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嫌です!お願いがあります!  作者: 中野仁志(なかの ひとし)
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Pursuit(追撃)

Pursuit(追撃)

『コンコン、ピンポーン』

 時計を眺める、9時ジャストだ、日曜日の早朝から敵軍が来襲してきた、インターホンの音を聞いて敵軍の戦力は把握した。果たして我が軍は巨大な相手戦力に太刀打ち出来るのであろうか?


「ドアノブ、解体しますよ?」

 無理だ、到底勝てない。ドア越しに放たれた言葉は俺の心をへし折るには、十分な威力を備えていた。普通なら『ははっ冗談だろ?』で済まされる筈である。だが何故だ! 奴が言うと現実味を帯びてくる、いやむしろやって当たり前といった印象すら抱く。

 迅速にドアを開けなければ! ドアノブは今頃ドライバーで蹂躙されているかもしれない。そこまでしてカギ屋さんに貢献しなくても大丈夫な筈だ! 何が大丈夫なんだ俺? 落ち着け鍵屋さんの経済状態を心配している場合ではない。今はドアノブの心配をする時だ。


「待て! 早まるなドライバーを仕舞え!」

 俺はベッドから飛び起きると迅速にドアに駆け寄り、右手でそっとドアノブを包んだ。内心ではすでに向こう側は解体されていて、握った瞬間に『ガコッ』とかいってノブが抜けたらどうしようと気が気じゃ無かった。


「こんにちは、琴梨です。キャピッ」

「……」

 眩暈がした、もはやどう突っ込んで良いか判断が付かない。さすがにキャピッは酷いだろ……。今日は両手の人差し指を頬に当ててキャピッとやっている。

 はぁ……。どうすべきだ。

「すまないが、対応を考える時間をくれ1分で構わない」

 そういって俺はドアを閉めて無かった事にした、さてどうしよう。1分しか無いぞ? 突込みどころは多いが必要最低限の編成にしよう。最大の難関の『キャピ』への対応は無理だ。スルーするより他無い。俺は再びドアを開けた。

「こんにちは、琴梨です。キャピッ」

 琴梨はさっきと同じように両手の人差し――。……左手の人差し指と、右手に持ったドライバーを頬に当ててキャピッと言った。

「琴梨、朝だから、帰って、眠い、日曜日、ありえない」

 俺の目線は琴梨ではなくドアノブの方を向いていた、外側にはネジは付いていない筈だが、そのマイナスドライバーはどのような使い方をしようとした? 通常プラスの粗ネジがカギの設置に使われることが多いよね? 琴梨さん? まさか鍵穴にドライバー突っ込んでないよね? 壊れちゃうよ?

「またまたぁ、輝輔さんのい・け・ず」

 ――俺は無言でドアを閉めた。駄目だ付き合ってられない、神は何故俺に斯様な試練をお与えになるのか……。ちょっと相手しても良いかなと思った心が『いけず』によって全て台無しになった筈だ。応対する気も失せた。ドアに鍵を掛ける必要も無かろう、好きにすれば良い。

 俺は無雑作にベッドに横になると惰眠を貪る事にした。やってらんねーよー。なんで貴重な日曜日の朝っぱらからアトラスヒグマの相手しないといけないんだよー。

 ドアの向こうは静かな物である。鍵は開いているから悪戯される事もあるまい、まさか家主が拒んでいるのに強引に入って来るなんてことも無いだろう。昨夜も強引に上がる素振りは見せたが、結局は俺が納得して上げるまでは上がっては来なかった。

 そういう奴だ、あいつは行動こそ極端な一面を持っているが人が嫌がる事はしない、悪いが今日の俺は寝させてもらうよ。しかしあいつ諦め悪いからなぁ……。


「鍵は開いてるよ。好きにしてくれ」

 一応、許可だけは出しておくか。俺の様子を見て帰るかどうかの判断は、琴梨がするだろうさ。表でずっと立たれても困る。

 琴梨はすぐにドアを開けて入って来たようだった。さっき見た限りだと今日は余所行きのお洋服の様だ、少し抑え目の色調だったな。布団に包まりながら少し考える。表の様子は良く分からない、ソファーにでも腰掛けて俺の腰の重さに絶望するが良い。

 しかし惰眠を貪るにしても注目を浴びていると些か難しいな、注意力が散漫になって中々上手く寝付く事が出来ない。これは琴梨の策略なのかっ?

 ふはは、甘いわ! 俺がそんな事気にするとでも思っているのか! 存分に寝させてもらう、理想としては起きたら誰も居なくなっていただな。


 俺はあまり朝は得意ではない、もともとやる気は無いが、拍車が掛かるようで今日も例外に漏れず、あまり大人な対応を出来そうにないな。ぬー、それは相手に甘えてるからこそ出来る事だ。今までは響にしかそんな粗雑な対応しなかったのに。……どこで間違えた。


「あー、もう何なんだよー」

 俺は布団をはぐって部屋を見渡した、琴梨はベッドの横に座って、ベッドに頬杖を付いてこちらを眺めていた。近すぎるだろ!

