ジュリアの意外な話 17
私がシャインさんのお部屋を掃除してると、パスカルさんが顔を出した。
「ジュリア。少しいいですか?」
「はい。なんでしょう?」
「そろそろ春物を洗濯屋に持って行こうと思っています。シャイン様の春物を纏めて下さい」
「分かりました。でも、いいんですか?」
パスカルさんは首を傾げて、線のような目を更に細めた。
「何がでしょうか」
「シャインさんのお洋服を洗濯屋さんに出しても」
「ああ、大丈夫だそうですよ」
彼は口元だけ綻ばせる。
「ただ、戻って来た時に、シャイン様のお洋服はジュリアが手を入れて下さい」
「手入れ、ですか?」
「普通にブラシを掛けたり、たたみなおしたりです。なんでも、あなたが触れると魔法の軌跡が消えるんだそうですよ」
「え? そうなんですか?」
「シャイン様は、そうおっしゃってましたね。私には見えませんが」
「へぇ。知りませんでした。自分の事なのに」
パスカルさんも面白そうに眉を動かす。
「シャイン様の目は不思議な目ですので」
「確かに」
「あなたの手もね」
「え? ああ、そうですね」
そう言われた私は、改めて自分の手を見てみた。
まあ、なんて事ない普通の手だけど。
「お二人は良い組み合わせです。見ていても面白い」
「面白いですか?」
「ええ。では、頼みました」
「はい」
面白い——かなぁ?
まあ、私にはパスカルさんが謎だからな。
パスカルさんは、前モンテール伯爵の代からお仕えしてるって聞いた。子供の頃のシャインさんやノワール様をよく知ってるらしい。アンジュさんとバンタムさんも、長くモンテール家で働いているから、二人は今でもシャインさんやノワール様を坊ちゃんって呼ぶ。
「ふふ、もう家族も同然なんだろうな」
幼い頃の兄弟に会って見たかったなって思う。ノワール様もシャインさんも、きっと奇跡みたいに可愛い男の子だったんだろうから。
私はシャインさんの洋服ダンスから春物のジャケットや薄手のニットを取り出す。彼は仕事の時は近衛兵の制服を着るから、私服はそこまで多くない。
「……ああ、これ」
レモンイエローの細い毛糸で編まれたベストを手に取る。シャインさんが好んで着てる物で、湖に連れてってくれた時もジャケットの下に着てたよね。この色は、彼にとても似合う。
——不思議よね。
同じような髪色で、瞳の色もそこまで違ってないけど、ノワール様には寒色の方が似合うもの。
シャインさんは、名前通りのイメージだ。
光を集めたみたいな人。
☆
その日の夕食の時、ノワール様に部屋に呼ばれた。
「ああ、ジュリア。夕食後に私の書斎へ来てくれないか。話があるんだ」
「はい」
こういうのは初めてだな。
彼はシャインさんとルーランにも部屋へ来るように言った。
シャインさんが小さく溜息をつくのが聞こえる。
……なんなんだろう。
まさか、解雇、とか?
私、何かしでかした?
夕食の後の食器を下げてると、パスカルさんがお盆を持ってくれた。
「ジュリア。あとは私がやります。ノワール様の書斎へお行きなさい」
「え、あ。でも……」
「分かっています。シャイン様の食器は手洗いしますよ。気になっているのでしょう?」
気になってる。
確かにメッチャ気になってる。
「すみません。それでは、願いします」
彼はフサフサの眉を下げて小さく笑う。
「そんなに心配そうな顔をすることはありません。ノワール様のご様子ですと、ジュリアが思うような話ではないと思いますよ。あなたを解雇するようなことは無いでしょう」
「パスカルさん、千里眼ですか!」
「そのくらい、あなたを見てれば分かります。さ、早く行って不安を払拭していらっしゃい」
私はパスカルさんに頭を下げて、小走りでノワール様の書斎へ向かった。掃除は木偶達がするので中へ入ったことは無いけど、場所は分かっている。前まで行って扉をノックしようとした時だ。
「反対だよ!」
珍しくルーランの大きな声が聞こえて、思わず一瞬だけ手を止める。パスカルさんのお陰で落ち着いてた気持ちが、ザワッと揺らぐ。
でも——。
私は息を吸い込んでから扉をノックした。
「入りなさい」
ノワール様の落ち着いた声が聞こえたので扉を開くと、バツの悪そうな顔をしたルーランと、困った顔のシャインさんが私を見た。
「呼びつけて悪かったね。試してみたい事があるんだ。ジュリア、私の後ろに立って肩に手を置いてくれないか」
どういうことなんだろ。
私は言われたようにノワール様の後ろへ回って、座っている彼の肩に手を置く。ノワール様からは、シャインさんとは違う、少し甘いような苦いような香りがした。
ノワール様がパチンと指を弾いて、小さく、なるほどって呟く。
「ジュリア、今度は私の前に立ってくれないか?」
「えっと……分かりました」
なんでこんな事をするのかな。
不思議に思ったけどノワール様のブルーグレーの瞳に見られると、とても疑問を口に出せない。
なんとなく威圧感があるんだよね。
怖くはないけど。
前に立った私をジッと見て、彼はもう一度軽く指を弾いた。すると、彼から虹色の光がキラキラと舞い上がって天井付近まで立ち上ると私をめがけて落ちて来た。これって回復魔法だよね。
その光たちは私の少し上で四方八方へ飛び散って消える。光が私に届く事はない。いつもの事だけど。
それを確認したノワール様は、軽く目を閉じて、もう一度、今度はハッキリ、なるほどって言った。
「ジュリア、空いてる席に座ってくれ」
二人がけのソファーには、シャインさんとルーランが座ってる。ノワール様はご自分の椅子へ座っていらっしゃるので、私は一人がけのソファーに座った。私が座るとノワール様が唐突に聞いてきた。
「さて、君は魔法兵団という名前を聞いたことはあるかい?」
「兄から、少しだけ聞いた事がありますが」
「そうか。なら、単刀直入に言おう。魔法兵団へ入団してくれないか?」
——はい?
