第一話 「見違える進歩」
昨今の科学技術の進歩には目を見張るものがある。街を歩けば人間と一緒にアンドロイドが闊歩し、空を見上げれば小型モビリティが行き交っている。俺がガキの頃にはアンドロイドなんて一部の富裕層しか手に入らない代物だったし、ほとんどのモビリティも地上を走っていた。それが今はどうだろう。
本当に同じ世か見違えるほどだ。
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俺の名はスティーヴン。此処ニューヨークでしがないジャーナリスト業を営んでいる。最近になってようやく記事が売れ始めた。
先月、念願だったアンドロイドを購入した。軍が払い下げた官給品だ。本当は戦場に送られる予定だったが、「致命的な欠陥」の発見により民間市場に出回った。
高度なAIを有する「自律型致死兵器システム(LAWS)」は高度な思考・判断能力に加えて感情と呼べる機能まで備えていた。まさに人間と遜色ない性能を目指した究極であろう。
LAWSはそれが徒となった。感情を有するという点で各国の人権団体が騒ぎ出し、メディアもそれに追従した。世論も反LAWSに傾いた。
敵の士気を削ぐために女性型や子ども型のLAWSを大量に投入していたのが決め手となり、軍はLAWSの使用を停止した。これが「致命的な欠陥」の全容である。
その例にもれず俺の家に届いた払い下げ品も女性型のLAWSだ。いや、機能を一般家庭用に改修してあるので女性型アンドロイドと呼ぶのが正しいか。
今朝も身の回りの世話をさせている。俺が起きる頃合いをきちんと見計らって朝食を用意するあたり、流石は機械だ。
テーブルにはトーストとスクランブルエッグにベーコン、それにコーヒーが並んでいる。俺は食に疎いため料理に注文をつけない。ここ一ヶ月、朝食はいつもシリアルだった。
「今朝は一段と豪勢じゃないか」
「……ご不満でしたら、いつものシリアルをお持ちします」
「不満じゃない。ただの感想だ」
俺はニュースを確認しながら朝食をとる。味はお世辞にも美味しいとは言えなかった。元が戦闘用だけあって料理の出来は期待できない。
「……お味はいかがだったでしょうか?」
「明日からはいつものシリアルに戻してくれ」
俺はそれだけ言って仕事に向かった。
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今日の仕事はアンドロイドを使用した流行りの風俗店の取材だ。世間においてアンドロイドを性的サービスに従事させることは黙認されている。最早、止めようがないからだ。
俺はアポを取った店主に取材をする。
「客足はどうですか?」
「おかげさまで上々ですよ。なんといってもアンドロイドは嫌な顔一つしない。どんなプレイを要求されようが、どんな客が相手だろうか泣き言一つない。経営者としてこれほど都合がいい商品はありませんよ」
「安全性はどうですか?」
「それも問題ありません。ロボット三原則はきちんと守られています」
ロボット三原則とはアイザック・アシモフが提唱したロボットが従うべき原則のことである。
第一条、「ロボットは人間に危害を加えてはならない。また、その危険を看過することによって、人間に危害を及ぼしてはならない」
第二条、「ロボットは人間に与えられた命令に服従しなければならない。ただし、与えられた命令が第一条に反する場合は、この限りではない」
第三条、「ロボットは、前掲第一条および第二条に反するおそれのない限り、自己を守らなければならない」
この三原則は、ほぼ全てのアンドロイドに適応される。例外はLAWSだけだ。
俺は引き続き無駄だと知りながらも従事するアンドロイドに取材をした。
「一晩で相手にする数は?」
「平均して三、四人です」
「嫌な客とかいないの? 君たちにも感情に似た機能はあるでしょ?」
「皆さま大変よくして下さいます。嫌なお客様などおりません」
「今までどんな客を相手にした?」
「申し訳ありません。個人情報の守秘義務がございますのでお答えできません」
やはり店主から下手なことは答えるなと命じられているのだろう。俺はメモを取っていた手帳を閉じて立ち上がった。
「ただ……嫌なお客様はおりませんが、好きなお客様ならおります」
俺は目を見張った。アンドロイドが人間に好意を抱いたというのか。
「好き、というのは恋愛の情か? それとも親愛の情か?」
「わかりかねます。この感情にどう名前をつければいいのか」
「では、どういった客を好きだと感じる?」
「優しくして下さる方、いつも微笑んで下さる方を好いております」
そう言って、目の前のアンドロイドは微笑んだ。
俺はアンドロイドがここまではっきりとした感情を有していることを初めて知った。所詮は機械、紛いものの感情だと思っていたのだ。いや、造られた以上、紛いものには違いない。しかし、とある人間を思い浮かべて自然と微笑む行為がアンドロイドの感情に起因しているのなら、その感情は紛いものと呼んでいいのか。最早、人間のそれと変わらないではないか。
俺は衝撃が抜けきれぬまま帰宅した。
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翌朝、テーブルにはシリアルが用意されていた。俺はニュースを確認しながらそれを食べる。
「明日からは昨日のメニューに戻してくれ」
「…………よろしいのですか?」
「構わない」
俺はそれだけ言って仕事に向かう。
彼女が嬉しそうな顔をしている気がした。
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昨今の科学技術の進歩には目を見張るものがある。街を歩けば人間と一緒にアンドロイドが闊歩し、空を見上げれば小型モビリティが行き交っている。俺がガキの頃にはアンドロイドなんて一部の富裕層しか手に入らない代物だったし、ほとんどのモビリティも地上を走っていた。それが今はどうだろう。
アンドロイドを人と見違えるほどだ。