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メインバーへようこそ ~ひきこもりニートと愉快な仲間たち☆~  作者: まる。
第1章 Aperitif(アペリティフ)
8/12

7杯目:Refinoの皆さん(1)

 無事にお母さんを説得することができ、同意書にもサインを貰った。生まれて初めて頭を下げてまでここで働きたいのだという思いが伝わり、快く、とまではいかないが何とか納得して貰えた様だった。

 お母さんも驚いてはいたが、一番驚いたのは私自身だ。働くことはおろか、外に出ることも人と関わる事もずっと避けて生きてきたこの私が、お母さんを説き伏せるほどまでに変わることが出来るのかと、自分の事なのにまるで他人ごとの様に思えた。

 とにかく、今日からはちゃんと仕事を教えてもらえる。今日は人が足りてるし最初だからと十時迄の勤務となったが、しっかりやらねば。

 ロッカーで着替えをすませると、人と出会いそうなエレベーターは避け非常階段で職場に向かう。スタンバイを教えるから四時に来るようにとの事だったので、言われた通り四時ピッタリに店に到着した。

 ベルベットのカーテンは既に開け放たれていて、照明が落とされて暗かったフロアは時間が早いせいか明るくBGMも流れていない。鉄板焼きのレストランの方を見ても同じで、人っ子一人いる感じがしなかった。

 集合場所か時間を聞き間違えてしまったのだろうか。不安で一杯になりながらもそっと入り口から店の中を覗いて見たが、やはりそこにも誰もいなかった。

 おかしいな。一旦、管理部事務所にでも行って聞いてみよう、と、思ったその時だった。


「おせーよ」

「い゛ぃっ!!」


 急に後方からドスのきいた低い声がして、思わず前のめりで倒れこんだ。こんなに静かだと言うのに足音一つ立てずに背後を取られるだなんて、どんだけ優秀なAssassin(暗殺者)なのか。と、日頃から対戦ゲームをやっているせいで後ろを取られると死に直結するという考えが働き、ひざまづきながらもすぐ様声のする方へ身体を向けた。


「……あ、あのっ?」


 その声の主は、出で立ちからしてやはりここのスタッフだった。(すね)まである黒いエプロン姿で、ジャケットはないが麻生さんと同じ黒いベストを着ている。髪は短くきっちりと整えられ、染み一つ見当たらないシャツも清潔感であふれていた。麻生さんが文化系としたらこの人は体育会系な感じで、はっきりとした顔立ちの厳しそうな雰囲気が漂う男性だった。


「お前、新しいバイトだろ」

「――は、はははい」


 ギロリ、と睨み付け、床に座り込んでいる私を蔑むように見下ろす。恐怖のあまり、蚊の鳴くような声しか出なかった。


「四時に来いって言われたら、五分前には来とけ。常識だろ」

「……あ」


 ずっと家にいた私は、常識がどういうものなのかよくわからない。働けばそういったものも身に付くんだと思っていたが、普通の人は働く前に既に身に付いていると言うことだろう。明らかに相手が怒りの感情を見せていても何て言えばいいのかすらわからず、ただ黙って床にうずくまっていた。

 ふと、カーテンの向こう側の通路からパタパタと靴音が近づいてくる音が聞こえた。


「飯島さん? どうかしま――……え? ナニナニ? どうしたの??」


 また、一人増えた。床に座り込む私に対し、腕を組んで睨みつけているこの男性見て、その人は一体何事かと駆け寄って来た。


「新しいバイトだ。疋田(ひきた)、他のバイトが来るまでスタンバイのやり方を教えとけ」


 それだけ言うと、その人は踵を返してカーテンの向こう側へ消えた。

 良かった、やっと逃れられた。面接から今日まで嫌な感じの人とは会わなかったから完全に油断していた。

 最初は怖いと思った柳マネージャーも見た目はあれだけど話してみたら結構気さくで話しやすく、野神課長の言う通りいい人ばかりだなと思い込んでいた。でもやっぱりそんなわけないか。

 そもそも、五分前に来るのが常識ってことを知らなかった私が悪いのだし、怒られても仕方がない。とは理解していても、赤の他人に怒られる経験のない私は、恐怖で手が震えていた。


「大丈夫? 立てそう?」

「はっ、……ははははいっ」


 慌てて駆け寄ってきた男性が隣に座り込み、手を差しのべてくれる。その手をどうしていいのかわからず、ゆっくりと自分の足で立った。


「はー、ったく! 飯島さんはホントに!」

「い、いえ、わ、わた、私が悪いので……」


 それでも、その人は腕を組んでプリプリと頬を膨らませていた。


「……さっきの強面の人は飯島さんって言って、レフィーノのメインバーテンダーでうちでは一番の古株なんだ。悪い人じゃないんだけど、根が真面目でさー。冗談が通じないタイプなんだよね」

