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ヤマトのヒメミコ  作者: 勅使河原 俊盛
序章 姫巫女(ヒメミコ)
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第一節 八纏(ヤマト)

「あっ、ヒタ殿ではありませんか!」

「おうっ、ヒメミコ。しばらくお会いせぬうちに、また美しゅうなられた」

「おやめください、ヒタ殿。お恥ずかしい……」

「いやいや、益々亡きお母上に似てこられた」

「ヒタ殿は母上にお会いされたことがおありか?」

「あぁ、まだヒメミコがこんなに幼いみぎりに幾度か……」

「我が父とヤマト王とは気が合ったようで、ヒタ国とアサ国は、よう互いに行き来したものであった。儂も幾度か、亡き父と共にアサ国に伺ったことがあるが、その際ヒメミコのお母上にもお目にかかったことがある」

「母上は(わらわ)の幼い時に亡くなった故、あまり面影など覚えておらぬのじゃ……」

「母上はどのような方であったろか」

「そう……今であるから申すが、儂などもお母上にお会いすると、そのお美しさにはうち震えたものよ……」

「ところで、ヒメミコはお幾つにおなりになったかな」

「十四になりました。妾も少しは母上に近づけたであろか」

「ヒメミコは、お母上のお美しさとお優しさをを共に受け継いでおられる」

「更に申し上げるならば、お父上の賢さと力強さも……」

「妾はそないに力強く見えるであろか?」

「いやいや、そうではない。力と言うても、ヒメミコの心の強さのことじゃ。いずれヒメミコはヤマト王の後をお継ぎになる身。お母上の美しさと優しさ、お父上の賢さと力強さを共に兼ね備えれば、倭国(わこく)の民も安んじて暮らすことが叶うであろう」

「そうなれば、ヒタ殿も安んじられるか?」

「儂はヒメミコをお守りする身。ヒメミコが安んじて民のために祈ることができるよう働くのが儂のつとめであろう」

「されど、お美しくお優しいヒメミコの賢さと強さに力添えできるのであれば、こんなに嬉しいことはあるまいて」

「そうか……では、ヒタ殿がお側で妾を(たす)けてくれるよう、妾も祈ることとしよう……」

「……そうじゃ、ところでヒメミコは、儂に何かご用があったのではないかな?」

「うむ。実はヒタ殿にお聞きしたいことがあるのじゃ」

「儂に聞きたいこと……?」

「そうじゃ。聞くところによれば、近く父上は戦を始めるおつもりとか」

「儂もまだ確かに聞いたことではないのだが、どうやらヤマト王はそのようなお心づもりでいらっしゃるようじゃのぅ」

「実は、儂はそのことでヤマト王に呼ばれ、今より王の下へお伺いするところであった」

「そもヤマトは、倭国に数多ある国を纏めひとつにするために父上が作った国であろ?」

「ヒメミコの申される通り。倭国は今、数多の国に別れ、互いに争うておる。されど倭国のうちで互いに争うことを、ヤマト王は好ましく思ってはおられぬ」

「ヒメミコには、それがなにゆえかお解かりか?」

「戦は民を傷つけるから……」

「もちろんそれもあるが」

「他にも何かおありなのか?」

「ヒメミコは、海の向こうにあるカラ国(からくに)をご存知か?」

「聞いたことはあるが、詳しうは知らぬ……」

「カラ国には、我ら倭国の民とは異なる民が住んでおる。このカラ人(からひと)について、ヤマト王は好ましく思っておられない」

「なにゆえ父上はカラ人を好ましく思わぬのじゃ?」

「ヤマト王には二つのお考えがある。ひとつは商のことじゃ」

「カラ人は船に乗り、倭国には無い品物を携えてやってくる。倭国の民はこれらの珍しい品物が欲しい故、倭国の品物と商することでこれらの品物を手に入れておる」

「その商のどこが悪いのじゃ?」

「商が悪いわけではない。ヤマト王が気にされているのは、その商のあり様じゃ」

「商のあり様?」

「倭国の内で互いに相争うておるゆえ、カラ人はそれぞれの国とそれぞれに商を行っておる。従うて、一度の商で取引される品物の数は少なくならざるを得ぬ。それゆえ、カラ国の品物が割高になっておるのじゃ」