意外すぎた話に、私はポカンとノワール様を見つめてしまった。
「魔法兵団は兵団と言っても、兵士とは違う。国王直属の小さな集団で、その全容を知っているのは私と国王、それにシャインだけだ」
なんか、ものすごく話についていけてない。
「魔法兵は他の仕事を兼任していることが多いし、武器を持って戦うことはない。基本的には魔法を使った工作や、敵方の魔法への対処が仕事だ。女性の魔法兵も少ないがいる」
「あ、あの、私は魔法が使えませんが?」
ノワール様が小さく微笑む。
「ジュリア。魔法解除という魔法は存在する。とても高度で、特殊な魔法だ。使える魔法使いは限られている。君がどう思っているかは分からないが、それは魔法だ。それに、君の魔法解除は抜群だ。国内随一と言っていい」
——え、ええと。
そういえば、前にシャインさんにも近いこと言われたかな?
「君の、それは体質だと理解しているが、魔法を受け付けないというのも利用できる。君には一切の攻撃魔法、呪い魔法が効かないということだからね。それに加えて、君の魔法解除能力は、触れている相手の魔法すら封じる。発動する前から解除しているようだ。ちょっと——聞いたこともない力だ」
ノワールさんは、不思議な目で私を見た。
「魔法兵団の団長として、君の能力に感服する。ぜひとも参加して欲しい」
「……えっと」
「少し前になるが、君がシャインと共に城内の呪い魔法を解除してくれたことを、私も国王も高く評価している。今、試させてもらったが、魔法を封じる能力も確かなようだ」
さっきのは、そういう意味だったのかぁ。
魔法兵団へ入団って。
どう考えればいいのか分からないよ。
私が困惑してると、ルーランが強張った声で言った。
「話の途中で口を挟むけど、僕は反対する。ジュリアの力が魔法兵団で役に立つっていうのは、僕にだって分かる。けど、ジュリアには回復魔法も治癒魔法も効かない。膜や盾を施して保護する事もできない。それって、殴られたり、切られたり、直接に攻撃された時に致命的だ。反対する」
私は強固に言い張ったルーランを見つめた。
胸の辺りが、ほんのり温かい。
「心配してくれるんだね」
「……当たり前でしょ」
「ありがとう」
心の底からそう言うと、彼はキュッと口を結んで少し頬を染めた。
それから、頭を撫でてあげたくなる様な言葉を続けた。
「……友達だし」
「ルーラン。あとで好きなお菓子を何でも作ってあげる」
「あのね。子供扱いやめてくれない?」
ノワール様が、少し笑みを浮かべた。
「ジュリア、ルーランの言うことにも一理ある。そこは、私もシャインも危惧している。なのでね、考えたんだよ。君には通常とは違う勤務体制を取ってもらうつもりだ。シャインの妖精眼と君の魔法解除は相性がいい。君にはシャインの下について働いてもらいたい」
私がシャインさんを見ると、彼は困ったような顔で微笑む。
ノワール様がルーランを説得するように見つめた。
「シャインは優秀な魔法使いだ。ジュリアには、決して単独で仕事をさせない。シャインと組んで、彼の任務を手伝ってもらう形にする」
「……分かった。でも、ジュリアがやるって言ったらだから」
「そう。その通りだ」
三人が合わせたように私を見た。