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シャインの美味しいお茶 11

 礼拝堂を出て、やれやれとジュリアを見たら蒼白になってた。


「大丈夫?」

「聞いてません。聞いてませんよ、王妃殿下に出会うなんて!」

「いや、それは僕も想定外」


 まあ、隠し立てもせずに魔法解除して歩いてたからな。

 様子を見に来たんだろう。

 あの女狐。


「とにかく僕の執務室に戻ろうか。落ち着かないだろ?」

「はい。落ち着きません。戻りましょう」


 ジュリアは真っ直ぐに僕の執務室を目指して歩き出した。


 ちょっと凄いな。

 初見で王宮内の地図が頭に入ったのか?


「よく迷わないね?」

「迷います。ですが、シャインさんの執務室は分かります」

「なんで?」

「私はあなたのメイドですので」


 ……ちょっとゾクッとくる言葉をさらっと言うな。

 肩車した時に頬に触れた柔らかな太腿なんかを、思い出してしまうじゃないか。


「シャインさん?」

「なんでもない。急ごうか」


 彼女は不思議そうに僕を見たけど、周りの視線に気づいて慌てて歩き出した。

 自分の顔が少し熱い気がする。


 だいたい、モンテール家の人間は恋愛事情には疎いからなぁ。

 女性と触れ合う機会そのものが少ないから。

 だから——だよな。


 彼女の後ろ姿をなめるように見てるなんて、知られたら嫌われるだろうな。


 髪が綺麗だなとか。

 腰が細いなとか。

 ……スカートの中を、ちょっと想像してるとか。

 

「着きましたよ、シャインさん。ここですよね?」

「へ? あ、ああ」

「……なんですか、さっきから。王妃殿下に怒られて困ってるとか?」

「いや。違うよ」

「でも、立場が悪くなるんじゃないですか?」

「僕の立場は初めから悪い。心配ないよ。さ、中に入ろう」


 そう言って彼女の肩に手を回すと、彼女の柔らかな後れ毛が手に触れる。

 くすぐられたような気がして鳥肌が立ちそうになった。

 慌てて手を外す。


 ……もしかして、本当に不味いんじゃないか?

