シャインの休日1 14
その日、ジュリアはお茶を持って来なかった。
前日に明日は休みだって伝えたからだと思うけど……。
起きて自分でカーテンを開けたら、太陽は中天に近かった。
「あぁー。寝すぎだろ」
ここの所は、それなりに忙しくしてたからな。
疲れてたんだな。
椅子に座ってボーッとしてたら、ベッドサイドの花が目に入る。
咲き始めのラベンダーが甘く香ってる。
部屋に飾られた花で季節が進んだ事を知る。
ジュリアのお陰だな。
彼女にも週に一度は休んで良いよって言ってあるけど、今の所は休んでない。たまに半日くらい出かける日があるらしいけど、細かな買い物をして帰ってくるってアンジュに聞いた。
そのウチ、どこかに連れてってやろうかな。
そういう口実でも作らないと休みそうもないし。
着替えて部屋を出てキッチンに向かう。
彼女にお茶を煎れてもらおうと思ってさ。
でも、ジュリアは居なくてアンジュが木偶の仕事を確認してる所だった。
「おはようございます、坊ちゃん」
アンジュは幾つになっても僕を坊ちゃんって呼ぶ。
すでに成人して何年も経ってんだけどな。
「おはよ、って時間でもないけど。ジュリアは?」
「浴室じゃないですかね? 今日はお風呂掃除するって言ってましたから」
「ふぅん」
アンジュは堪えきれないような顔で笑った。
「なにかな?」
「いえね、ノワール様にもルーランにも、ジュリアの居場所を聞かれたんですよ」
「兄貴もルーランも仕事でケイデンス城だろ?」
「ええ。お出かけの前にです」
「兄貴がジュリアになんの用だろな」
面白そうなアンジュは、コーヒー豆を指差す。
「最近になって、ノワール様のコーヒーはジュリアが煎れてるんですよ。パスカルさんの煎れたものより美味しいらしいですね。それで、お礼にって可愛らしいお菓子を渡してましたよ?」
そういうの抜け駆けっていうよな。
「……ふぅん」
「ルーランはルーランで、なんとかいう本を頼まれてたってね。ジュリアの好みの本を、お城の図書館で借りて来てくれるらしいですよ?」
あの、人に懐かないルーランがか。
「……ふぅん」
「で、シャイン坊ちゃんは?」
「僕はお茶が飲みたいだけだよ」
彼女は膨よかな顔を少し歪ませて、クククッと喉の奥で笑う。
「モンテール家にも春が来たんですねぇ」
「もう初夏だろ」
言い捨てた僕は浴室に向かう。
お茶くらい自分で煎れても良いんだけどさ。
ウチには二つの浴室がある。贅沢だって思うけど、亡き父が風呂大好きな男だったからさ。陶器の風呂桶を置いてる部屋と、石造りで竃焚きができる部屋があるんだ。
僕は基本的に石造りの方を使う。陶器の風呂桶は肌触りが良いけど、ジュリアにお湯を運ばせるのが申し訳ないからさ。竃焚きなら、少しづつ水を運んでおけば湯が沸かせる。
なので石造りの方へ顔を出す。
きっと、彼女はそっちを掃除してるから。
「ジュリア?」
案の定、彼女はそっちで掃除してたけど——。
スカートをまくり上げて、足がモロに出てる姿で。
水を使って掃除してるんだし、考えれば当たり前なんだけど、白くてなめらかな脛を目の当たりにして、僕は硬直してしまった。
「え? あ、はい。ああ、シャインさん、起きて、あっ」
「ジュリア!」
風呂桶のへりに登って壁を擦ってた彼女は、僕の方に体を捻った拍子に足を滑らせた。風呂桶だけじゃない。この部屋は水を使いやすいようにタイル張りにしてある。要するに、硬いんだよ。
走り込んで抱きとめる事ができたからいいけど。
「気をつけて、ジュリア。頭でも打ったら怪我で済まないかもしれない」
「す…すみません」
僕の腕の中で、あお向け状態の彼女は、目を瞬かせて困った顔をしてる。
あお向けの女性なんて、こんなに近くで見るのは初めてだ。
掴んだ腕は細くて、華奢だし、柔らかそうな髪が重力で床へ流れてて、僕の手ときたら彼女の膨らみのすぐ下を捕まえてるじゃないか——。
慌てて彼女を起こして、思わず目を逸らしてしまった。
心臓が暴れだしてる。クソッ。
「……手が空いたらお茶を煎れてくれないか」
彼女はスカートを直して、はい、と答えた。
直視できない。
僕はそのまま浴室を出た。
顔は熱いし、呼吸が早いし。
思わず左手で顔を覆って、壁に背中をつけて脱力してしまう。
ビックリした。
女の子って、どこもかしこも柔らかいんだな。
受けた衝撃が激しくて、僕はおぼつかない足で自室へ戻った。
☆
しばらくして、彼女はミルクティーを持って僕の部屋へやってきた。
「お茶をお持ちしました」
「……うん。ありがとう」
テーブルでお茶をセットして、椅子に座ってる僕へカップを運んでくれる。
「お食事はどうしますか?」
「うん」
窓の外を見れば、すごく天気がいい。
「ジュリア。この後は忙しい?」
「私ですか? いえ、そこまででは」
「じゃあ、サンドイッチを作ってくれないか。外で食べよう。君も付き合ってよ」
「外でですか?」
「天気いいじゃない?」
彼女はふいっと窓の外を見て、小さく微笑む。
「分かりました。支度しますから、少し待ってて下さい」
「ああ、着替えてね」
「え? 着替えるんですか?」
「外に行くんだからさ、メイド服じゃなくていいでしょ」
「そう……ですか?」
「ピクニックに行こう」
ジュリアは、少しはにかんだ様に笑った。
「分かりました。そういうの、久しぶりです」
——うん。いい笑顔だ。
彼女の気分転換になればいいな。