ルーランの心配 13
シャインさんを送り出したジュリアが、軽い足取りでキッチンに戻ってくる。彼女の足音がすると、なんとなく嬉しいのはパンケーキが食べられるからだよな。
「おはよ、ルーラン」
「おはよう。なんか機嫌がいい?」
ジュリアはシャインさんの使った食器を流しに置いて、嬉しそうに僕を振り向いた。
「あのね、シャインさんに新しい本を貸して頂いたの!」
「本?」
「地中冒険談!」
「へえ、読んだ事ないや」
彼女は読書好きで、暇を見つけては本を読む。
僕も割と読んでる方だって思うけど、ジュリアの守備範囲は僕より広いんだよね。
「考古学者の人がね、地中の穴を見つけて地下へ向かって旅をする話なんだって。すごく面白そうじゃない?」
「はは、確かにね」
「読んで面白かったら、ルーランの方にも貸してもらえるように言っとくね」
「そうしてくれると嬉しいよ。で、ジュリア。お腹空いてんだけど」
彼女はニッコリ笑って頷いた。
「毎度だけど、パンケーキ食べる?」
「食べる」
ジュリアのパンケーキは、どうやって作るのか知らないけどフワフワだ。フライパンで軽く温め直して、バターとハチミツをかけてくれる。絶品だと思う。
木偶に触らないようにシャインさんが使った食器を洗い、パンケーキを温め直す。シャインさんの触れる物は、ほぼ全てを彼女が手入れする。
手作業の仕事は時間がかかるから、ジュリアはけっこう忙しそうだ。話をする時間があんまりなくて、少しつまんない気もする。魔法を使わなきゃいいんだし、他のメイドでも出来そうだけど。
「ホットミルクも飲む? あ、ゆで卵もつけよう。アンジュさんがね、ルーランは成長期だから乳製品や卵を取った方が良いって言ってた。背が伸びる時期だからって」
今の僕はジュリアと身長が変わらない。
だからだろうな。
彼女はすぐにお姉さん風を吹かしてくる。
世話焼きな性格してるってのもあるんだろうけど。
「ありがと。今は同じくらいだけど、すぐジュリアより大きくなるからね」
「えぇ……それは、それで嫌だけどね」
「嫌なの?」
「そりゃね。だって、今のルーランは妖精みたいに可愛いじゃない」
「男に可愛いって、褒め言葉じゃないからね」
彼女はクスッと笑って首を竦める。
男扱いしてないんだよな。
いいけどさ。
「はい。出来ましたよ。どうぞ」
「ありがと」
フワフワのパンケーキ。
甘いホットミルク。
半熟の卵。
ジュリアが来てから朝ごはんが楽しみになってる。
彼女が忙しいのはつまんないけど、シャインさんが妖精眼だからジュリアはモンテール家に来たんだよな。他のメイドが来たら、ジュリアが居なくなってしまうかもしれないし。それは、それで嫌な気がする。
こんな風に気安く話せて、歳が近いのなんか彼女くらいだし。
「そう言えば、この間はシャインさんとケイデンス城に言ったんだって?」
「うん。私みたいなんでも役に立つらしくて。いろんな場所で魔法解除してきた」
——ああ。
呪い魔法を消して来てくれたんだ。
「そういう事して、ジュリアは平気なの?」
「え?」
赤茶色のクリッとした目で、彼女は不思議そうに僕を見る。
「良い魔法じゃないでしょ? そういうのを解除して体は大丈夫なのかなって」
「心配してくれるんだ。ありがと」
少し首を傾げて、嬉しそうに微笑まれると少し照れ臭いな。
「でも大丈夫。魔法解除って、私には特別な事じゃないし。気がつかないでしてることも多いくらいだから」
「なら、いいけどさ」
「でもさ。お城が危険だとは思ってなかったよ」
ホットミルクで口の中の物を飲み下した僕は、少し迷ったけど話すことにした。
「跡目争いのせいだよ」
「え? だって、国王様は御健在じゃない」
「ケイデンス王はさ、もともと心臓が弱いんだ」
「そうなの?」
「ああ。年齢のせいもあるんだろうけど、最近は体調が良くない」
彼女は目を瞬かせ、少し考えてから頷く。
「そっか。ルーランはノワール様に付いて、お城へ行くことも多いもんね。そういう話も耳に入るのか」
「そうだね。で、国王は自分が身まかったら王太子を王に据えて、後見人をフェルマー公爵に任せるって公言してる。ジュリアはケイデンス王国に公爵家が三つあるの知ってる?」
小さく頷いたジュリアは、指を出して数え上げた。
「フェルマー公爵家、グラビス公爵家、アイアン公爵家、だよね?」
「そう。で、現王の弟が婿入りしたのがアイアン家で、現王妃の実家でもある」
「ひゅえ! 私ね、お城で王妃殿下に会って嫌味言われたんだよ」
「あー。あの人はそういう人だよね」
位の高い家の長女として生まれたってのもあるだろうけど、自分以外はみんな下々だと捉えてる。気位が高いし、我儘だし、苦手な人だ。
「そのサンダー妃がね。王太子を王に据えるってのが気に入らないんだよ」
「ええ、そんなこと言ったって、王太子様は国王様の息子さんだし」
「産んだのは無くなった前王妃、スノー妃だからね」
「……あぁ。女心なのね」
そんな可愛いものじゃないと思うけど。
王妃は何度も王太子を暗殺しようとしてるし。
「ま、そんなわけでね。王妃と王弟派のアイアン公爵家と、前王妃の実家であるフェルマー公爵家は対立してるんだよ。グラビス公爵は中立を保ってる。賢いよね」
ジュリアは食べるのも忘れて、僕をジーっと見つめてる。
「……複雑なんだね」
「うん。で、モンテール家は国王側。フェルマー公爵と良好な関係を作ってる。それに、ジュリアの実家はナイン男爵家でしょ? 軍関係の貴族はさ、軒並み国王側だからね。それで、王妃に嫌味を言われたんだよ」
彼女はフルッと身を震わせた。
「王妃殿下は怖かったなぁ」
「だろうね。だからさ……これからも、シャインさんに付いて城へ行くことがあったら、気をつけて欲しいなって思うんだ」
ジュリアは何度も大きく頷いてくれた。
「分かった。意地悪されるかもしれないものね。気を付けるよ。というか、お城はあんまり行きたくないな」
「僕も……あんまり行って欲しくないけどね」
跡目争いもそうだけど。
城には沢山の貴族が働いてる。
ジュリアは今まで、ほとんど引きこもって暮らして来たってノワールさんに聞いた。だから見合いが少なかったんだろうって。
彼女を気に入った奴が見合いを申し込むかもしれないしね。
お嫁に行っちゃったら、こうやって気軽に話もできなくなるもんな。
少し冷えたパンケーキを口に運ぶジュリアを見ながら、しみじみ思う。
せっかく出来た友達だ。
出来るだけ長く一緒に居たい。