 こんな気持ちが湧いてくるのは想定外なんだが。


 部屋に入るとジュリアは大きく深呼吸した。

 よっぽど緊張したんだな。


「悪かったね。まさか、あそこで王妃に会うとは思わなかった」

「ビックリしましたよ。オッカナイ人ですね」

「はは、あの人は何時だってあんな感じだよ?」

「そうなんですか? シャインさん、いつもあんな綱渡りみたいな会話をしてるんですか?」

「まぁね」

「本当に特別手当下さいよ? 身の縮まる思いでしたから」

「それ以上に縮まったら困るね」


 彼女は赤茶のクリクリした目で僕を睨む。


「どういう意味でしょうか?」

「言った通りだよ。キスする時に屈まなきゃならないだろ?」


 サラッと口から滑り出た言葉に自分で驚いた。

 なのにジュリアは、ハァーと深い溜息をつく。


「シャインさん。私を相手にサービストークは不要です」

「僕が誰かれかまわずに、くどいてるような物言いは心外だね」


 本当に心外だ。

 女性にくどかれても、くどいたことなんかない。


 まあ、それはいいとして。

 僕は自分の口に指を当てて、彼女に黙ってるよう指示する。


 そのまま扉へ近づいて思い切り開くと、男の群れが雪崩れて執務室に転がり込んだ。


「で、君たちは何してるんだ?」


 慌てふためいた近衛兵達は、立ち上がろうとしてぶつかり合ってる。


「え……あ、兵長」

「いや、ジムが珍しいモノが見られるからって」

「俺のせいにすんなよ。兵長が女性とイチャついてるって言ったのはマイクだろ」

「ば、俺はそんなこと言ってない!」


 僕が睨むと一斉に口を噤んだ。


「彼女には仕事を手伝ってもらったんだよ。軽口を叩いたからって、そういう不謹慎な目で見られてるとはな」

「いえ。その、シャイン兵長が女性と居ること自体が珍しいので」

「そうですよ。晴天の霹靂でしょ? しかも、こんな可愛らしい娘さんと」

「どこに隠してたんですか? というか、紹介して下さい」


 女の子と見ればこれだ。

 思わず冷たい目で見てしまった。


「紹介して欲しいなら、ツリッチャキかナイン男爵に頼むんだな」

「「「!!」」」


 彼女が誰か察したマキシムが、大きく頷いた。

「ナイン家のお嬢さんでしたか。それなら、シャイン兵長の仕事を手伝うというのも頷けます」

「察しがいいな、マキシム。そいつらを叩き出してくれないか?」


 叩き出す必要もなく、彼らはバタバタと任務に戻って行く。


「王宮を歩き回っていたそうですね。噂になってますよ」

「ほっとけ」


 ジュリアはフード付きマントを掴んで、帰る気まんまんだ。


「では、シャインさん。お仕事はここまでということで」

「ちょっと待て。モンテール家に戻る前にお茶を煎れてってくれないか?」

「お茶ですか? 分かりました」


 彼女は執務室をクルッと見回す。

 茶器も茶葉も、緩くなってるけどお湯もミルクもある。


 ジュリアを連れて来る気だったから、マキシムに頼んで置いたんだ。

 執務室に用意して置いてくれってね。


 マキシムは気を利かせたんだろう。

「お湯を沸かし直しましょうか?」

 そう言ってジュリアに笑いかけた。


 なんとなく、苛っとするな。


「ええと、それは魔法でですか?」

「そうです」

「それなら結構です」


 さすが、ジュリア。

 魔法で煎れたお茶でいいなら、彼女に頼んだりしない。


「そこにある銅製のカップを二つ借りても宜しいですか?」

「もちろんだ」


 彼女はアルコールランプと、銅製のカップを手に取って湯を沸かし直す。


「シャインさん。そこのスカーフもお借りします」

「ああ。必要な物は何でも使っていいよ」


 スカーフで銅製のカップを掴み、沸騰した湯をティーカップに注ぐと、また湯を沸かし直した。ティーカップの湯を捨てて、タップリの茶葉を茶こしに入れて熱い湯を注ぐ。そのままソーサーで蓋をして、今度はミルクを温めなおす。


 マキシムが不思議そうに聞いた。

「ミルクも沸かすんですか?」


 ジュリアが微笑んで頷くのを、僕は何となく良い気分で見てた。


「はい。シャインさんは熱いお茶がお好きなようですので。あ、あなたは少し緩い方が飲みやすいですか?」

「いえ。兵長のお好みなら、僕も同じようにお願いします」


 沸かしたミルクを片手に、彼女はジッとカップを睨んでる。


「あの、まだなんですか?」

「まだです」


 ゆっくりと時間をかけて蒸らし、茶葉の開き具合を確認したジュリアは、二つのカップから茶こしを避け、砂糖と熱いミルクを注ぐ。ミルクも砂糖もタップリだ。


 ゆっくり蒸らすから濃いお茶になるのか。

 ミルクまで温めてくれてるとは知らなかったな。


「どうぞ。お茶が入りました」


 微笑む彼女からカップを受け取る。


 ああ、そう。

 この香りだ。


「……! 美味しいですね。なんか、濃厚です」

「ああ。これが僕の好きなミルクティーだ」


 ジュリアにウィンクすると、彼女は嬉しそうに首を竦めた。


「よし、マキシム。美味しいお茶のお礼に、彼女をモンテール家まで送って来い」

「了解しました」


 ジュリアが慌てて両手を振る。


「え? 大丈夫ですよ。一人で戻れます」

「ジュリア。君は自分で門が開けられないだろ?」


 彼女が触れるとモンテール家にかかっている結界魔法も解けてしまう。

 ジュリアはパスカルから、門と外壁には触れるなと申しつけられているんだ。


「直接触らなければ大丈夫なんです。……ハンカチを使ったり、袖を使ったりすれば入れますから」


 マキシムが首を少し傾けて、見た事ないような笑顔を見せた。


「遠慮は入りませんよ。行きましょう、ジュリア穣」

「……そうですか? 申し訳ありません。お仕事中ですのに」

「あなたを送れるのは光栄ですよ」


 紳士らしい態度なんだが、見てて苛つくな。


「送ったらすぐ戻って来いよ」

「了解です」


 マントを羽織ったジュリアが、僕に向かって微笑んだ。


「シャインさん。では、先に戻っています」

「……ああ」


 それだけで、なんだか気分が落ち着つく。

 お茶も美味いしな。

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