第2話 出会いの夜会①
平凡な農民の娘であった私には他人様に自慢できるような技術はなく、村を飛び出したのでコネもない。そして当然、魔法の習得どころか勉学と言える勉学もしたことはない。ないない尽くしの私がつける仕事はそう多くない。
――つまり、身体を使うか肉体を使うかだ。
「次、エリカ・エリントン!」
「はい!」
「デカいな」
「よく言われます!」
「立派な……いや、いささか立派過ぎる体格だが、装備を整えれば見栄えはするか?」
今回の仕事の雇い主である、グラッドストン侯爵家の警備主任は私の身体を値踏みするように観察した後そう告げて、金の飾りが入った式典用の甲冑へと着替えるよう指示を出した。
もはや私の人生で言われ慣れている「デカい」という言葉にいささか傷つきながらも、私は元気よく返事をする。
「まあ女の警備兵は貴重だしな。要人護衛の経験もあるようだし、お前はお嬢様の側につけ」
「はい!」
人並外れた2メートルを超える巨躯。モリモリと鍛え上げてその後も習慣として維持している筋肉。田舎から出てきたナイナイ尽くしの私は、結局この二つを武器に用心棒や護衛の仕事を請け負うようになった。
初めは慣れないことばかりで戸惑いもしたけれど、女は度胸そして愛嬌。見様見真似で剣を振るって拳を叩き込むうちに、十七歳を迎える頃には私はなんとか生活できる程度にはこの仕事をこなせるようになっていた。女性の護衛の需要は結構多いのだ。
「お、エリカもお嬢様の護衛かい?」
「メリンダ!」
指定された甲冑に着替えて配置場所へと向かうと、見知った顔が声をかけてきた。
メリンダ・モーリスは私より二つ年上の友達であり、姉みたいな存在だ。
村を飛び出して右も左もわからなかった私にこの仕事や生き抜くための事を色々と教えてくれたのは彼女だし、私生活についても相談に乗ってもらっている。
メリンダは私と同じように故郷を飛び出してきた口で、さっぱりとした性格と確かな実力から同業者からの信頼も厚い。
「メリンダが一緒なら心強いわ。今回もよろしくね」
「私の方こそ心強いよ。しかし護衛対象のお嬢様――」
メリンダが視線だけを部屋の中央へと動かしたので、私もそれにならう。
視線の先は、今回の護衛対象であるグラッドストン侯爵家の一人娘、グローリア・グラッドストンがいる。ブルーのドレスを身にまとった、ブロンドの髪が美しく可愛らしいお顔立ちの少女だ。
……お顔の造りは可愛らしい少女だと思うのだけれど、現在の彼女はおつきのメイドさんにやれ「美術品の位置が気に食わない」だの、やれ「照明の感じが微妙」だのと、眉間にしわを寄せて怒鳴り散らしている。目に映る姿は傲慢の擬人化。ちっとも可愛らしくない。
「――ありゃお貴族様の中でも極めつけに性格が悪い女だね。あんな奴の護衛なんて今から気が滅入るよ」
「まったくだわ」
今回の仕事は、グラッドストン侯爵家の主催するパーティーの警備だ。
どうせこの王国でも有数のお貴族様であるグラッドストン家に何かする不埒な輩なんていない。ただワガママお嬢様の近くに立ち、終わればそのワガママお嬢様ともおさらばの簡単なお仕事のはずだ。
少しだけの我慢。ほんの少しだけ我慢をすれば、しばらく安心できるだけの報酬を手に入れることができる。例え護衛対象が鼻持ちならないお嬢様でもだ。
「そう言えば、このパーティーって――」
「ちょっと! そこのデカ女!」
なおも「警備に関する打ち合わせ」という名の雑談に興じようとした私たちを遮るように、そんな声が響いた。見ると目をこれでもかというくらい釣り上げたグローリアお嬢様が私たちを睨んでいた。
まずい。雑談していたのがバレたのかしら?
