第4話 出会いの夜会③
「…………」
「…………」
なにか金縛りにでもあったみたいに、まったく身動きができない。
本来私は人見知りで目をあわすことが苦手なのに、その紅い瞳を逸らすことができない。
これは魔法? 魔法なのかしら? 確か魔眼と呼ばれる瞳を使った魔法もこの世にはあると聞いたことがある。それなのかしら?
「――リカ」
だってそうじゃないと、この雷に貫かれたような感覚の説明がつかない。
ただ顔が良いから、目の保養になる可愛らしい男の子だから瞳を逸らせないわけじゃない。なにかこう、もっと別の何かが――。
「エリカ!」
「わっ! え、なにメリンダ?」
「なにじゃないよ。ぼーっとしないで仕事に集中しな」
まるで白昼夢を見ているみたいだった。
いや、実際夢を見ていたのだと思う。
クライド様とあれほどの時間、目があっていたなんて。
……冷静になると困惑する。
こんなデカ女を瞳にいれて不快な思いを抱かせてないかな? ――いや、不快に思ったに違いないわ。きっと彼は考えた。豪華絢爛なパーティーに不似合いな、一匹の魔物が紛れ込んでいると。だとすればあの視線の意味は物珍しさ。
ああ恥ずかしい。でももう少しの辛抱よエリカ。この不快なお仕事はお給金だけはいいから、これさえ終わればメリンダとぱーっと美味しいものでも食べに行きましょうそうしましょう。そうすればこのストレスだって――。
「メリンダ、気がついてる?」
「ああ、いるね」
“いる”。こういった警備稼業をしているとわかる。臭い臭い悪意の匂いが。
そんな匂いをぷんぷんさせている男が一人。
身なりは良い。けれどその醜悪な匂いまでは誤魔化せないわ。
さっと他の警備兵を見渡すけれど、私たちみたいに鼻の利く人間はいないみたいで、警戒の動きを見せていない。
「確保しないと」
「同意。けれどお嬢様を護らないと依頼はパー。私が確保するからエリカはお嬢様を護んな」
「いいえ逆よ。敵が一人だけとは思えないわ。私が抑えるから、メリンダはお嬢様を」
「了解、頼んだ」
経験は私よりメリンダの方が上。視野広く状況を判断できるのは彼女だ。
だとすれば彼女に護衛対象を護ってもらった方が良い。
男の確保を担当する私は、気がつかれないよに静かに接近する。
こちらが確保を焦って大声でも出せば、男は暴れるだろう。会場にわんさかいる招待客の避難は間に合わないでしょうし、その混乱をつかれて仲間まで動き出したら対処のしようがない。
だから私は静かに接近する。近づいて取り押さえる。それだけで事は終わり、パーティーの騒ぎは最小限に抑えられる。あと数歩。怪しい若い男はすぐそこだ。
その手に武器はない。いくら偽造した招待状で潜り込んでいたとしても、入り口でボディチェックは受けているから当然と言えば当然。暗器を隠している場合特有の不自然な体重移動もなし。そして私の確認できるレベルでの攻撃魔法の兆候もなし。後は――。
「――! 賊です! 皆さん避難をッ!」
瞬間、私は可能な限りの大声を出して招待客に警告を発した。
なぜならば男が窓に向けて手を不自然に動かしたからだ。
あれはハンドサインだ。外にいる仲間に合図を出したんだ。
――ガシャン。
そしてその予感は現実となった。
ガラスが割れ、多くの賊が侵入してくる。「助けて!」「逃げろ!」「きゃあっ!」悲鳴、罵声、怒号。パーティー会場は一気に阿鼻叫喚の渦だ。
「このおっ!」
「フハハ――ぐえっ!?」
混乱を引き起こし高笑いしていた男にとりあえず一発いれてノックアウト。
すぐさま槍を構えて、侵入してくる賊に反撃を開始する。
「てえい! やあっ!」
「な、なんだこのデカ女!? 手ごわいぞ!」
式典用の装飾過多な槍を振るうたびに、賊たちの身体が宙を舞う。
デカ女デカ女うるさいのよ! でもこの体格のおかげで戦えるわ!
「さあ、どっからでもかかってきな――」
「《火球》!」
「――!」
拳大の火の玉が飛んできたので、とっさに避ける。火の玉は私の横をかすめて飛び、壁に当たって破裂した。
(これは……魔法!)