「なにゆえ割高になるのじゃ?」

「例えば、カラ国の黒金くろがねの板を倭国の米と商うことを考えてみよ。一斤の黒金の板と一石の米が商できるとする。さて、カラ人からすればできるだけ早く、楽に、そして多くの商ができるのが望ましいことはわかるであろう」

「うむ。幾日もかかる商よりすぐに米が手に入る方が望ましいであろうのぅ」

「今十斤の黒金があるとして、ひとつの国で十斤の商を行う時と、十の国で一斤づつ商を行うのとでは……」

「ひとつの国で十斤の商いを行う方が望ましいであろ」

「さよう……十斤まとめて商をするなら、米九石でも商してくれるかもしれぬが、一斤づつなら、一石と一斗りの米でなければ商してくれぬかもしれぬ」

「なるほど……それはあり得ることじゃ……」

「今の倭国は数多の国に分かれて相争うておる。つまりは、カラ人からすれば、十の国で一斤づつ商を行うに等しい。すなわち、十斤の黒金に対して十一石の米を商することに等しく、それは、倭国全てで考えてみれば、より多くの倭国の米、すなわち富がカラ国に流れていることになる」

「逆に言えば、倭国がひとつにまとまれば、それだけ倭国が富む、ということか」

「その通りじゃ。もちろん、国によって商の行い様は異ろう。例えばマツラ国などはより安くカラ国の品物を商できる一方、クナ国などは割高の商を行っておるであろう」

「カラ国との商をヤマトとして行わば……」

「ヤマトが安く商を行い、倭国の民は潤うというわけか」

「さすがヒメミコは飲み込みが早い。それがヤマトのゆえのひとつよ」

「ではふたつめは何であろ?」

「それは、倭国の民のふるさとのことである」

「カラ国にはカラ人が住んでおると申したが、元々カラの地に住んでいたのは、カラ人だけではなかったのじゃ」

「それでは誰が?」

「さよう、カラの地には我ら倭国の民も住んでおった」

「カラ人は、カラの地に住んでいた倭人(わひと)を追い出し、あるいは虐げ、倭人の地を我が物にしたのじゃ」

「それは知らなんだ……」

「ヤマト王は、いずれカラ国にある倭人の地を取り戻すおつもりなのじゃ」

「倭人の地を取り戻す……」

「さよう、そのためには、倭国のうちで相争うておる時ではない。倭国の民が心をひとつにして力を蓄え、カラ国からその地を取り戻す。ヤマトはそのために王がお考えになり、お造りになった国なのじゃ」

「あまたの国を纏めてヤマト……妾は父上のお考えは知っておったつもりであるが、父上のお気持ちまでは知らなんだ……」

「お父上のお気持ちはお父上からお伝えされるべきであろうゆえ、儂がヒメミコに申したことは出すぎたことやも知れぬ。されど、賢く強いヒメミコには、ヤマトという名に込められたヤマト王のお気持ちを深く知って欲しいのじゃ」

