第14話 婚約発表②
「うわっ、もうこんなに人が……」
カーテンの隙間から大広間をのぞくと、続々と着飾った紳士淑女の皆様が来場していた。
以前見たグラッドストン侯爵家のパーティーと同じくらい――ううん、明らかにこちらの方が多い。さすがは王国の誇る名家クロフォード公爵家……。
ついにこの日がやってきた。やってきてしまったのだ。
今宵クロフォード公爵家王都屋敷で開かれる夜会でついに、私はクライド様の正式な婚約者として発表される。
「緊張していらっしゃいますか、エリカ様?」
「ダ、ダイジョウーブヨノエル。コ、コンナノナンデモナイワ!」
「全然大丈夫ではないようですね」
さ、さすがはノエル!
なるべく冷静に答えた私の些細な緊張感も見抜いてしまったようね!
「大丈夫ですエリカ様。エリカ様はこの数か月間、イチから……いえゼロから多くのことを学ばれました。今では立派な淑女でいらっしゃいます。この私が保証いたします」
「本当!? 私ったらもう立派な淑女なの? もう免許皆伝?」
「……立派な淑女とはいささか誇張しました。でもまあ……淑女の端くれには立っていらっしゃるかと」
端くれて。
「ですが大丈夫だと保証したのは嘘でも誇張でもありません。エリカ様なら大丈夫です」
「あなたが言うのなら大丈夫ね。ありがとう、ノエル」
クロフォード家に来て以来、厳しくも優しく指導してくれた彼女が言うのなら間違いないわ。うん、きっと大丈夫。
そんなやりとりをしていると、どこかへ行っていたメリンダが帰ってきた。
「メリンダ、護衛対象の私を放ってどこ行ってたの?」
「周辺警備との打ち合わせだよ。グラッドストン家ではあんな目にあったしね、自分でも確認しとかないと」
「それで、大丈夫そう?」
あれがきっかけでクライド様と出会ったとはいえ、金輪際あんな目はごめんだ。特に魔錬人形と生身で相対すとか。あんなの命がいくつあっても足りないわ。
「安心しな、クロフォード家のセキュリティは優秀だよ。グラッドストンみたいな雇い方でもないしね」
「グラッドストンみたいな雇い方? 薄給とかって話?」
「いいや、身辺調査の話よ。グラッドストン家は警備費用を安く抑えようと、ろくな身辺調査もせずに人を集めた。そうじゃないと私やあんたみたいなどこの馬の骨かわからない奴を高位貴族は雇わないでしょ?」
言われてみれば確かに。
「でしょ? あれだけ大人数の手引きできたってことは、警備側にも内通者がいたってことよねー。まったく、真面目にやっている私らにはいい迷惑だわ」
まったく完全に同意だわ。
「――というわけで、今宵は我ら万難を排してお嬢様を護る所存。どうかご安心くださいませ」
「ちょっとやめてよメリンダ」
「あはは、でも守りは任せときなってのは本当だよ」
ノエルとメリンダ二人の言葉。片や私に自身をつけさせ、片や私の肩の力を抜かせた。彼女達と話すうちに、いつの間にか手の震えは止まっていた。
☆☆☆☆☆
「始まったわね」
夜会は始まる、されど私はまだ控室。
まずはクライド様や公爵ご夫妻が来客者の応対をし、しかるべき後に私が登場。そして大々的に婚約発表をする。そんな手はずになっている。
だから私にできる事と言ったら、こうやってカーテンの隙間から大広間をのぞくことくらいだ。
「クライド様は囲まれているな」
「そうねメリンダ」
なるべく平静を意識して言葉を返す。
だってあまり平静を保てそうにないから。
クライド様を囲むのは着飾った女子、女子、女子。
大粒の宝石をめいっぱいつけて、綺麗なドレスに身を包んで、それらに負けないレベルでギラギラと獲物を狙う目を輝かせた、貴族子女の皆様。
改めてわかったことだけれど、クライド様はとてもおモテになる。
なにせ顔良し、魔法の才能良し、そのうえ家柄は抜群だ。それが婚約破棄してフリーだというのだから、まさに鴨がネギどころか具材一式を背負っているが如し。そりゃあご令嬢の皆様も本気モード全開というわけよ。
今夜の夜会は、「クロフォード家からお知らせがあります」程度でしか案内してなく、私の存在やましてや婚約発表の件は内密にされている。
もちろん競馬場に列席されていた方や、クロフォード家に近しい方たちはご存じでしょうけれど、公式に伝わっているのはあくまで婚約破棄したところまで。名門クロフォードがどこの馬の骨ともわからぬ女を嫁にするとは、怪文書レベルの噂話だ。