「そ、そうなんですね」

「んで、俺は疋田(ひきた) 涼真(りょうま)。うちはみんな仲がいいから下の名前で呼び合ってるんだ。だから、リョーマって呼んでくれていいからね」

「は、はい」


 そう言うと、視線をチラッと私の胸元へ落としてからニッコリと笑う。ここの人はやたらと笑顔を振りまいている様に思った。


「芳野さんは下の名前は何てーの?」

「あっ、な、なかばです。中央の央と書いてなかばと読みます」

「へー、ナカバかー。いい名前じゃん!」

「あり、ありがとうございます」


 この男性も脛までのエプロンを身に付け、先程の飯島さんと全く同じ制服を着ている。ふわふわした少し茶色い髪に大きな丸い目、華奢で小柄なせいか人懐っこい感じがする。なんとなくだけど、この人とは気軽に話せそうな気がした。


「他のバイト達は五時からだからスタンバイは俺が教えるわ。ほんじゃま、軽く流れを教えるねー。ついてきてー」

「あ、はい!」


 そう言われてついていった先はカウンターの奥だった。前来た時には気づかなかったがそこにはまた同じようにベルベッドのカーテンがあり、そこをくぐると作業場の様な部屋があった。大きな製氷機や冷蔵庫、中身の入ったビールケースなんかも山積みにされていた。


「ここはパントリーね。まず出社したら大きな声で皆に挨拶!」

「はっ、はい!」

「あははっ! で、そのあとパントリーでこの引継ぎノートに必ず目を通しておいて。読んだらサインをしてよ? ちゃんと読んで頭に入れとかないと、飯島さんに怒られるから注意して」

「……ぅ、はい」

「んで、このホワイトボードに書いてある“OJ”とか“GJ”とかの横の数字は、今日のジュースを絞る本数。やり方は後で教えるけど、とりあえず今はスタンバイの時にこんだけ絞るんだなーって思ってればオーケー」


 疋田さんはそう言うと、両手の親指をグッと立てた。

 その後、発注していたものを取りに行くからと台車を押しながら地下に連れていかれた。鉄の自動扉を抜けたその場所は、面接の時に私が倒れてしまった所だった。どうやらここには購買部の事務所があって、業者がここに納品する仕組みとなっているらしい。どうりで、トラックが何台も止まっていたのだなと納得した。


「そう言えば央さー」


 えっ!? いきなり呼び捨て?? 

 お母さんと桑山さん、あとお母さんの友達の恵美さん以外で呼び捨てにされたことが無かった私は、ある意味新鮮で、ある意味気恥しかった。


「は、はい?」

「面接に来た時ここでぶっ倒れてたよね」

「――! なっ、なっ、何故それを……!!」

「え? だって俺もここにいたもん。そこでタバコ吸ってたから」


 あ、あ、あ、あなたでしたか! 急にあんな大声で叫んだのは!

 そうか、ここで働くと言うことは、あの時の人達にも会うかもしれないということだ。とりあえず、そのうちの二人は判明したが、あの時はまだまだ他にも人がいたはず。


「あん時の京介の驚いた顔! あ、京介ってわかる?」

「あ、はい。この間お会いして、その事についてもお詫びしました……」


 ああ、もう、お願いだからその話はしないで欲しい。台車を持つ手に力が入り、額から汗がじんわりと出始めた。耳を塞ぎたくても塞げない現状が、余計に自身を追い詰める。


「でも、うけるー。わざとかっ! っちゅーくらい京介の手を握り締めて離さなくってさ。本当は意識あったんじゃないのー? ほら、京介ってカッケーじゃん? なんかきっかけ作り? 的な?」

「……ちっ! 違いますっ! わ、わざととか、そんな……」


 肘で何度も小突かれ、わけのわからない濡れ衣をきせられてしまう。あの時は、後ろに人がいたことすら気づいていなかったというのに、どうしてきっかけを作ろうと思えるのか。


『えー何あれ? 信じらんない!』

「……っ、」


 ああ、いやだ。中学生の時のことを思い出す。せっかく外に出ることが出来たというのに、これじゃあまた閉じこもりたくなる。

 これから会う全ての人にあの時の失態を知られているんじゃないかと思うと、ビクビクして生きた心地がしなかった。







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