第一節 評定
「ヒタ、ただいま参り申した」
「おぅヒタ殿か、久しいのぅ。まぁ、中に入れ」
「ヤマト王、ご無沙汰しており申す」
「急に呼び出したりしてすまぬな、ヒタ殿」
「いえ、ヤマト王のお健やかお姿にお会いできて、ヒタは心より嬉しく存じ申す」
「ところで、ヒタ殿はサガ殿とはお会いされたことはあったかのう?」
「いえ、お初にお目にかかり申す」
「さらば引き合わせよう。サガ殿、こちらが我が友にして第一の臣であるヒタ殿よ」
「ヒタ殿、サガと申す。ヒタ殿のお噂はかねがね。ヤマト王の賢さの元にして強さの源とお聞き及びしており申す」
「サガ殿、ねんごろなご挨拶、痛み入り申す。こちらこそ、サガ殿のお強さと、何よりもサガ国の富について、ヤマト王から幾度も聞かされ申した」
「ヒタ殿のそのような言われよう、サガには恐れ多いの一言につき申す。ヒタ国こそ、さすがはヒタ殿のお国と伺っており申すゆえ……」
「二人とも挨拶はそれまでにして、此度そなたらを呼んだゆえについて話そうぞ」
「はっ、仰せのままに」
「ヒタ殿にに話すのは始めてじゃな……実は此度、マツラ国に対し戦を始めることとした」
「マツラ国……なにゆえ今、マツラ国なのでありましょう?」
「ヒタ殿は此度の戦には否であるか?」
「はっ、恐れながら今のヤマトは倭国のうちで相争うべき時には非ず、より多くの国を纏めヤマトの実を得るべき時であろう、かと……」
「うむ、ヒタ殿のお考えもようわかる。されど、時には争うてでもなさねばならぬことがあることは、ヒタ殿にもお分かりであろう?」
「そこは仰せの通りにはあれど……」
「うむ、そこでじゃ。此度の戦を申し出たサガ殿より、戦を始めるゆえについてヒタ殿にも話してもらいたい」
「ヤマト王のお許しを頂きまして、此度の申し出について改めて話しましょう」
「その前にヒタ殿にお伺いします。倭国をひとつにまとめるというヤマト王のお考え、良きお考えであるにも関わらず、なにゆえ他の国々は従おうとはしないのでありましょう」
「……それは、それぞれの国においてお考えもありましょう。その中で少しづつ皆に心をひとつにしてもらうためには、今しばらくの時を要するのは致し方の無きこと……」
「さすがはヒタ殿、それぞれの国の筋合いをお考えの上でのお話し様、サガはお敬い致します。されど、それはヒタ殿の賢さと優しさが統べること。時には強さを見せるがよきことも、ヒタ殿にはお分かりのことと存じますが……」
「つまり、戦に勝つことによって国々を従わせる、ということか」
「さよう、マツラ国だけではありませぬ。マツラ国と争い勝つことによって、イト国やワナ国をも従わせることができましょう。何も、全ての国と争うこともありませぬ。マツラ国は強い国にあらばこそ、そのマツラ国に勝つことが、他の国々を従わせる要となりましょう」
「サガ殿の意はわかるが、それのみではなかろう? マツラ国を攻めるのは」
「さすがはヒタ殿。まさに仰るとおり……お気づきの通り、商のことであります」
「マツラ国にはカラ人が多く集まっていると聞く。マツラ国がカラ人と安く商を行う代わりに、他の国が割高な商を行っているということか?」
「まさに。ヤマトがカラ人と商を行うことで倭国の富を集めるべきところ、今は倭国の富がマツラ国を通じてカラ国に流れており申す。この流れを裁ち切ることこそヤマトの要。此度の戦はカラ人との商をヤマトに取り戻し、時を同じうして、イト国やワナ国をヤマトに従わせる、そのための戦にあります」
「確かに、サガ殿のお考えは理に適うてはおる。されど、倭国は既に多くの争いを行ってきたが、いまだひとつにはなれてはおらぬ。ひとたび争いによって従わせることができても、また抗う国がでてくることになりはしまいか?」
「さよう、それゆえ、今、マツラ国なのです」
「仰る意がよう分からぬが」
「カラ人との商によってマツラ国に集まる富をヤマトが手に入れることができれば、ヤマトはより強くなりましょう。されば他の国々もヤマトに従わざるを得なくなります。マツラをこのままにしておけば、マツラは今よりもっと強うなり、ヤマトがこれと争うことも難くなる。そうならぬ前にマツラを討つことは、ヤマト王のお気持ちに沿うこと、と考え申す」