「エリカ、ねえエリカってば」
「なによメリンダ」
「そうすごむなよ。悠然と構えな」
「だってだって!」
「あんたがすごむとオーラがすごいの。お披露前に“怪物現る”とか言われたらあんたも嫌でしょ?」
うっ……。ただでさえ身分差や見た目であれこれ言われそうだし、自分から攻撃材料を増やすのはだめね。ステイクールよエリカ。
「クライド様が選んだのはあんたでしょ? 自信持ちなさい」
「そうね。確かにそうだわ。ありがとね、メリンダ」
「それにほら、取りつく島もないって感じだよ」
そう言われて改めて落ち着いて観察してみる。きゃあきゃあ言いながら取り囲むご令嬢方に対して、クライド様は「そうか」や「機会があればな」と素っ気ないと言う以外他ない返事をしている。
グローリア様と話している時もこんな感じだったし、興味ない時はこんな感じなのかしら? 私の時はその……笑顔とか浮かべて楽しそうに話してくださるし。
「エリカ様、そろそろご支度を」
「ええ、わかったわノエル」
大丈夫、大丈夫、大丈夫。
過剰に怯えることも、縮こまることもない。
ありのままの私で行こう。
☆☆☆☆☆
「皆さんご静粛に。ここで一人、紹介したい者がおります」
クライヴ・クロフォード公爵閣下がそう告げると、場内は静まりかえる。
ある者は何事かと戸惑い、また耳聡いある者はいよいよかと待ちわびる。
「それでは紹介しましょう。エリカ・イーストン嬢です」
そして完全なる静寂。
拍手で迎えられる――なんてことは想像していなかったけれど、これはさすがに緊張するわね。一歩一歩階段を降りると、カツンカツンと私の足音だけが響く。
ちなみにイーストンという姓は形式上私が養子入りした商家の家名だ。
私の姿が明らかになるにつれて、「でっか……」「なんなのあの女?」とざわめきが広まっていく。私はそんな雑音に構わず大階段を降りる。そして下にはクライド様が待っており、隣に並ぶ。
「既に聞き及びかと思いますが、我が息子クライドとグラッドストン侯爵子女グローリア殿の婚約は、勝手ながら先日破棄させていただきました。そして今宵、皆様にクライドの新たなる婚約者をご紹介いたします。改めまして、こちらのエリカ嬢こそ我が息子クライドの新たなる婚約者です」
歓声――よりはどよめきという方が正しい反応が広がる。
公爵閣下は十分に根回しをされていた。けれどそれをもってなお私の厳しい立場を実感する。
(がんばって、エリカちゃん)
ふと視線を彷徨わせると、シェリル様と目があった。
彼女は口だけを動かしてそう励ましてくれる。
うん、大丈夫だ。
「さあ、本日の主役も登場したことですし、いざ――」
公爵閣下がパチンと指を鳴らすと、楽団が演奏を始めた。
「レディ、一曲踊っていただけませんか?」
「喜んで」
出会ったあの日と同じく、差し出された手に私は自分の手を重ねる。
あの時は激しい戦い。今日は華やかな夜会。勝負という意味では一緒だ。
クライド様の流れるようなリードに身をまかせ、音楽にあわせてステップを踏む。彼の温かさを身体に感じながら、彼の心を感じる。
「エリカ、緊張していないか?」
「クライド様こそ緊張されているのでは?」
「フッ、言うようになったな」
身長差はある。多分にある。
けれど私たちはそれを感じさせないスムーズさで舞う。
周囲の目なんて気にしない。気にしてられない。
今この瞬間、私たちは確かに心を通わせている。
音楽が激しくなり、それにあわせて動きも激しくなる。
そしてフィナーレ。音楽が止まった瞬間、私は初めて周囲の客を見た。
やり切った。あとは周囲がどう評価するかだ。
静寂――いや、パチパチと公爵ご夫妻の、そしてノエルの拍手が聞こえる。
そしてその音が伝播するように拍手の音が広がっていく。
そして会場は、万雷の拍手に包まれた。
「素晴らしい!」
「力強い、なれど優雅!」
「さすがクライド様!」
「お綺麗ですよエリカ様!」
拍手、歓声、拍手、そして歓声。
田舎育ちのデカ女だった私は、まずは一つ貴族社会に認められた。
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