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ヤマトのヒメミコ  作者: 勅使河原 俊盛
第一章 開戦
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第七節 予兆

「ヒメミコ、ヒタの城からの眺めはどうかな?」

「何と素晴らしい眺めか。アサの城とは違いヒタの城は山の中にあるとヒタ殿は仰っていたが、まこと、同じ城とは思えなんだ」

「されど、ヒタ殿はなにゆえこのような地に城を築かれたのじゃ? まさか眺めのため、だけではあるまい?」

「はっはっはっ、ヒメミコはまこと、色々なことによう気づかれる。ゆくゆくはお父上の後を継がれて女王となられるのであろうが、まことよい女王になられるであろうのぅ」

「もぅ……ヒタ殿が妾を揶うにも、ようよう慣れて参り申した。して、なにゆえ山の中に?」

「いや、揶うておるつもりはないのじゃが……されば、ヒメミコにはなにゆえと思われる」

「やはり戦のため……であろか?」

「うむ、その通りじゃが、なにゆえ山の中に城を築くのが戦のためになると?」

「それはやはり、攻める兵は山を登らなければならず、落とすのに難いのではないか?」

「さよう……されど他にもある。山の上と下で矢戦やいくさを行えばどうなると思われる?」

「それは……上から射る方が遠くまで届くであろな」

「更には、矢のたねにも豊かじゃ」

「なるほど、そこまでお考えでのことであったか……」

「ただ、山に城を築くにも、どの山でもよい、という訳でもない」

「どういうことであろか?」

「まず、山の中ゆえ、水を得るには悩まされるであろう。万一囲まれた際には、水を得ることができなくなるからのう」

「では、この城ではどうしておるのじゃ?」

「さよう、この城には井が五つ掘ってある。つまり、外から水を得ずとも手に入れられるゆえ、城に長く篭ることも叶うであろう」

「城に篭るためには、水だけではのうて食も要るであろ?」

「うむ、もちろん米は蓄えておるし、先の鹿狩りではあるまいが、山には豊かな実りもある。つまり、水と食を得ることのできる地であれば、実はアサの地のような平たい地よりも山の中の方が守り易いいのよ。逆に、水を得ることの叶わぬ山では、守る前に兵が倒れてしまうであろうな」

「また、ヒメミコも山の中に入り歩き回ったおかげで、山のことが少し分かったであろう。つまり、山は多くの兵が進むには向かぬ。ゆえに、いざという時、山の城の方が抜け出すのも楽、ということじゃ」

「もしや、ヒタ殿が妾をここにお連れくだされたのは……」

「いやヒメミコ、それは……されど、この山に城を築いたは、戦だけがゆえではないのよ」

「と申されるのは……」

「はっはっはっ、それはのう、ヒメミコ……麗しい姫君を我が築きし城にお招きし、美しい眺めの中に置くことよ。この窓なぞ、まるで山々の彩りを切り取りて、そなたを飾るようではあるまいか」

「またヒタ殿はそのような申しようを……まことヒタ殿は、その……妾のことを、麗しいとお思いであろか?」

「もちろん、儂はこれまでヒメミコほどに麗しい姫君を見たことはない」

「母上よりも……か?」

「はっはっはっ、これは儂の方がヒメミコに揶われ申したのぅ」

「うふふ、よい気味じゃ。いつも妾を揶うておるゆえ、たまにはヒタ殿を揶うてみとうなったのじゃが、ヒタ殿の照れた顔もめずらしいことであろ」

「いずれにせよ、戦が終わればお父上がヒメミコをお迎えに来られることであろう。それまではこのヒタの地でごゆるりとされよ」

「うむ、礼を申す。それまでは、ヒタの眺めと食と、何よりヒタ殿を楽しむこととしよう」


******************************


「タケからの知らせが滞っておるようじゃな、シタハル」

「ヒタ様の仰せの通り、少し滞っておるようでありますな」

「うむ、兵に何やらよろしくないことが起こっておるのであろうか」

「されど、今はまだ何も証がありませぬゆえ、某から何か申し上げることは憚られます」

「シタハルの申す通りではあるが……ヒタ様、いずれにせよ守りを固めることは早い方がよろしかろうと考え申す」

「されど父上、それでは此度の戦がまるで……」

「うむ、みなまで申すな。もちろん今でも此度の戦の勝ちを信じてはおる。されど今話しておるのは、万一の時のことじゃ。聞き分けよ、シタハル」

「分かり申した。それで父上、どのようなことから始めるのがよろしいと……」

「さよう、国境に柵を築くのは、今よりすぐに始めてもよろしかろう」

「されど、国境に柵を築けば民が騒ぐのではありますまいか」

「いや、我らも戦は初めてではない。いざとなればヒタの地を守らねばならぬのは、民とて同じこと。そう騒ぎにはなるまいよ」

「分かりました。柵を築くのは兄上が行いましょう」

「うむ、儂もヒタに戻る道すがら、山の中でウワハルと会って参ったが、既に柵を築くためのたねは整えてあると申しておった。さすが、そなたの兄よのぅ、シタハル」

「恐れ入ります。しからば某は城に兵を集め、これを整えましょう。また、長く篭るに備えて、食も蓄えておきましょう」

「うむ、たのむぞシタハル。それと矢を大いに拵えておくことも忘れるなよ」

「はっ」

「ヒタ様、弩はウワハルの兵に配りたいと存じますが……」

「うむ、儂もそのように考えておった。敵が迫ってくるのであれば、恐らくはアサを落としてからであろう。アサを手に入れたのであれば、ヒタに対してあえて力攻めはすまい。国境を固めれば、敵も退くことであろう……」

「仰せの通り。サガ殿からすれば、アサの地を得ればまずはよしとするところにありましょう。更に危うい橋を渡ってまで得ようとするほど、ヒタの地はサガ殿にとって値のあるものではありますまい……おっとこれは、ヒタ様……」

「よい。オモカネがそう申すのであれば、儂も心強い。さらばウワハルへの遣いはオモカネに任せるとしよう。二人でうまくやってくれ」

「はっ、仰せのままに。ところで、ヒメミコ様にはどのようにお伝えしましょうか」

「そうよのぅ……」

「恐れながら、ヒメミコ様にはヤマト王の賢さをよう引き継いでおられるように、私には見え申す」

「うむ、ヒタの地にお連れしたまことの意も、ヒメミコは薄々感づいておるようじゃな」

「されば、ヒタ様のお考えのところを隠すことなくお話になれば、ヒメミコ様にも容れて頂けましょう」

「なるべくなら、ヒメミコを悲しませたくはないものじゃがのぅ」

「仰せの通りに……」

「さらばオモカネ、シタハル、頼むぞ」

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