19.モブ高校生は話し込む
江橋さんから話しかけられ事件と一ノ瀬さんから呼び出され事件から一週間が経った。
あの時の怒涛の連続は何だったのかと思うほど、あれからの一週間は驚くほど何もない静かな日々だった。
一週間も経てばクラス内で蔓延していた変なロマンティックストーリーも消えたし、俺に関する変な噂とかも特に耳に入っていない。
他の人とほとんど会話をしないのだからただ耳に入っていないだけじゃないのかって?モブを侮ることなかれ。モブは風景、モブは空気、モブが存在するということは呼吸と同じく自然なことなのだ。
さすがに元の名無しのモブには戻れなかったけれど、ネームドモブ程度には戻ることができた俺は朝の本を読んでいる時間にしっかりと聞き耳を立てていたのだ。
とりあえず、今日は放課後にテスト勉強をするために図書室にやってきた。いや、昨日から図書室へ通い始めた。
勉強だけは手を抜いていない俺は、テスト前は仕事も休んでテスト勉強に力を入れている。といっても、まだ部活動停止期間にも入っていないし普通の人はまだ勉強を始めていないだろう。
まぁ、こんなに早く勉強を始めたのも別に俺がすごい真面目だからというわけではなく、単純に俺が家では勉強ができないタイプの人間だからだ。
もしも家で勉強しようとしたら、あら不思議!いつの間にか部屋中のゴミが無くなってシンクまで入居時の輝きを取り戻しているではないですか!
そう、俺は家で勉強しようとするといつの間にか掃除を始めてしまう人間なのだ。
特に散らかっていないのに年末の大掃除並みの整理を始め、持っている本には一つ残らず透明ブックカバーを付けるなどなど、とにかく家では勉強ができない!
つまり、普通の人が力を入れるテスト直前の土日に俺は掃除をしているのだ。
………さすがに掃除はしていないが、俺が土日に勉強するとしたら喫茶店や図書館に行かなければいけないのだ。
とにかく、土日に出かけたくない俺は一週間ほど早く勉強を始めることでその差を埋めているのだ。
ここまで勉強しているのは、この学校が俺のようにわざわざ他県から入学する人が一定以上居る程度には偏差値が高く、授業もそれなりに難しいからでありテストの範囲も広いからだ。
自称進学校ではないからアルバイトや髪色に制限はないが、その代わりなのかテストは勉強をしなければ点を取れない程には難しい。
「こんにちは、静哉くん。昨日ぶりね。……静哉くんがここに来たからもしかしてと思っていたけれど、やっぱりテスト期間が近づいていたのね」
図書室に入ると、司書の先生が俺に話しかけてきた。……といってもこの先生とは雅人の次に多く話すような相手だから普通に会話をする。
「こんにちは、昨日から通わせてもらっています。……まぁ俺が放課後に図書室にくるのはテスト期間のみなので、先生にとって一種の目印みたいになっているみたいですね」
「司書の先生って暇だから良く来る人は覚えちゃうのよね。……ほら、静哉くんって普通のときは昼休みに本を借りに来る時しか来ないじゃない? だから放課後に来たらあ、テスト期間か! って思うのよね」
「まぁ、俺がテスト勉強をするのは基本的にこの場所ですからね」
まぁ。正確に言うとテスト勉強を『する』のではなく『できる』になるのだが同じようなものか……。
「それって確か、家だと集中できないからって言っていたわよね。やっぱり勉強に環境って意外と大事なのよね!」
「そうですね、やっぱり家では集中して勉強することができないので、勉強するなら静かでほとんど人が居ない図書室でって感じです」
うん、ほとんど人が居ないと言ったが今は俺と司書の先生以外誰もいない。というか基本的に放課後に誰かが来たという記憶が無い気がする。
「最近は図書館自体の利用者が減っているらしいから正直司書の仕事って暇なのよね……。それに、図書館の中でも学校の図書室はただでさえ利用者が学生のみと限られているのに、四階にあるせいで昼休みは限られた人しか来ないし、放課後なんか静哉くん位しか来ないわよ……」
「まぁそのおかげで本のリクエストはほとんど独占状態ですし、俺的にはこのままでもいいですよ」
「静哉くんが良くても私が良くないの。図書室はこんなにも静かで良いところなのになんで人が来ないんだろう。はあ、私が学生だった時は来るたびに満席に近かったんだけどなぁ……」
司書の先生の学生時代……十年前じゃなくて四年前か!四年前だな!
「まぁ自習するために来ている俺にとっては、図書室に人が居ない方が静かで助かるんですけどね」
「確かに人が居ないほうが静かになると思うわよ? でも分からないところとか友達で教え合いをするとか出来ると思うのよ」
ふむ、面白い冗談を言う先生だ。まったく、教えあいなどしなくても公式などを知る方法が一つあるだろう。……え、教えあいをするのは公式だけじゃない?
「まぁ、今は知りたいことはスマホで検索とかをして……もしかしなくても図書室に人が来なくなったのってスマホですべてが済むようになったからなのでは?」
「た、確かにスマホがあるだけで公式、漢字の読み書き、地理歴史全てが簡単に分かってしまうわ。……もう本は古いというの?」
愕然とした様子で先生が言う。
今の時代に猛威を振るっているのは司書の先生が学生だった頃には無かったであろう文明の利器、スマートフォンである。……四年前にスマートフォンはいやなんでもないです。
国語の読解などは流石に無理だが、今言ったように数学の公式や歴史を調べるなどにはもってこいだ。
まぁ、俺には先生が言うような友達との教えあいというものをすることができないから、国語などの文系科目の点数を落としがちで、成績は理系に傾いてしまっているのだが。
「まぁ、分からないことがあったら担当の先生に聞きにいきますよ」
「そうね、それが一番確実だと思うわ。……そういえば、国語の文章題の中に作者が何を考えていたか答えなさいとか良くあるじゃん? あれって結局実際に作者が何を考えていたのかを私がどう予想したのか答えなさいって問題なのよね。だから本当に作者が思っていることは分からないんだって話になるのよ」
「あー……確かにセンター試験に出た国語の問題に対してSNSで作者がごめんなさい、何も考えてませんって発言した事とかありましたね」
「えっそんな事あったの!?……って、あっ! ごめんね! 私と無駄話をしていたらかなり時間が経っているわ…」
「あー確かに少し話過ぎてしまいましたね。俺としてもいい気分転換になりました。そろそろ勉強をしますが、分からないところがあったら聞きに来ますね」
冗談でそういうと、国語なら任せて!といってから仕事に戻っていったが、司書の先生はどちらかというと先生というよりも気さくなお姉さんという感じだ。
かなり年若く見えるし自己紹介では26歳と言っていたが、先生紹介という資料の中には詳細は伏せるがもう少し上に書かれていた。
図書室のレクリエーションの時も気軽に話しかけてくださいと言っており、人が中々訪れなくなった図書室でせめて本の場所を聞きやすいような雰囲気づくりをしたり、無い本のリクエストをしやすいようにしているらしい。
漫画はダメだが、ライトノベルでもリクエストをすれば余りにもエロかったりしない限り購入してくれるほどで、本好きな俺はリクエストしては入荷した連絡を受け取って図書室に通うということを繰り返している。
今年は特に、俺がひたすら本のリクエストをするたびにその本が入ってくるから俺にとってはかなり充実している。
なんというか、失礼な言い方になるが読みたいけれど買いたいと思うほどではないという本をリクエストしまくっている。
俺がリクエストした本がことごとく入ってくることからも、図書室に人がほとんど訪れていないということが分かってしまうだろう。