間取った。だが正解だったようだな」
魔錬人形から降りたクライド様は、そうやって笑顔で私に話しかけた。
パーティー中は少しむすっとしていたイメージだけど、素敵な笑顔だ。
顔が良い。美少年とはこの彼のことだと辞書に書いてほしい。
「あの、重ね重ね助けていただきありがとうございます」
「礼はいい。俺は君の戦う姿に胸を打たれたんだ。だから俺も戦った」
彼はそう言って背伸びをして私の手をとる。
それにあわせて私はちょっとかがむ。
「だから俺はこう言おう。エリカ、俺と結婚してくれ」
「へ……?」
けっこん? けっこんとは一体なんのことで?
「結婚だ。一目惚れした。こんなに可憐な女性を見たことがない」
「可憐!? そんな……、私なんて昔からデカ女だ魔物だと言われてきた女ですけど……」
「見た目の話じゃない。精神の話だ」
「でも正直言いまして、私はクライド様を始めてお見かけした時、心の中で子どもの様だと侮った女ですよ?」
「一目見てその者の心までわかる人間なんていないだろう? 決して卑しいことじゃない」
ダメだ。何を言っても変わりない。無敵かこの人。
というかクライド様はグローリア様の婚約者では?
それが平民デカ女の私と結婚? またまたご冗談を。
「結婚しよう、エリカ」
綺麗な真紅の瞳が私を貫く。
そのあまりの迫力からか戦い後の高揚感か、私は思わずうなずいてしまう。
運命なんておとぎ話の中だけの話だと思っていた。
けれど運命はこの日、激しい戦いと共に私の元へと舞い降りた――。
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