「朝は機嫌が悪いのですね」

「俺が機嫌良さそうな時ってあるの?」

「ありますよ」

「はぁ……、どんな時だよ」

「私をちゃかして遊んでる時とかです」

「あー、琴梨はめんどくさいなぁ」

「ふふっ、貴方もそこそこめんどくさいですよ」

「お前そんなんじゃ色々支障をきたすぞ?」

「言ってる事の意味が分かりません!」

「んー、ドライバーで鍵穴壊そうとしちゃ駄目だろ、今後の人生に支障をきたすぞ?」

「失礼ですね、あんなの冗談ですよ」

「はぁ……、どっちでもいいけどさ。シャワーだけ浴びてきてもいいかな?」

「どうぞどうぞ」

 ったく……。

 俺は迅速にシャワーを浴びて着替えた。琴梨はソファーに腰掛けてこちらを見つめている。はぁ……。何しに来たんだよ本当に……。ベッドに腰掛けた俺は、取り敢えず用件を伺う事にした。

「はぁ……。で俺の『貴重』な、良く聞けよ。俺の『貴重』な日曜日に何しに来た」

「デートのお誘いに来ました」

「あ、そう。ちょっと響に交代してもらうから待って10秒で交代出来るから」

 時計を取り出し響のアドレスを探した、あいつが首を横に振っているのを見たことが無い。例え日曜の朝9時と言う状況でも、相手が琴梨とあれば応答時間は10秒も必要無いだろう。だが琴梨はあろうことか前足で俺の時計を取り上げた。

 危ない! 危うく腕ごと持って行かれるところだった。

「ちょっと、いい加減にして下さいよ!」

「もー、やだぁーお外に出たくない!」

 駄々っ子バトルの勃発だ!

「女の子がデートに誘ってるんだからありがたく思いなさい」

「ありがたくない! せめて昼過ぎにして! 今日は日曜日だよ?」

「日曜日だから朝からプライベートな時間を楽しむんじゃないですか! 行きますよ」

 ベッドに腰掛ける俺の腕を熊の前足が襲う。だが俺の手は柳のようにダランとしていて、上手く捕獲することが出来なかったようだ。

「俺は布団の中が幸せだと思うんだ!」

「ほっほー、デートを跳ばしていきなりベッドインのお誘いとは、輝輔さんも隅に置けませんね。考えられません」

「琴梨は自室のベッドに思う存分インすれば良いと思うんだ」

「輝輔さんのデリカシーの無さには本当に恐れ入ります」

 二度目のベアクローにより俺の左腕は捕獲され、入り口に向かって強引に引き摺られそうになる。

「お願いだよー。帰ってよー」

 必死の抵抗を試みる俺、駄目だ力では抗えない。ちくしょう。

「またそれですか、いやです」

 後ろ足を踏ん張って俺を動かそうとする熊、左腕が抜けてしまいそうだ。ここは思考誘導をして相手の隙を突くしかない!

「あーもう。どうしたら帰ってくれるの?」

「だから帰りません」

 その執念は何処から来ている、目的は何だ、目指す所は?

「デートって何? プランとか考えてるの?」

「一応行くところは決まってます」

「往復の所要時間は?」

「だいたい移動だけで往復で3時間程度かと」

 往復で3時間だと? 電車使ったとしても100㎞程度の活動範囲じゃないか。遠すぎる。急に思い立って100㎞とか考えられない。もはや逃げる事は叶わない、ここはせめて活動範囲を狭める努力をしなければ。

