20.モブ高校生はばったり会う
「最後にこのxに代入して……やっと解けたああ!……あ……」
「ふぎゃっ!……いてて、急に立ち止まってどうしたの?麗華……あ」
数学の大問が解けたことに達成感を抱きながら顔を上げると、蔵書室と読書室を繋ぐ場所から江橋さんと一ノ瀬さんが入ってきた。
予想外な出来事過ぎて固まってしまったが、まさか図書室に人が、よりにもよってこの二人が来るとは思っていなかった。
多分一ノ瀬さんが何とかしてくれたことによって、江橋さんとはほとんど話すことが無くなっていたのに、学校内で一番知り合いに会わなそうな図書室でばったり会うとは思ってもいなかった。
それは一ノ瀬さんと江橋さんも同じだったようで……唐突なできごとに固まる両者に広がる静寂、それを破ったのは江橋さんだった。
「こ、こんにちは、日裏さん。自習ですか?」
「違います、人違いです。私は月表陽キャです」
「……」
江橋さんがポカンとした表情を見せ、一ノ瀬さんからは驚愕したような雰囲気が伝わってくる。
苦し紛れの逃げは滑った。完全に俺が滑った。具体的に言うとぼっちが授業中に名指しされて答えを黒板に書いたけれど間違えた時に、誰も何も反応してくれなかった時くらい辛い。
おかしいな、夏なのに何故こんなに肌寒く感じるのだろうか。エアコンのせいか?あとで司書の先生に報告しよう。
「……?」
……よし、無かったことにしよう。それがいい。
「……いやいやいやいや! 無理ありすぎるでしょそれは!」
無かったことにしようと決めた瞬間に蒸し返すとはなんというやつだ。……もしかしてフォローのつもりだったのか?そうだとしてもここは無視するしかない。
「こんにちは江橋さん。俺はここで勉強をしていたんだけど江橋さん達はどうしたの?」
「え? もしかして無かったことにした? 月表くん!?」
「……一ノ瀬さん誰かと勘違いしていない? 誰それ?」
「日裏くんが言ったことでしょ!?」
「明梨ちゃん」
「麗華も聞いていたよね!? 月表って!」
まずい、江橋さんにまで言われてしまったら無かったことにはならなくなってしまう……そう考えたその時、江橋さんは人差し指を口の前で立てた。
「図書室では静かにですよ?」
「〜〜〜〜〜〜!!」
江橋さんからの追撃によって顔を真っ赤にしながら地団駄を踏む一ノ瀬さん。……俺もまさか月表氏の存在を消してくれるとは思っていなかった。
さらば月表陽キャ……。君は生まれるべきではなかったのだよ。
一ノ瀬さんは感情をぎりぎり爆発させないようにしながら、それでも声を出さないように気をつけているみたいだ。偉い。
……というか、もしかして、江橋さんは親友が言っていることを肯定せずに、滑った俺を庇うことを選んだのか……?
「って、二人はどうして図書室に?」
「私は明梨ちゃんが本を借りると言っていたので付いてきました。……そういえば今思ってみると図書室ってオリエンテーション以来、ほとんど来たことがありませんでしたね……」
「そうそう、麗華には私についてきてもらったのよ。最近話題の恋愛小説が入ったってプリントに書いてあったからね。といっても図書室って意外と広いんだね、全然見つからないや!」
いつの間にか復帰した一ノ瀬さんがそういう。
司書の先生がなんとか図書室の利用者を増やそうと取り組んでいるものの一つが図書室便りだ。リクエストによって新しく入荷した本や司書の先生がおすすめする本のあらすじ紹介が載っている。
いくら偏差値が高い高校だったとしても図書室に学術本しかない学校などあるはずがないし、この高校にある図書館かと思うほどの本の中の半数以上が小説やライトノベルで占められている。
いやむしろ、聞いた話によると偏差値が高い高校のほうが幅広いジャンルの本が置かれているらしい。
今日一ノ瀬さんが借りに来た本は司書の先生が書いた図書室便りに書かれていた誰かのリクエストで新しく入った本で、そのリクエストをしたのは俺であって、しかもこの本が入ったのはつい先日のことだったわけで……。
「……一ノ瀬さんが探している本はこれか?」
「ん~? あ、これこれ! 探していたのはこの本だけど、なんで日裏くんが今持っているの?」
「……この本のリクエストをした人が俺だから入ってすぐに借りたんだよ…」
キョトンとした表情で聞いてくるが、俺が読みたいからリクエストをしたのだから借りないという選択肢はない。
……もっとも、この本を借りたのは金曜日で、俺は今日の昼休みで読み終えることができたから返そうと思っていたのだが。
「日裏さんはこのような本も読まれるのですね」
「ん? なんだ意外か?」
「いえ、意外というか……私はほとんど本を読まないのでいろいろな本を読んでいて素直にすごいと思いました」
「お、おう。そうか……」
てっきり意外といわれるとばかり思っていたから、素直にすごいなどと称賛されてむず痒い気持ちになってしまった。なんとなく、このままではまずいと思い、話を変えることにする。
「そういえば、江橋さんに貸した本はどれくらい読み進めることができたんだ?」
「えっと……実はまだ読むことができていなくて……」
「なるほど……。まだ読み始めてもいないって感じかな?」
「……はい。貸していただいたのにすみません」
どうしてか、江橋さんの様子が一週間前よりも暗い?気後れしている?様な印象を受ける。
実際のところ、江橋さんはライトノベルを初めて読むのだから、これくらい時間がかかることは予想通りだ。
個人的に本というものは読み始めるまでの時間が一番長くて、読み始めたら止まらなくなるものだと思っている。
江橋さんに貸した小説は特に、十ページ読んだらあとは止まらなくなると言われているくらい面白さを誇る小説として一部で有名だ。
だから少しでも本文を読んでみてやめたのならしょうがないが、まだ読んでいないということは江橋さんが読んでハマる可能性は充分に存在する。
「俺はそろそろ帰る予定だったしこの本も読み終わっているから、本の返却手続きをしたらそのまま一ノ瀬さんのカードで貸し出しの手続きをしようか?」
「え! いいの? じゃあ貸し出しの手続きをしてから一緒に帰ろうか?」
「へ?」
一ノ瀬さんは俺と江橋さんの距離が離れるように動いてくれると思っていたのだが、もしかして俺は一ノ瀬さんの考えについて何か思い違いをしていたのか?
いや、一ノ瀬さんの今の表情を見るに、月表氏の逆襲なのかもしれない。
「えっと、ご迷惑だったでしょうか……?」
「……大丈夫だ。一緒に帰ろうか……」
迷惑ではないし、先週と打って変わってここまで消極的だと心配になってくるレベルで、俺が江橋さんに何かしてしまったのかと思うレベルだ。
そのまま司書の先生に返却の手続きと貸し出しの手続きを頼んで、無事に借りることができてから帰る準備を完了させた。
若干の上目使いで江橋さんにダメかと聞かれたらほとんどの人の場合は大丈夫と即答するだろう。……ちなみに、俺も今は即答側にいる。
ここ一週間は一ノ瀬さんが江橋さんを俺に関わらせないようにしていたおかげでほとんど関りが無かったのだと思っていたが、実際に今日話をしてみると江橋さんよりも一ノ瀬さんのほうが俺に関わろうとしているような感じがする。
一ノ瀬さんがこうして一緒に帰ろうと言ってくるのはやっぱり仕返しなのか?どれとも何か考えがあるのだろうか。
そのなにかは分からないが、江橋さんが気落ちしていることも少し心配だったため、一緒に帰るという誘いに乗ることにした。