パーティーの開始にはまだ時間があるし、大丈夫だと思ったのだけれど。
「グ、グローリア様! 私でしょうか?」
「そうですわ! デカ女と言っているのだからあなた以外に誰がいるの!? 下賤な者は言葉もわからないのかしら?」
いえ、デカ女という単語が響いたその瞬間から私めのことと思っておりましたよ暴言クソお嬢様。
「どういったご用命でしょうか?」
「あなたデカいのだからシャンデリアの位置を調整しなさいな。早くなさい、このウスノロのデカ女!」
「は、はい……」
「返事が小さいですわ!」
「は、はい!」
「ああまったくもう、すぐにクライド様がお見えになるというのに!」
前言撤回。これは“少しの我慢”じゃすまなそうね。なぜなら嵐の様に浴びせられる暴言に、早くも私の心のリミッターはブチギレ寸前である。
……と、そんなことは顔にださず作業に取り掛かる。
相手がクソ暴言クソお嬢様だとしても雇い主なのに変わりはない。相手はこの国有数のお貴族様、対して私はしがない雇われ警備だ。絶対的な立場の差ね。
そう言えばクソ高飛車なクソグローリアお嬢様は、奇遇にも私と同じ年齢らしい。
まったく、天にまします我らが女神様はとんだ采配をなさったものだわ。あの娘にはお家、財産、そして美貌といった全てをお与えになって、この私にくださったものはありがたくもないこの巨大な身体なのだから。
「梯子なら物置にありますよ?」
「必要ないわ。手を伸ばせばとどくもの」
声をかけてきた使用人に返事をし、私はシャンデリアへ手を伸ばす。
はいとどくー。結構な高さの天井なのに、少し背伸びしただけでとどくー。
「お嬢様、これでよろし――」
「もっと右ィ!」
「は、はいい!」
「違う! 左ッ!」
「かしこま――」
「返事はいいから手を動かしなさいな!」
都合五十七回。お嬢様がけたたましく出した指示によって、私がシャンデリアの位置を微調整した回数である。
私はその後もデカいからという理由で、やれあれを動かせあれをどけろと業務外の肉体労働に駆り出されることとなった。それから解放される頃には、パーティーは開始直前にまで迫っていた。
「散々だったねエリカ」
「まったくよ。始まる前から酷使し過ぎ。私は引っ越し業者じゃないっての」
バカみたいに重い式典用甲冑を着こんだままである。
「ところでメリンダ、さっきは何を話そうとしていたの?」
「さっきって?」
「ほら、私がクソ――素晴らしいお嬢様から呼び出される前」
「ああ、たいしたことじゃないよ。そう言えばこのパーティー、グローリアお嬢様の婚約者も来るって話しだねえって。資料に書いてあるから読んどきな」
「婚約者……」
高位のお貴族様には幼い頃から身分に相応しい、決められたお相手がいる。
グローリアお嬢様は高位貴族だ。性格が悪くてもそれには変わりない。
だから彼女にも、将来を約束された相手がいるはずだ。私なんて殿方に女性扱いされたことは……思い出すまでもなくないけどね!
「一体どんな殿方かしら……?」
その言葉は思わず自然と口から出た。
今回のパーティーはグラッドストン侯爵家の力を見せるための定例の夜会みたいなものだ。我が家には誰それを呼ぶ力があるとか、これだけの料理を出せる豊かさがあるみたいな。
お貴族様の自慢合戦というこの世でもっともくだらない光景を見せられるのを我慢するだけの仕事だと思ったのだけれど、一つだけ興味が湧いた。
あのクソお嬢様の婚約者とやらを、この目で見てみたい。
お嬢様と同じで高位貴族は皆性格が悪いのか?
それとも逆にすごく性格が良いのか?
私としては前者がいい。だって後者だと一生物の被害者だわ。
「さあ、開場だよ」
メリンダの言葉にあわせて、私は仕事モードへとスイッチを切り替える。
この時、私はまだ知りもしなかった。
この夜会こそが私の人生を大きく変えることになるとは。
そして運命の夜会が始まる――。