第15話 婚約発表③
「ほう、乗馬を嗜まれるのですか。それは公爵閣下が気に入られるのもわかるというもの」
「まだまだ勉強中の身ですの」
無事にクライド様の新たなる婚約者だと発表された私は、招待客の応対におわれていた。
クライド様と一緒に、ずらーっと並ぶお貴族様や商家の方との挨拶。どちらかというと人見知りするタイプですし、こういうのって苦手だわ。つ、疲れる……。
「新たなお相手は中堅商家の子女……失礼ですが、これは政略を主眼においた婚姻ではないので?」
「もちろん。この俺が、エリカの可憐な姿に惚れての申し入れです。いわゆる一目惚れというやつです」
「「「まあ!」」」
にこやかではない――けれどそれが真剣味を物語るクライド様の返答に、彼を囲んで質問攻めにしていた女性はわっと色めき立つ。
「クライド様にはどうやって見初められたので?」
「そ、その……彼からは立ち振る舞いが良かったと……」
「まあ、きっと貴女のエレガントな姿をお見かけになったのね」
もうすっかり彼ら彼女らの頭の中では、お花畑にたたずむ私を見つめるクライド様という絵が描かれていることでしょう。まさか敵の襲撃に一人で立ち向かったからだとは誰が思うだろうか、いや思わない。反語。
「背丈があってドレス姿が映えますね。実にかっこいい」
「あ、ありがとうございます……」
いったん好意的に見られると、それまで「謎のデカ女」だったのが「かっこいい次期公爵夫人」にジョブチェンジしたみたいね。物は言いようとはこのこと。けれど私はかっこいいより可愛いと言われたい……というのは贅沢な悩みかしらね?
次期公爵夫人と見られると、有象無象の輩が取り入るために近づいてくるでしょうとノエルが言っていた。そしてそれらを見極めることこそ夫の助けになるとも。
「次の方、どうぞ」
「やあ、こんばんは」
「…………!?」
ノエルの案内で私の前に現れたのは、仮面で瞳を隠した風変わりな男。
あ、怪しい……。どう見たって怪しい。
首から下はきっちりした白いタキシードなのが輪をかけて怪しい。
目立つ。金色の刺繍もやたら目立つ。
「へえ、聞いていた通り可憐な女性だね。ドレスも良く似合っていて、まるで大輪の華のような可愛らしさだ」
「――っ!」
あらまあ。私のことをか、か、か、可愛いだなんて。もしかしていい人――じゃなくて!
「メリンダ、取り押さえて!」
「おう!」
「うわっ!? ちょ、ま――」
待つもんですか。こんな見るからに怪しい人物がどうやって潜り込んだか知らないけれど、私の前に現れたのが運のツキね。怪盗仮面タキシード(仮)、ここでご用よ!
「な! こいつ素早っこい!」
怪盗仮面タキシードはしゅるしゅるとメリンダの手から逃れると、ぴょんぴょんと跳ねながら会場を逃げ回る。銀色の髪がシャンデリアの輝きで照らされ綺麗だなって思うけれど、騙されないんだから! 捕まえちゃって、メリンダ!
「だから僕は……! クライド! 助けてくれクライドぉ!」
「――ん? おい待て! そいつは俺の友人だ!」
クライド様が叫び、メリンダの動きが止まる。
え? ご友人? この怪しさ全開なこの男が?
クライド様は使用人の皆さんに命じて周囲から人払いをすると、私とメリンダそれにノエル、そして謎の変態仮面男を近くへと呼んだ。
「あの……この変た――奇妙な方がご友人って本当に?」
「ああ、紹介しよう。こいつの名はオスカー・オークス。俺の友人にして――」
オークス? はて、どこかで聞いたことあるような?
「――このオークス王国の第一王子だ」
「お、お、お、おおおおおおおおお、おう……」
王子……? この不審者が? え? まさか本当に?
「王じゃなくて王子だね。次期国王という意味では正解だけど」
と、仮面を少しあげてにこやかに話す――話されるオスカー王子。サファイアの様に青く輝く瞳が印象的だ。というか貴方が王子というのに驚いて言葉が出ないだけで、王子だというのは理解しています。
「いやあ、君の出自を聞いていたから、驚かせないように仮面をつけて来たのだけれど逆効果だったみたいだね~」
「あ、いえ、その、ひゅ、ひゅみまへん!」
わ、私ったら王子様を不審者扱いするどころか、あまつさえ変態呼ばわりしようとしたわ――というかちょっとした! え? これ絞首刑? 処される? 処されちゃう!?
「あー、心配しないでいいぞエリカ。どこから見ても怪しいこいつが悪い。こいつはこういうしょーもないイタズラをよくするんだ」
「しょーもないとは失敬な。あはは、でも楽しんでもらえたかい?」
寿命が三十五年ほど縮みましたわ。あれ、でも――。
「殿下のお姿を見たことがない私やメリンダはともかく、ノエルは気がついていたんじゃないの?」
ノエルは仮面をつけた殿下を私の前にご案内した。ということはつまり、ただの不審者ではないと気がついていたということだ。
「はい。ですが言われてみれば仮面をつけたお姿は不審者以外の何者でもない故、とりあえず静観しておりました」
「ハハハ、相変わらずノエルは容赦ないね。でもそのおかげで面白くなったよ」
「恐縮でございます」
この感じ、たぶん殿下は以前もノエルがいる前でクライド様あたりに“イタズラ”をしかけたんだと思う。だからノエルは私とメリンダの行動を黙認した。それが殿下の意図だと見抜いたから。……やるわねノエル!
「それにしても、聞いていた以上に魅力的な女性なようだ。どうだい? 将来の王妃の座はまだ空いているんだけど」
「――え!?」
そう言って私の顔をのぞきこんでくる殿下の瞳は宝石のように美しくて、銀色の髪の毛は高級な絹のように艶やかで……でもだめ! 私には婚約者が! 今晩婚約会見を済ませたばかりの婚約者がッ! ――そんな感じで戸惑う私の前へとクライド様が出る。
「エリカは俺の婚約者だ。お前にはやらん」
「おや、本当に朴念仁の君が変わったものだねえ」
「…………!」
赤と青。二つの視線が交錯し、空気が張りつめる。
「ハハハ、じょーだんさじょーだん。もちろん魅力的という部分は冗談ではないけどね。二人とも婚約おめでとう。お兄さんは嬉しいよ。じゃあ、僕は帰らせてもらうね」
そう言って殿下は視線を逸らしてお道化てみせると、パチンと指を鳴らした。
すると小さな破裂音と共に煙がもくもくと立ちこめ、後には人影はなかった。
「あの……、これは?」
「魔法だな。あいつはいつもこんな感じだ。まったく、誰がお兄さんだ誰が」
そう言ってクライド様は溜息を吐くけれど、それはちっとも嫌そうじゃなくて、まるで大切な本当の兄弟が遊びに来てくれたような感じだ。
「そう言えばクライド様、私まだ言ってもらってませんけど」
「何をだ?」
「今夜のドレスの感想をです。殿下には言っていただきましたよ」
私がそう告げると、クライド様は「あっ」というような顔をされて、静かに私の手をおとりになった。
「今夜のドレス姿も最高に似合っている。エリカ、君は最高の女性だ」
「うふふ、ありがとうございます。ご心配なさらずとも私は、クライド様の婚約者ですよ」
手をとりあうと、どうしてもクライド様は私を見上げ、私はクライド様を見下ろす形になってしまう。デコボコだ。けれどそれでいいのだ。私と彼とは確かに通じ合っている。それを確認することができた婚約発表の夜会だった。
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