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第13話 婚約発表①

「はい、ワンツースリー、ワンツースリー、そこでターン」


 ノエルの言葉にあわせて、私はステップを踏んでいく。

 一応傭兵まがいの仕事をしていたから、運動音痴というわけではないわ。あとは緊張せずにリズム感に身を任せる。それでダンスになる。


「お疲れ様でござまいます。これならきっと大丈夫でしょう」

「本当……? 良かった!」


 私は汗の光る額をぬぐうと、ノエルは水の入ったコップを差し出してくれた。

 ごくごくと飲むと、カラカラだった体に染みわたる。はー、生き返るー。


「けれどご油断なさらぬように。此度の夜会より、エリカ様は正式にクライド様の婚約者ですから」

「ええ、わかっているわノエル」


 そう、私とクライド様の正式な婚約発表の日取りが決まった。場所はこのクロフォード公爵家王都屋敷。そこで開かれる夜会において、私は社交界にデビューすることとなる。


『――というわけでエリカさん、君には私が懇意にしている中堅商家の養子になってもらう』

『私が養子にですか?』


 例の競馬場での一件があってしばらく経ったある日のこと、私は公爵様からそんなことを唐突に言われた。


『もちろん、養子と言っても形だけのものさ。乱暴な言い方になるが、妾ならともかく単なる平民出身者が次期公爵の正妻となる。そんなことは無理だとわかるかな?』

『心得ております』

『そこで君を形だけ商家の養子にして、うちに嫁いでもらう。既に王家の内諾は得た。君に異存はあるか?』

『いいえ、ありませんわ。ご尽力感謝いたします』


 お貴族様のあれこれを勉強した今ならわかる。公爵様は簡単に仰ったけれど、その根回しがどれほど大変なことなのか。


『ありがとう。私も骨を折った甲斐があったよ。しかし形だけでも養子となる以上、婚約発表に呼ぶことは無理だが、ご両親に私が報告した方がいいかね?』

『……いえ、私が手紙を書きます』


 決して家族仲は悪くなかった。けれど家出同然に村を飛び出してから、もう何年も会っていない。クロフォード家のことは書かずに、結婚することだけを伝えればいいでしょう……たぶん。それが正解のはずだ。

 だって行方知れずの娘が突然お貴族様と結婚――なんてサクセスストーリーを披露されても困惑するだけ。悪くすれば欲を出すかもしれない。もちろん私は実の家族がそんな人間ではないと信じているけれど、クロフォード家の立場を考えれば慎重な対応にこしたことはないわ。


『結婚の暁には、君の実家に援助を送ることもあるだろう。もちろん、君の意向に沿った形になるが』

『重ね重ねのお気遣い、痛み入ります』

『そう硬くならなずともよい。君は私たちの娘になるのだから』


 ――と、そんなやりとりがあって早一月(はやひとつき)

 婚約発表をする夜会は、いよいよ間近に迫ってきていた。

 クライド様の婚約者として、そしてクロフォード家の一員になる者として、恥ずかしいマネはできないわ。だから礼儀作法、貴族のマナー、優雅さ可憐さ美しさ、そういった必要なあれこれをみっちり私の身体と精神にインプットする。それが家族として受け入れてくれるクライヴ様、シェリル様、ノエルたち使用人、そしてクライド様に対する私の答えなのだから。


「休憩は終わりよ。さあノエル、レッスンを再開してちょうだい」

「エリカ様がやる気に満ち溢れて私も嬉しゅうございます。……しかし、今日のレッスンはこれくらいにして、別のことをしようかと存じます」

「別のこと? それって?」


 なんだろう。テーブルマナーはもう大丈夫なはずだし、そもそもレッスンではない?


