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黎明学園の吟遊詩人  作者: ぱとす
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伊集院郁夫の部屋

挿絵(By みてみん)




自分の部屋に入って最初にやることは決まっている。決められた順序で電源を入れることだ。もっとも、大きな冷蔵庫ほどもある黒い筐体の無数のダイオードはその隣に設置された長時間に対応した無停電装置のバックライト液晶と共に点灯していたままだ。


黒い筐体は重さ1トンにも達するIBMのメインフレーム。制御しているワークステーションのマウスを伊集院は軽く叩くと、スリープが解除される。それから、あらゆるOSが走る端末のパワースイッチを入れて、鞄から出したタブレットをサンダーボルトに接続すると、自動的に今日一日のあらゆる種類のログデータがメインフレームに吸い込まれる。それからワークステーションの前の椅子に腰掛け、管理ウインドウを開いた。60個の緑のチェックのうち、ひとつが赤く点滅していた。伊集院はため息をついてクローゼットを開けて中に積まれた箱のパッケージを一つ開けて乱暴に包装を引きちぎる。中から出てきたのは重い弁当箱のような大きさの──2TBのハードディスクだった。


ZFSは万能のシステムで、サーバの中のハードディスクの容量や回転数に制限や規制がない。実際、伊集院が「OSAKA」と呼んでいるメインフレームに入っているのは20TBのHDDからSDD、果てはUSBメモリまで、実に滅茶苦茶な種類の記憶装置がセットされている。


「ま、どんな女にもそれなりの味があるからな。好き嫌いはいけませんよってのっ!」


破損したハードディスクを抜き出すと、新しいハードディスクをサーバのトラックに差し込む。サーバを管理するワークステーションの赤い点滅が緑の点灯に変わった。


「やれやれ、朝から酷え目にあっちまったぜい。でもねえ、山があったら登る。それだけの話なんだけどねえ。「男」ってそういう物じゃねえか。ったく照井の野郎」

「郁夫兄ちゃん、今日のナンパは朝からだったのですか。健康第一ですねえ」

伊集院は驚愕して思わず打ちかけたスクリプトのリターンキーを掌で押してしまった。「あわわわわわっ!」すかさずエスケープキーを連打する。

「手前ぇ、茜!俺の部屋に入るなってンだろっ!いつの間に入った。いつから入った。そもそも鍵がかかっていたろう電子式の!」

三つ編みお下げをツインテールにした小学校四年生の少女は、兎が無数に描かれたパジャマを着たまま伊集院のベッドの上で「にひひひっ」と笑った。

「郁夫兄ちゃん、それは「眉毛隠してお尻まるだし」なのですよぉ」

茜が指さした窓には鍵の部分が綺麗に丸く切り取られ、茜の両手には吸盤の点いた器具とガラス切りにオイルの瓶が握られていた。

それはね、茜。「泥棒」さんって言うの。じゃなかったら「不法侵入」じゃえねえかっておい! 虫でも入ってきたらどうすんだ! ここはクリーンルームなんだぞ。それにありえねえことわざ作ってんじゃねえよ!」

「茜はバイ菌ではないのです。お兄ちゃんの大好きなウイルスやワームでもないのです。企業のサーバに凸かましたりする悪い人じゃなくて、いたいけで超可愛い伊集院郁夫の妹なのです。お兄ちゃんの部屋に妹が忍び込むのは「不法侵入」として法的に成立しにくいのです。それに「器物破損」は小学生の特権なのです」


とりあえずサランラップで窓の穴を塞いだ伊集院は眉毛を下げ、口を情けなさそうに歪めて自分の妹を見下ろした。


「勘弁してくれよぉ、お兄ちゃんのお仕事部屋でもあるんだからさあ。もう一人で寝れるでしょ? いい加減に俺に安らぎを与えてくれよ」

「お兄ちゃんだって一人じゃなくておっぱいの大きなお姉ちゃんと一緒に毛布にくるまって仲良くしたりするじゃないですか。大きくて色っぽいお姉さんは良くて、なんで小さい女の子では駄目なのですか」

伊集院は口をパクパクさせながら悶えていたが、はっと気を取り直して茜の首根っこを吊し上げた。そのまま部屋を横切ってドアを開け、茜を放り出す。


「お兄ちゃんは今日はお仕事なの!一人で眠れなかったらお母さんにでも頼みなさい!」と伊集院。

「茜はそんな子供ではないのです。やっぱり、足りないのはおっぱいですか」茜は幼い胸を寄せて上げる。

「うるせえ!風呂に入って寝ろ!」伊集院は強引にドアを閉めた。

「…………いじゅういんいくおは妹に酷いことをしたと、明日中等部でいいふらすのです。幼児性愛性癖の変態で犯罪者だって。しかもイケナイおもちゃまで使って幼児を姦淫したっていいふらすのです。お兄ちゃんはきっと後悔するのです」

ドアの向こう側からくぐもった声が聞こえ、ペタペタとスリッパの音が遠ざかって行く。


「おれ、ますます黒くなっちゃうじゃん……世間的に」

そして、組み上げた新しいシステムに目を移す。それは八枚の「念葉」が木で囲った基盤に取り付けられた奇妙な「額」のような物だった。

「動作確認するのに朝までかかりそうだなあ……」そう言いながら伊集院はワークステーションの前に座ると、スクリプトを記述し始めた。



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