第3話 出会いの夜会②
私とメリンダの役目はグローリアお嬢様の側に仕える護衛。
ゴテゴテで重い式典仕様の鎧を着こんで、槍を持ってどっしりと立つ。
簡単に言えば、この夜会の主催者であるグラッドストン侯爵家の令嬢を飾り立てる装飾品。つまりお嬢様が身に着けている、ギラギラと品の無いアクセサリーと一緒だ。
つまりただ立っているだけで良い。
会場内を忙しく歩き回らなければいけないようなポジションに配属された他の雇われ警備に比べると、恐ろしいまでに楽な仕事ね。
――とはいえ、不逞の輩がよってこないとも限らない。
貰う給与分くらいは働く気のある私たちは、会場内の動きに目を光らせる。
来場者を注意深く観察する。ボディチェックがあるとはいえ油断はできない。不審者の早期発見は警備の第一歩よ。それにしても。
「お招きいただきありがとうございますグローリアお嬢様」
「あらこれはアビントン商会の会頭じゃありませんの。別によくってよ、下々に褒美を与えるのは貴族の義務ですから。オーホッホッホッ!」
「は、はあ……」
さっきからこのアホお嬢様ときたら、挨拶に来る人物全てに横柄な態度をとっている。
このアビントン商会なんて多くの貴族に貸し付けをしている大商会だけれど、もちろんグラッドストン家も借款しているわよね? もしかしてこんなパーティーを開けるのは自分のお家だけの力だと思っていらっしゃる? 手配した人物こそ目の前の男性じゃなくって? ド平民の私が思うのもなんだけれど、そんな相手にこんな態度で大丈夫かしらね?
「次期クロフォード公爵家当主、クライド様のおなーりー」
私が疑問符を頭の中いっぱいに浮かべながら苦笑いをしているアビントン氏を観察している時に響いたのは、着到報告係のそんな間延びした声だった。
現れたのは夜の闇の様な漆黒の髪に、宝石のような真紅の瞳を持つ美男子だ。
まるで人形や絵画のように造り物めいたそのお方は、静かに、そして力強い所作で会場を歩み、それにあわせて人々がさーっと割れて道ができた。
クロフォード公爵家嫡男クライド様。資料によると確かこのお方こそが――。
「お待ちしておりましたわ、クライド様!」
「お、お嬢様! お待ちを!」
メリンダが制止する声も聞かずに、グローリアお嬢様は駆け出してそのままクライド様へと抱きつく。慌ててお嬢様を追いかけた私たちは、そんなお熱い場面をたっぷりと見せつけられる。
クロフォード公爵家の御嫡男クライド様。
名門クロフォード家の次期当主。そして魔法の才能は同世代に並ぶ者がいないとまで称される天才。第一王子とは非常に親密な仲で、将来はこの王国の重鎮として辣腕を振るうことが約束されている……というのが、資料に記載されていた彼のプロフィールだ。
――そして彼こそが何を隠そうグローリア・グラッストン様の婚約者らしい。
……はあ?
あのワガママお嬢様にこんな見た目良し才能良しの完璧超人?
大丈夫かしらこの国は。婚約相手間違えていないかしら?
「ああクライド様! 中々お会いできずグローリアは寂しかったですわ!」
などと先ほどまでと比べて半オクターブ高い声でおっしゃりながら、頬を染め、目をハートにしていらっしゃるグローリアお嬢様。もう夢中って感じみたいね。
顔だけはよろしいグローリアお嬢様が、性格はわからないけれど見た目はかなりよろしいクライド様に抱き着く光景はまるで絵画のよう……だったでしょう通常は。
けれど現実は少し違う。
こういったシーンにおいて、往々にして女性は男性の胸板へと飛び込むはずだ。
けれどそうはなっていない。グローリアお嬢様がクライド様を抱え込むようになっている。
なぜならば――
(クライド様小さっ!!!)
なぜならば、私の目に映るクライド様の身長はすごく小さい。
女性としては平均的な背であるグローリアお嬢様の頭一つ分以上。
具体的な数値をだせばせいぜい150センチと少しかしら? たぶんそのくらいだ。
あんな小さな子が性格最悪なグローリアお嬢様の餌食に……。
というか犯罪じゃない?
(ね、ねえメリンダ……)
(言いたいことはわかるけど黙ってな)
(でもいくらなんでも小さすぎない?)
(あんたに比べれば世の男はみんな小さいよ)
うっ、確かに……。
(それにああ見えて二人は同い年だ)
(――!)
嘘!? 二人が同い年ってことは私とも同い年ってことじゃないの!?
失礼だけどてっきり年下のお子様だと思っていたわ!
でもまあ、冷静に考えれば年齢差のある婚約者なんてお貴族様には珍しくないようだし、それが同年代ともなれば部外者の私がとやかく言う話しでもないわね。……グローリアお嬢様と結婚なんて大変だと思うけれど。
「さあ、今夜も愛を語らいましょう」
「お、おう……」
……あれ?
なにか強烈な違和感を抱いた。
お嬢様の性格は横に置くと、きわめて微笑ましい場面のはずだ。
きっとこの先この二人は夫婦となって、この王国を引っ張っていく。
実際、うるんだ瞳に頬まで染めちゃって、べたべたとひっつくグローリア様は相変わらず嬉しそうだ。けれどクライド様は?
彼はまるで腐った卵の匂いを嗅いだような顔をして、すーっとその視線をグローリア様から逸らしている。泳ぎに泳いだその視線は、やがてこちらを向いてくる――そう、デカくて目立つ私の方へと。
「…………」
「…………」
片や巨大。片や矮小。二人の目線は大きく違う。
当然、普通に考えたら視線はあいようもない。
けれどまるで吸い込まれるように、その紅玉色の瞳と目があった。
あってしまった。
あってしまったのだ。
それが体格に恵まれすぎてデカ女として蔑まれてきたこの私――エリカ・エリントンと、体格に恵まれない以外は完璧超人なクライド・クロフォード様との出会いだった――。