「うむ、儂もヒタ殿の申す通り、倭国のうちで争うことは控えるべきであると考える。されど、サガ殿の申すよう、時によっては争うことによって得るものがあることも心得ておるつもりじゃ。そして、今はマツラ国を討つべき時であると考える。どうかな、ヒタ殿」
「ヤマト王がそこまで仰せであれば、私に否やはあり申さぬ」
「すまぬな、ヒタ殿、礼を申す」
「もったいなきお言葉」
「さて、それではサガ殿。此度の戦の進め方について申すがよい」
「はっ、それではお許しを得まして、戦の進め方について申し上げます」
「まず、ヤマト王には此度の戦にお出まし頂き申します。これは、王のお気持ちの強さを他の国々に見せるためのよい場になるであろうと考え申します」
「もちろん儂は端からそのつもりである。儂と儂の兵の強さを倭国の民に見せてやろうぞ」
「ヤマト王のお許しを頂き有難う存じ申し上げます。ヤマト王のお強さの前には、皆ひれ伏すことでありましょう」
「続いては兵の数について申し上げます。サガ国は兵が少なくあまり役には立ちませぬが、サガ国七百の兵のうち、五百をお出しいたす」
「ヤマト王には千五百の兵をお出し頂き、ヒタ殿には千の兵をお借りしたいと存じ申し上げます」
「此度の戦に千五百の我が兵を出すことを許すであろう。ヒタ殿はどうか?」
「はっ、ヤマト王の仰せにより、我がヒタからは兵千をお出し致します」
「続きまして兵の並びについて申し上げます」
「まずは我がサガの兵五百が先駆けを相努め申し上げます」
「サガ殿、それはあまりに……サガ殿の兵は五百と少なければ先駆けはあまりに危なく、代わりに我がヒタの兵がそれを努めましょう」
「ヒタ殿の申し出にはお礼を申し上げます。されど此度の戦は某より申し出ましたこと、ヒタ殿の兵をお借りして万一にでも危ない戦をしては、某の申し訳が立ちませぬ」
「また何より我がサガ国はヤマト入りをしてまだ日が浅く、ヒタ殿ほどにはヤマト王の信を得てはおりませぬ。此度は我がサガ国がヤマト王に認めて頂くの時にもあらば、ここは我らにお任せくだされ」
「サガ殿がそこまで申されるなら、そのようにするがよい。ヒタ殿、よろしいな」
「仰せのままに」
「有難う存じ申し上げます。続いて、ヤマト王の兵千五百に進んでいただき、殿をヒタ殿の兵千に努めて頂きます」
「ヤマト王、それではヒタの兵は要らぬと申されると同じこと。どうぞ、ヒタの兵にはせめて、ヤマト王のお側近くで、王をお守りするのお役目をお与えくださいますよう」
「サガ殿、どうか?」
「ヒタ殿のお気持ちはよく分かり申した。それではこのようではいかがでしょう?」
「うむ」
「ヤマト王には千五百の兵を五百づつ三つの隊に分けて頂き、同じくヒタ殿には千の兵を五百づつ二つの隊にわけていただき申す」
「その上で、サガ兵五百の後ろにヤマト王の兵五百に続いていただき申す。その次にヒタ兵五百、ヤマト兵五百、ヒタ兵五百と続き申す。このヤマト兵五百のうちにヤマト王にお出ましいただき申す」
「相分かった」
「殿はヤマト兵五百に務めていただき申す。これであれば、ヤマト王のお出まし頂く隊の前と後ろをヒタ殿の兵五百でお守りする形になり申す」
「ヤマト王、せめて我が兵から寄り選りの兵五十をお側に置くことをお許し頂けぬか」
「許す。ヒタ殿の兵五十を儂が側に置くことを認めよう。サガ殿、よろしいかな?」
「それではヤマト王のお出ましになる隊にヒタ兵五十を加えて五百五十とし、これを本隊と呼ぶこととし申す」
「ヤマト王、サガ殿、我が申し出をお聞き入れいただき、お礼を申し上げる」
「それでは検めます。先駆けは我がサガ兵五百、第二隊はヤマト兵五百、第三隊はヒタ兵五百、本隊はヤマト兵五百とヒタ兵五十、第五隊はヒタ兵四百五十、殿はヤマト兵五百」
「うむ、よいであろう」
「さて……ヒタ殿は三隊のうちの、どこにお出ましになられますでしょうか?」
「それは……」
「サガ殿、ヒタ殿は今はじめて此度の戦のことを知ったのだ。まぁ、そう急くな」
