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 閑話 彼と彼らの事情

今回はクライド視点です

「しかしびっくりしたよクライド! まさかグローリア嬢との――というよりも、グラッドストン家との婚約を破棄するなんて」

「そうか」

「そうかとは簡単な返事だね。今やこの国を騒がせる一大スキャンダルさ!」

「ま、そうかもな。でも第一王子が他人(ひと)の色恋で嬉々とするのは感心しないぞ、オスカー」


 ここは王宮の一室。俺――クライド・クロフォードは、目の前でさも愉快そうに笑うこの国の第一王子――オスカーをたしなめる。

 才知英明、容姿端麗、そして性格は明るく社交的とこの国の次代を相応しい人物であることは間違いないのだが、「面白いことが好き」と標榜する性格のこの友人は昔からこの手の話が大好きなのが難点だ。


「おいおいこれはただの野次馬根性じゃないよクライド。君は将来クロフォード家を率いて僕を――この国を支えていかなければならない。その奥方が誰かというのは、この国の将来に関わることさ」

「まあ、そうだな」

「だろう? そうなると、もう一つの話が気になるね。グローリア嬢と婚約破棄した君は、新たなる婚約者を得た。それは貴族ではなく――」

「おっと、そこまでだオスカー。クロフォード家の公式発表は『故あってグラッドストン家との婚約を破棄した』。それまでなのだから」


 エリカの件はグローリアに漏らしてはしまったが、まだ正式には発表してはいない。

 この婚約は、今以上の波紋を呼ぶ。俺はいかなる反応があってもエリカを護り通す決意でいるが、いたずらに彼女を矢面に立たせる必要はない。父上の言葉を借りるならば、まだその時ではない。


 俺の言葉を聞いたオスカーは「わかったよ」と肩をすくめて、その輝く宝石のような青色の瞳でウインクをした。


「いやあ、恋や愛という言葉とは無縁な朴念仁(ぼくねんじん)だと思っていたクライドが、まさかこんな大胆なことをするなんてねえ。お兄さんは嬉しいよ」

「おい、年下扱いするな。俺とお前は同い年だろう」

「ハハハ、ごめんよクライド。ただまあ、頑張ってね。友人として君の幸運を祈るよ」


 オスカーと俺は同い年ということもあって、昔から親しい関係だ。自分の親にも言えないような秘密をお互いに知っている仲だ。兄弟よりも兄弟と言ってもいい。

 だからこいつが心配し、そして祝福してくれているのもわかる。


「そしてこれは王子として。クロフォード家がこの王国の要石たることを忘れないようにね」

「……ああ」


 よく勘違いされるが、貴族なんてものは毎日お気楽に過ごして平民に偉ぶって税をとりたてればいいというものではない。地位には責任が伴う。

 青色の(まなこ)はそれを問うている。責任を果たす覚悟。次期公爵クライド・クロフォードとして、領民にも国にもそして当然エリカに対しても責任を果たす覚悟をだ。


 一度はエリカの為にその地位を捨て去ろうとも考えた俺だが、やはり責任は果たさねばならない。それが彼女の為でもあるし、俺自身の覚悟でもある。

 だから頷く。友人としてではなくこの国の王子として問う、兄弟以上の兄弟に応えるために。


「ま、それならいいさ。さて今日君を呼んだ本題に入ろうか」


 俺がこの王宮の一室に訪れた理由は、なにも竹馬の友と世間話をしに来たわけではない。

 悪戯っぽい笑みを浮かべたオスカーは銀色の髪を輝かせ、何か資料を取り出す。それを受け取った俺はざっと目を通す。そこにはまあ大体予想がついていたことが書いてあった。


「グラッドストン家への襲撃は、やはり連中が関わっているか」

「そのようだね。君の大胆さにも驚かせてもらったけれど、彼らの大胆さには驚愕の限りだよ。まさか魔錬人形(ウィザードール)まで持ち出すなんてね」


 魔錬人形は非常に高価な兵器だ。それを持ち出してきた以上、襲撃者は単なる物盗り野盗の類ではないのは明らかだった。であれば、と背後関係を洗っていたのだが……。


「まあ、厄介な相手だな」

「だね。もう少し証拠を集めないと、叩くにも叩けない。君は現場で彼を見たかい?」

「どうだったか……なにせ到着してすぐグローリアに絡まれていたからな」


 俺は顎に手を当て、あの日の事を思い出してみる。

 抱き着くグローリア、視線をそらした先にいたエリカ、突然の襲撃、襲撃者に立ち向かうエリカ、ピンチのエリカ、俺が助けに入りホッとするエリカ、健気に戦うエリカ、今度は俺を助けるエリカ、可憐なエリカ、エリカ、エリカ、エリ――。


「だめだ。まるで思い出せん」

「ハハハ、どうやら君の心は意中の彼女でいっぱいだったみたいだね。まあ、彼があの場にいたことはグラッドストン家から提供させた招待客リストで判明している」


 ならなんで思い出させた?

 さては思い出す俺の様子を楽しんでいたな?


「あとは目的だね。単純か、複雑か……まあ野心と一口に言えば単純な話か」

「過ぎた野心は身を亡ぼすだけだと思うがな」

「同感。情熱的すぎる恋心は身を焼くだけとも思うけれどね」


 うっ……。


「ハハハ、からかうのはこれくらいによしとこうか。じゃあ、こちらは引き続き調査を行うよ。彼の目的がわからない以上、気をつけておいて」

「わかった。忠告痛み入る」



 ☆☆☆☆☆



「おう! お帰りクライド」


 屋敷へと帰ると、まるでダンスでもするように軽快なステップの父上が出迎えてくれた。


「ただいま帰りました。けれど父上、今週は政務のため領地に帰っていると思っていましたが?」

「少しお前に話すことがあってやって来たのだよ。クライド、エリカ嬢のレッスンも進んでいるようだし、そろそろ二人で出かけてはどうかな?」


 カイゼル髭をなでながら語る父の言葉に、俺は心臓が高鳴るのを感じた。


「出かけてもいいのですか!? 二人で!?」

「ああもちろん。遠乗りなんてどうかな?」

「遠乗りですか!」


 良い。すごく良い。ベリーグッドだ。

 俺は当然乗馬も得意だ。隣には可憐なエリカ。

 彼女と共に雄大な自然を駆ける。疲れたら静かな湖畔で休憩だ。

 さすがは父上、ナイスアイデア!


「行き先はそう……セルウェイ伯爵領なんていかがかな?」

「セルウェイ伯爵のご領地ですか? 俺は自領で十分だと思うのですが」

「いいや良くない。今週末、正午までにセルウェイ伯領だ。遅れるなよ」

「遅れるなよ……?」


 二人きりのはずなのに遅れるなとはどういうことだ?

 その疑問に対する一つの答えが、ふと脳裏をよぎった。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()だ。


「――まさか!? 父上!」

「高貴なる趣味だよ高貴なる。貴族の嗜みというものであーる!」

「ですが初めてのデートに相応しいので?」

「これは単に私の趣味につき合わせているわけではないぞ? まずは気心の知れた者たちに、それとなく新たなる婚約者を見せるのだ」

「なるほど……」


 そういうことなら仕方がない。俺は初めてのデートくらいは静かな場所に行きたかったのだが、今後を考えておくと父上の策に乗る方が得策だ。


「決まったようだな。いざ、セルウェイ伯領へ! 絶対に勝つぞ!」


 ……本当に大丈夫か?


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