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メインバーへようこそ ~ひきこもりニートと愉快な仲間たち☆~  作者: まる。
第1章 Aperitif(アペリティフ)
4/12

3杯目:きっかけ

 

 ~一週間前~


「えー、嘘でしょ。今からRaid(レイド)? こんな時間帯に敵陣攻めても人数集まらないしNPCにやられるだけじゃん」


 リアル(現在)の時刻を見てみると、まだ昼を過ぎた所。


「リーダー誰がやってんだろ。小学生かな」


 明らかに負け戦とわかってるのに無駄にDEATH数を増やしたくない。無言でグループから抜けるとすぐさまログアウトした。

 部屋のカーテンを開けてみて、外はとてもいい天気だったのだと知る。だからと言って、外出しようなどとは露ほどにも思わなかったが、一日中部屋にこもってゲームに没頭するのもいかがなものか。そう思う反面、誰に文句を言われるでもなしと自由気ままに生きていた。

 常備していた飲み物が切れ、ゲームもキリのいいところで終えたし丁度いい。このあとはまだ読み終わっていない本でも読むつもりで、飲み物をとりにキッチンへ向かった。


「――?」


 冷蔵庫の扉を開けようとすると、なにやらもめているような話声が聞こえる。お母さんと話している相手の声が、この家の持ち主兼お母さんの雇い主である桑山さんだとわかると、冷蔵庫を開ける手を止め聞き耳を立てた。


(なかば)は今日も部屋にこもりっぱなしなのか?」

「まーそうですね」

「そうですね……って、お前心配じゃないのか? もうすぐ成人になろうって娘が仕事もせずにずっと引きこもってて」


 桑山さんのその言葉で、自分はひきこもりだったんだと知った。しかも無職だからニートの称号も得た様だ。冷静に考えれば理解できたこととはいえ、高校も通信制だったしずっと家にいるのが普通だと思っていたからどうにも自覚がなかった。


「央が外に出たいって言えば勿論その手助けはしますよ? でも、無理強いはしたくないんです」

「お前、あン時の事まだ引きずってんのか? 央がまだ小っせえ時分に俺とNGOの仕事で海外に行った時の……」


 随分昔にちらっと聞いた事がある。私が生まれる前、カメラマンをしている桑山さんが途上国にNGOの仕事で海外出張することになり、アシスタントをしていたお母さんも一緒に着いていったと言っていた。その後、私がお腹の中にいることがわかってお母さんだけ帰国したが、どうしてもカメラの仕事を続けたかったお母さんは親戚の伯母さんにまだ小さい私を預け、再び途上国に行ったらしい。

 自分の仕事に誇りを持ち、娘の私からすればとても尊敬できる母だが、当時は周りから色々と言われた様だった。


「私、本当に後悔してるんです。なんでまだ小さい央を置いて行っちゃったんだろう、って」

「だってそれがお前のしたかった事なんだろ? それに、伯母さんだって央を預かる事がお前に対する罪滅ぼしにもなるんだから」


 ――伯母さんの罪滅ぼし?

 そんな話は一度も聞いた事がない。一体何の事だろう。確かに、今もたまに会う機会があると、かわいい服や本なんかを沢山くれる。祖父、祖母、それに父まで既に他界している私にとって、親戚というのはそんなものだと勝手に思っていたがそうではなかったということだろうか。

 お母さんと伯母さんの間に何があったのかは知らないが、親切にしてくれるのは何かしらの理由があったのだと知った。

 それにしても、さっきから桑山さんがお母さんを責めている様に聞こえる。私の問題のはずなのにお母さんの事のように話をすり替えているのがたまらなくなり、私はリビングの扉を開けようとしたが、お母さんの話が気になりタイミングを逃してしまった。


「帰国して……、伯母さんの家に迎えに行った時に気付いたんです。凄く寂しい思いをさせてしまったんだと」


 いつも元気で頼りになるお母さんが、今にも泣き崩れるんじゃないかと思う位か細い声音に胸がキシキシと痛んだ。


「玄関であの子の名前を呼んだらものすごい勢いで飛びついてきて。央に買ってきたお土産を見せようとしてもしっかり掴んで全然離してくれなくって。でも、泣くでも喚くでもなく、あんなちっさい子がぐっと耐えてたんです。小さいなりに、もう離しちゃいけないって思ったんだと思います」

「……」

「だから、あの子が学校に行けなくなったのも、きっとあの時の事が原因なんだろうなって。そう思うと無理強いできなくて」

「それは違――」

「いいんです。それに……きっとやりたいことが出来たら、あの子が自分から言うでしょうから」


 ――あの子を信じてますから。

 消え入りそうな声でそう言ったお母さんの言葉が胸に響き、扉を開けようとした手を引っ込めて自室へと戻った。





 ■□


 面接の日から既に三日が過ぎた。合格なら翌日中に電話があると言っていたから、不合格だったということで間違いないだろう。電話番号を書き間違えていないかと心配になりつつも、そもそも一度も仕事というものをしたことが無い上、コミュ障を発揮した時点で雇ってあげようと思う企業はそうそうないのであろう。


「ハンカチ、どうやって返そうかな」


 親切にしてもらったあの人にもう会えないのは残念だが、あきらめずに次の仕事を探さなければと再びアルバイト情報誌を読み漁っていた。


「――あ、そうだ。洗い場……スチュワードって言ってたっけ? どうせまた面接しないといけないんだったらそこに応募すれば――」


 また、あの人に会えるかもしれない。受かる保証は一ミリもないが、とりあえずやってみようと再び履歴書を書き始めた。


「――。……?」


 突然、普段はお母さんか桑山さんからしか鳴らない電話が鳴り響いた。全く知らない固定番号が表示されていて、きっと間違い電話だろうとそのままにしていると五回程鳴ってプツリとその音は止んだ。だが、三十分ほどすると再び同じ番号からの着信があり、私が出なければ間違い電話に気付かなくて相手が困るんじゃないかと、仕方なく電話に出ることにした。


「……もしもし」


 電話は嫌いだけど目の前に人がいなければまだましだ。「間違ってますよ」と一言いって、早く終わらせようとした。だが、


「芳野さんの携帯電話でよろしいでしょうかー?」

「え? あ、はい」


 どうやら間違い電話ではなかった。でも、知らない人の声にびっくりして肩が竦む。


「ホテルリッチの柳と申します。先日は面接に来ていただきましてありがとうございました」

「え゛!?」

「え?」


 諦めていた頃にあのホテルからの電話に動揺が隠し切れない。前回面接してくれた人ではないようだけど、一体何用かと息をのんだ。


「あ、すみません。はい」

「あーっと、実はですね。客室清掃を希望されていたかとは思うんですが、すみませんちょっと今回は他の方に決まってしまいまして」

「ああ……はい」


 なんだよ、断りの電話だったのかよとがっかりしていると、思いもよらぬ事を聞かされた。


「で、宜しければレストラン部門で働いて頂けたらなと思ってお電話させて頂きました」

「……。――え゛!?」


 浮いたり沈んだりと感情が忙しい。正直、レストランで働くなんて芸当、この私が出来るわけがないと思っていたが、雇って貰えるんだということがこれほどまでに嬉しいこととは思ってもおらず、私は二つ返事で入社することを決めた。




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