「分かり申した。されば次に、攻め込む道筋について申し上げます」
「ここアサの地からマツラへの道筋はいくつかあり申すが、此度はアサとイト国との国境の谷あいを進むことと致します」
「サガ殿、なにゆえその道を選んだ? 申すがよい」
「恐れながら、ただ今にあってはマツラ殿はヤマト王が攻めてくるとは思っておられますまい。谷あいであれば兵を隠すにもしく、谷あいを抜ければすぐマツラ国になりますゆえ、マツラ殿の隙をつくことに相なり申しましょう」
「それは分かるが、谷あいの道であれば幅も狭いゆえ兵も縦に長くなり、谷あいを抜けるのに時を要するであろう。マツラ殿がこちらの意を知り、逆に谷あいの道を抜け開けた地にあってこちらを迎え攻めれば、我が方はほとんどの兵が動けぬどころか、却って戸惑うことになりましょう。また、谷あいの道筋は両の側が崖になっており、いざという際の退き道もございませぬ。むしろ、こちらは多くの兵を集めているゆえ、道のりは長くなるとは申せ、サガ国を抜けて開けた地から進む方が易いのではありますまいか」
「されどそれではマツラ殿には早々と知られるゆえ、マツラ殿に守りを固める時を与えることになろう。また、それゆえマツラ殿に、例えばイト殿に援けを求める時を与えることにもなるまいか。万一マツラ殿がイト殿と結んでこちらと争うことになれば、ちとよろしくはなかろう」
「仰せの通り、某にもまずその点が気がかりであります。とは言えヒタ殿のお申し出もゆえあってのこと。従いまして、まずは先駆けのサガ兵五百が、いかに早く谷あいを抜けるかが、此度の戦の決め手になりましょう。我がサガ兵がいち早く谷あいを抜け、開けた所にて基になる地を抑えて後の兵が来るまで持ちこたえます。第二隊、第三隊と続くに従って抑えた地を拡げて頂き、殿が抜けたところで総がかりとなってマツラ殿を討ち申す」
「サガ殿の仰ることは分かり申すが、そのようにうまく運ぶであろうか? 先駆けの兵がとても危うく思えるが……」
「ヤマト王、そのための先駆けをサガにお任せ頂きたく、改めてお願い申し上げます。確かに、全ての隊のうちで先駆けの兵が最も危ういのはヒタ殿も申される通りにありますが、それにより我が意のヤマト王にあるところをお認め頂きたく」
「うむ、サガ殿の申し出、とても嬉しく思う。どうであろう? ヒタ殿。ヒタ殿のお考えもよう分かるが、ここはサガ殿のお気持ちを汲みたいのだが」
「ヤマト王の、仰せのままに……」
「それとな、これはサガ殿にも言うてはおらなんだが、実は儂は密かにワナ国にも遣いを出しておる。万一ヤマトとマツラが戦を始める際には、ワナ国にはヤマトにお味方頂いて、共にマツラを挟み撃ちにしようぞ、と告げてある」
「何とこれは初耳……して、ワナ殿には戦の時については……?」
「いや、まだそこまでの話はしておらぬ。されど、常のマツラ殿のありように、ワナ殿にも思うところがあるようじゃ。此度ヒタ殿にも戦を認めて頂いたゆえ、改めてワナ殿にはお味方を頼もうと思うておる」
「いや、されど、まことワナ殿がお味方してくれるので……いや、それはお味方が増えることは頼もしいが、どれほど信のおける……ワナ殿は我らと異なり、未だヤマトを容れるにあらず……いぇ、ヤマト王の申されることを疑っているのではあり申さぬが、その……」
「ヤマト王が既にそこまで話されているのであれば、私としては何も申し上げることはございませぬ。また、サガ殿がお気になさるのであれば、私もワナ殿と少しく通じておりますゆえ、王にそのおつもりがあれば、私からも口添えをさせて頂きます。されど、ワナ殿がマツラ国に攻め込むためには、イト国を通らなければなりませぬが、イト殿にはどのような?」
「イト殿には何も話してはおらぬ。イト殿はワナ殿よりはマツラ殿に近い身。イト殿からマツラ殿に話が抜けては元も子もあるまい。ただ、ワナ殿の仰せでは、イト国の端を通る道筋を行けば、イト殿とは諍いを起こさずに進めるであろう、とのことである」
「ヤマト王、イト殿とは某の方で通じており申すゆえ、イト殿との話はお任せくださいませぬか。ワナ殿がマツラ殿を攻めるにあたりて、イト国の端を通ることを許されるよう、きっとイト殿を口説いてみせ申しましょう」