「エリカ様もご存じの通り、私は本来クロフォード家のメイド長。決してエリカ様専属のメイドというわけではございません」

「そうよね。ノエルがメイド長業務の忙しい中、兼業で私の花嫁修業につきあってくれているのを知っているわ」

「しかり。エリカ様はこれから正式にクライド様の婚約者になられるので、専属の従者が何人か必要になります」


 なるほど。公爵夫人であるシェリル様にも、専属のメイド、馬車の御者、それに護衛などなど、沢山の専属の従者として仕えている。シェリル様ご本人は「本当はこんなに大勢仰々しいと思うのだけれど~」と仰るけれど、貴族の格として必要なのだ。


「本来貴族の子女であれば、実家から必要な従者をある程度連れて嫁入りするものです。しかしエリカ様はそうではありませんから、新しく雇いいれる必要がございます」


 ちょっと前まで私は雇われる側の人間だった。それが逆の立場なんて、偉くなったものだ。……私の実力というわけではありませんけれど。


「メイドや御者は当家の者から割り当てます。その者たちは何度かエリカ様と顔合わせしているゆえ、後で紹介すれば十分でしょう。それで護衛の方なのですが……」

「護衛なら大丈夫よ。知っての通り、私戦闘経験あるから。見ての通り中々のものよ」

「淑女たるもの、ご自分で槍を持つものではありませんよ。まさかエリカ様はドレス姿で格闘戦に興じるおつもりでしょうか?」

「うっ……」


 たしかに、それは色々あられもない姿をさらしてしまいそうだわ。戦いに勝って勝負に負ける……なーんてことになりそう。と、とりあえず今でも毎日身体づくりや戦闘練習をしていることは、ノエルに内緒にしていた方が良さそうね。


「そこで、当家で身辺調査をしたうえで、護衛を用意いたしました。今日はその方と顔合わせしていただきたく。当然女性でございます」

「わかった。呼んでちょうだい」

「かしこまりました。それでは入ってきてください」


 どんな人だろう。少し緊張する。だって護衛といったら、四六時中私の側に仕える人だ。もしそんな女性がきれいな人だったら、クライド様のご興味はそちらにいっちゃうかも。だって私はこんなデカ女だし……って何考えているのよ私は。


 そんな悲喜こもごもな感情が揺れ動く中、入ってきた人物に私は驚いた。


「あなた――メリンダ!」

「よっ」


 照れくさそうに「よっ」と手を挙げて入ってきたのは、誰であろうメリンダだった。


「メリンダがどうしてここに!?」

「聞いていないのかい? クロフォード公爵家に護衛として雇われたのさ」

「いえ、それは聞いているけれど、まさかそれがメリンダなんて驚いたわ……」

「驚いたのはこっちだよ。急に連絡がとれなくなったと思ったら、次期公爵様の婚約者だって? まったく何が何やら……」


 そ、そういえば例の襲撃以降、私は混乱して引きこもっていたし、その後すぐにクロフォード家に住み込みで花嫁修業をすることになったから、メリンダにはなにも伝えていなかったわ……。


「ごめんなさい。色々あって……」

「いいよいいよ、気にすんなって」

「ごほん」


 バンバンと私の背を気さくに叩くメリンダを見たノエルが、わざとらしく咳払いをした。慌ててメリンダが姿勢をただす。


「失礼いたしましたお嬢様。このメリンダ、誠心誠意お嬢様の事をお守りいたしますので、どうか頼りになさってください」

「え、ええ……よろしく」


 メリンダのこんなガチトーンの態度、仕事でしか見たことが無いわ。あ、仕事か。


「ねえノエル、メリンダは私の大切な友達で姉みたいな存在なの。もう少しその……ゆるい感じで接してはいけないかしら?」

「……元よりエリカ様のメンタルケアを案じての人選です。公の場ではないのなら、今まで通りで構わないでしょう。ただし、メリハリは必要ですよ」

「ほんと!? ありがとうノエル。だってよ、メリンダ」

「ああ、改めてよろしくなエリカ」


 正式に婚約発表すると、私が次期公爵夫人として嫁入りするまでもう秒読みだ。

 そんなプレッシャーに押しつぶされそうな中、心強い味方ができたのだった。


読んでいただきありがとうございます

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