「ヒタ殿……ヤマトの想いは妾にも伝わった。さらば、なにゆえヤマトは今、戦を始めなければならぬのじゃ?」

「まさにそこよ、ヒメミコ」

「この間、サガ殿がヤマトに加わったこと、ヒメミコはご存知か?」

「ちらと聞いただけであるが、なんでもサガ殿はそれまで頑なにヤマト入りを拒んでおられたとか……」

「うむ、ところが急にヤマトに加わることになったと申す」

「なにゆえサガ殿はお考えを改めたのであろか?」

「さぁ、儂にもよう分からぬ。ただ、此度の戦、そのサガ殿から申し出られたことと聞いておる」

「サガ殿は何をお考えなのか?」

「うむ、それも含めて、これから儂はヤマト王とサガ殿とお会いしてくる」

「ヒタ殿、お願いがあるのじゃ」

「儂にできることであれば何なりと」

「妾はさきほど、ヤマトに込めた父上の想いを知った。その想いを叶えるためには、今、倭国のうちで争うべきではないと、妾は思うのじゃ」

「ヒメミコの申される通り、今は相争うべきときではなかろうのぅ」

「そこでじゃ。父上とお会いされるのであらば、ヒタ殿から此度の戦をやめるよう、父上にお話してはくれぬか?父上も、ヒタ殿の申すことであれば、容れてくれよう」

「儂もそのつもりではおる。されど、恐らくヤマト王は既にお考えをお決めであろう。儂が申しても始まらぬことやも知れぬ」

「それでも構わぬ。どうかよろしく頼む」

「わかり申した。ヤマト王にはヒメミコの意のあるところをお伝えしておこう」

「それでは儂はこれで……」

「そうじゃ、ヒタ殿」

「一度ヒタ殿の国に妾を連れて行ってはくれぬであろか?」

「我がヒタ国に?」

「そうじゃ……ヒタ殿の治める地はとても美しく実り豊かであると、父上よりお聞きしたことがある」

「さよう……ヒメミコのお育ちになったアサの地に較べれば、ヒタは山に囲まれた狭い地ではあり申すが、その山々の美しさは、ヒメミコもご覧になったことはないであろう……」

「されば近いうちにヒメミコを我がヒタ国にお招き申し上げることとしよう」

「おぉ、それは楽しみじゃ。ヒタ殿、ゆめお忘れなきよう……」

「相分かり申した。それでは儂はこれで……」

「戦のこと、よろしゅうお頼み申す」


魏書東夷伝倭人条……にしか見当たらない邪馬台国。子供の頃には、大きくなったら歴史家になって邪馬台国を発掘する、なんて夢を見たこともありました。邪馬台国はどこにあるのか、卑弥呼とは誰なのか、現在の天皇家との関係は……もう、みなさんご承知の通り、百家争鳴の状態です。


そこに新説を以って参戦!なんてことをする気は更々ありませんが、できるだけ考証を加えながら物語を紡いでいきたい、とは思っています。


例えば「倭国大乱」。何故、何十年もの間争乱が続いたのでしょう。そして何故、卑弥呼がそれを納めることができたのか。女性だから?「鬼道に事え能く衆を惑わ」したから……だけでは説明がつかないと思うのです。


そんな数多の疑問に対する私なりの回答を、物語という形式を借りて妄想していきたいと思います。


できるだけ史実に近い(と思われる)ことを描きたいと思ってはいるのですが、まず最初から、大きな相違があることを、ひとつお詫びします。


魏書によれば卑弥呼は「年已長大(年已に長大)」。いわゆる年配の女性ということになっているのですが……すいません。私の描く物語の主人公には若くて可愛い女の子を配したい、という各方面からのお叱り必須な私の嗜好が、ヒメミコ登場時の年齢を14歳に書き換えてしまいました。


まぁ、この後色々と史実との齟齬は出てきますが、そんな訳でこの物語は

「現在の現実世界には直接はつながらない」

しかし

「現在の現実世界と祖を部分共有する」


<もしかしたらあったかもしれない、もうひとつのパラレルワールド>


の史実に基づく物語だと思って頂ければ幸いです。


私は、この物語の2人のヒロイン、ヒメミコとトヨ(後半に登場予定)を、他の作者の方々がそうであるのと同じように、我が娘のように大切に思っております(娘を持ったことは無いのですが...)。ですので、みなさまにも私の可愛いヒロインを愛して頂ければ大変幸いに存じます。

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