「うむ、相分かった。それではイト殿との話し合いは、サガ殿にお任せすることとしよう。また、ワナ殿との話であるが、これは儂の方でまとめるゆえ、ヒタ殿には兵を整えるに意を用いて欲しい」
「はっ、仰せのままに」
「してサガ殿、兵を集める時と所はいかに?」
「はっ、それでは十日後の霜月朔日、ヤマト王の城の前に兵が集まりしを以って……」
「否はなし」
「仰せのままに」
「それではサガ殿は下がってよい」
「ヒタ殿には話があるゆえ、少し残ってもらいたい」
「ヤマト王、よもや……」
「案ずるでない。此度の戦、そなたの申し出により心を決めたが、ヒタ殿には話しておらなんだ。今、ヒタ殿はこの戦について儂らと心を一にしてはくれたが、何より儂はヒタ殿に話すことなく決めてしまったことを申し訳なく思うておるのだ。ゆえに、儂にヒタ殿への礼を尽くさせて欲しいと言うておるだけよ。ヒタ殿には十日後にきちんと兵を出してもらう、そのことを違えるつもりはないので、気に病むな」
「ヤマト王……」
「仰せのままに。それでは某はこれにて」
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「さて、ヒタ殿よ、此度のことは許せ」
「はっ」
「その上でじゃ、此度のサガ殿、ヒタ殿にはいかように見える?」
「王の前で他の者について話す口を、私は持ち合わせてはおり申さず」
「うむ、その心意気やよし。されど、時には腹を割って話そうぞ。儂はそなたの父上とは古い友であり、もちろんそなたともそのつもりである」
「もったいないお言葉、痛み入り申す」
「そなたが他の者を貶めるような者ではない、清い心の持ち主であること、儂はよう知っておる。されど、そなたは我が知であり我が武である。その知を我がために使うてもらいたい」
「されば恐れながら申し上げます。此度の戦のこと、ヤマトのためだけならぬ、何か怪しげな企てをサガ殿には感じ申す」
「怪しげな企てとは」
「そこまでは私には……」
「されど、例えばサガ殿のマツラ殿に対する私の恨みや、サガ国のみの利に絡む……」
「あるいは、恐れ多いことながら、ヤマト王を害するお心積もりか……」
「これまでヤマト入りを頑なに拒んでいた方の此度の急な変わりようと申し……何より自ら先駆けを望みながら敢えて危うい道筋を選ぶありようと申し……何やらサガ殿には別の思惑があるようにも見え申す……」
「うむ、そなたの申す怪しげな企てとやら、儂も同じように感じるところが無いでもない」
「いずれにせよ、ヤマト王には御身の守りにお心配り頂きますよう」
「うむ。そこでよ……先にサガ殿はそなたに、どの隊にあるつもりかと聞いておったが……」
「はっ、その際は答えあぐねていたところをヤマト王に救われ申した……」
「そのことじゃが、そなたには戦には出ず、残っていて欲しいのじゃ。もちろん、ヒタに戻っていて構わぬ」
「されど……」
「サガ殿のことだけではない。戦とならば、いざということもあろう。そなたには……万一の場合に娘のことを守って欲しいのじゃ」
「ヒメミコ様を……」
「うむ。幸いあれは、そなたのことを気に入っているようであるからのぅ。あれも十四になる。後二、三年もすれば、よい女子になるであろう。母親譲りで美しくなったであろう?」
「確かに、奥方様譲りのお美しさとお優しさを備えた麗しい姫君にあらせられ申す」
「なんだ。そなたもまんざらでもないようだのう……さらばいっそあれを嫁にもろうてはくれぬか?」
「そのような大それたこと、私には……第一、ヒメミコ様はヤマトを継がれる身にあらば、それに相応しい方と……」
「我が第一の友にしてヒタ国の王であるそなたであれば、ヒメミコに最も相応しいのではあるまいか? 儂としてはそなたが婿として娘を佐けてくれれば、これほど有難いことは他にないのじゃが……」
「……」
「いずれにせよ、此度の戦、そなたには守りを固めて欲しい。これは儂の命であり、否は許さぬ。分かったな」
「ヤマト王の仰せのままに」
「うむ、礼を申す。それでは下がってよいぞ」