魔法。自身の魔力を使って放たれる、不思議な力。神の力の代行。
この世界の人々は、大なり小なり魔力を生まれ持つ。
火、水、地、風、それから光と闇。
六つの属性に分類されるその奇跡の発現は『魔法』と呼ばれる。
「囲め! 魔法で仕留めろ!」
襲撃者が集まり、次々に色とりどりの魔法を放つ。私は回避に専念するけれど、四方八方から放たれる魔法を完全に避けきることはできず、右腕と左足に一発ずつ被弾してしまう。
「くっ――それなら!」
手近にあった大型のラウンドテーブルを転がして壁を造りその裏へと隠れた。豪勢な造りのそのテーブルは天板の部分が大理石でできていて、この程度の威力の魔法ならしばらくは防げそうだ。
「魔法を使える人間がこんなに。ただの物盗りじゃないわね。痛た……」
魔法を受けた部分が火傷になって痛む。
まったく、麗しい乙女の玉のお肌を傷つけるなんて不埒千万なやつらだわ。
それにしてもどうしようかしら? これで少しは時間を稼げると思うけれど、多勢に無勢なうえ私が使えない魔法をバンバン撃ち込まれている状況には変わりないわ。
ざっと見た感じ他の警備兵も押されているし、あまつさえ逃げ出している人もいる。とても増援を見込める状況じゃない。
「ああ、私も逃げ出そうかしら……」
と思うものも、それができないあたり私は真面目な人間なんだろう。
グローリアお嬢様にはムカついても、仕事を投げ出すことは私の倫理観がノーをつきつける。というか現実的に考えて、一度職務放棄した過去のある護衛を雇う依頼主なんて存在しないわ。つまりここで逃げれば行きつく先は野盗くずれ。
……どう転んでも貧乏くじじゃないの。
せめて着ているのが、重くて動き辛い儀礼の様の鎧じゃなくていつもの鎧なら。
ないものねだりをしてもしょうがないわね。そんな例えが通るのなら、「白馬の王子様が素敵に助けてくれたら」でも通るわ。……ははっ、自分で思ってみたけれどこんなデカ女を助けてくれる王子様はいないっての。
そんなくだらない事を考えていると、バキっと嫌な音が聞こえた。
まさか――いいえ、気のせいじゃない。
私が盾にしているテーブルに限界がきている。
まずい。ちょっと待って。あと少しでいいから。
あと少し持ってくれれば、相手の魔力が切れる……かもしれない。
そんな希望的観測すら打ち砕くように、テーブルは粉々に砕け散りそして――私の眼前に眩い幾条もの光が輝く。魔法の光だ。
妙にゆったりと時が流れるわ。ああ、これが死の予感というやつか。
あと数秒。たったそれだけの時が流れれば、あの光の数々が私の身体を貫く。
ああ女神様、今まで貴女に散々文句を言ってきたことは謝ります。
だからもし生まれ変わったら、今度は平均的身長の女の子にしてください。
贅沢は言いません。けれど普通の人生を歩んでみたいのです。
他人を見下ろさずに、同じ目線で大切な人と過ごしたいのです。
だから。だから。だから――。
火の玉が、雷が、氷の刃が、光の矢が、私の身体を貫こうと迫る。
あとほんの少し。数センチ。私は身構える。
怖い。怖くてたまらない。ぎゅっと目をつむってしまう。
デカいだのなんだの言われても、実際私は普通の女の子のなのだ。
だから助けて。誰か――。
そしてその時が訪れる。
無数の魔法。炸裂する轟音。目を閉じていてもわかる輝き。
――けれど、肝心の痛みはこなかった。
あれ? どうして?
もしかして痛みを感じる間もなく私は死んだ? 死した?
そう疑問に思って、ゆっくりと目を開く。
すると眩く輝く魔法が、私を護るように広がっていた。
「これは……《炎の壁》……?」
火属性の防御魔法《炎の壁》。その名の通り火の魔力によって炎で出来た壁を造りだし、魔法や物理的な攻撃を防ぐものだ。いったい誰が……?
その疑問はすぐに解決した。
まるで私を護るように襲撃者との間に立つ十二歳くらいの少年。
いいえ、私は知っている。彼が十二歳ではなく私と同い年だということを。
「誰だ、おめえ?」
粗野な口調で、襲撃者の一人が問いかけた。
少年は真紅の瞳を輝かせて睨むと、威勢よく答える。
「この俺を前に誰とはモノを知らんやつだな。我が名はクライド。クロフォード公爵が嫡男クライドだ! 賊共め、貴様らに可憐な花をつませはしない!」