「近所のネカフェとかじゃ駄目? もしくは往復時間が存在しない『この部屋』でも良いと思うんだ? どうかな?」

「あのですね、デートでネカフェっていうのはどうかと思いますよ?」

「そんな事無いよ、最近はペア席当然の様にあるしさ」

「それは今度行きましょう。部屋デートも御所望とあらば今度します」

「なんでそうなる! 今度とか無いから! 琴梨さん少し落ち着こうか」

「結構です」

 会話が成立しているように見せかけて全然成立してない。

「もうちょっと抵抗しても良い?」

「何で私にそんなこと確認するんですか、さっさと諦めて下さい!」

「さっさと諦めるのは琴梨の方だと思うんだ」

「いやです! お断りです」

「おかしーだろおお、よく考えて! デートって二人の同意があって初めて成立するものだよね? 俺の今の状況を見て! 前足で左腕を捕獲されて強制連行されそうだよ?」

「貴方が本気出せば振りほどけるでしょ!」

「だって振りほどいたら機嫌悪くなりそうだもん!」

「そりゃなりますよ!」

「今より手が付けられなくなるの確実じゃん!」

「分かってるなら、さっさと従いなさい」

「やだー、おかしい! こんなのデートの誘い方じゃ無い!」

「いい加減にしないと人を呼びますよ!」

「落ち着け琴梨! たぶん捕まるのはお前だ!」

「やってみますか?」


 駄目だこりゃ。

「あーもう、分かったからちょっと待て」

 そういって俺は左腕を強引に引き戻した。

「ちょ!」

 琴梨は思いのほか大袈裟によろめき、テーブルの方に倒れそうになった。思わず俺は一瞬だけ右手を出して彼女を受け止めそうになる。しかし伸ばした右手に支えられるほど倒れる前に、なんとか琴梨は踏みとどまったようだ。


「今日は何日だっけ?」

「5月21日です」

 はぁ、随分と楽しませてもらったし目も覚めた、別段予定がある訳でも無い、構わないだろう。行き先の見当は付く。

「……。去年はインスタンス配布早かったの?」

「そですね、入学してすぐに適正試験がありましたし」

 しかし何故俺を誘う、違う相手でも良かろうに……。むしろ一人で行けよ……。

「それなりの服装に着替えるから少し待って」

「……はい」

 俺は琴梨に合わせて色調を抑えた服装に着替え始めた。5月21日ね、今日は地震災害から丸1年目らしい。一応カレンダーには災害記念日とは印刷してあるが……。記念日は別に公的機関が決めているものじゃ無いよな……。色々な任意団体があるものだ。

「分かっていたんですね……。私、貴方のそういう所――」

 シャツを羽織るとき彼女がボソボソ何か話していたようだが良く聞こえなかった。

「何? なんか言った?」

「さっさと着替えて下さい。時間が遅くなります」

「へいへい」


 アパートを出た二人は駅まで歩き、そこから電車に乗って慰霊碑の設けられた災害跡地へと向かった。普通電車でも良かったが、あまりにも人が多かった為、特急電車の指定席にする事にした。まったく……、色々な意味で余計な出費だ。

「デートみたいですね」

 シートに向かい合った彼女はやはり病気を患っていた。不治の病だろう。新種のデートウイルスだと思われる。政府には一刻も早いワクチンの開発を願いたいところだ。

「俺は彼女作らないよ。それにデートじゃなくて慰霊碑に行くんだろ、ったく」

「そう言って誘ったら『一人で行け』って言われそうでした」

「俺達の間柄だと普通そう言うよね」

「私の機転の勝利ですね」

「確実に違うと思うよ」

「はぁ、相変わらず素っ気無いですねぇ」

「元からこんなもんだ気にするな」

「ねぇねぇ、どうして彼女作らないんですか?」

「あー? 相手が居ないからに決まってるだろ」

 俺は窓の外の景色をボーッと眺め続けている。

「ちょっと、それどういう意味ですか!」

「だから相手が居ないのだよ」

「それは理想となる条件を満たした相手が居ないという意味ですか? それとも好きな相手が居ないという意味ですか? 物凄い適当な返事に聞こえます」

「はぁー? 彼女となる相手が居ないって意味だよ」

「ちょっと、やっぱり適当じゃないですか!」

「はぁ、めんどくせぇ」

「すぐそれです。勝手に解釈しますよ?」

「どういう返答なら納得するんだよ」

「今は気になる子が居ないとか、理想が高いから中々見つからなくてねーとか」

「あ、そう。今は探して無いから居ない」

「そんなの嘘です」

「あー、そうかもしれないね。だから言葉を濁したじゃないか」

「なんですか、自分の中で矛盾しているのですか?」

「五月蝿いなぁ、響が絶賛募集中だぞ」

「私はどちらかと言うと響さんよりか、輝輔さんのほうが好みです」

「はいはい、どうしたらその口は止まってくれる訳?」

「ちょっと、失礼じゃありません?」

「俺は分かり易く機嫌取られたりするのは好きじゃ無いのだよ」

「素直じゃない言葉の受け取り方しますねぇ」

「琴梨は凄く可愛くて、たまに見せるあどけない表情が魅力的だよねー」

「ちょっと! 思っても無いこと言わないで下さい! 物凄い棒読みじゃないですか!」

「それと同じだよ」

「何言ってるんですか。私が今言った『思っても無いこと~』は社交辞令です。本当は真に受けてルンルンですよ」

「……良い医者紹介しようか?」

「やっぱり失礼です!」

「褒め言葉だね」

「性格悪いですねぇ。天秤の話の時はまるで別人の様だったのに」

「もう覚えてない」

「輝輔さんは相手の望む言葉が分かるから、逆に避ける事も出来るんですよね?」

「残念ながらそんな特殊な一発芸は身に付けてないよ」

「一発芸扱いですか」

「琴梨、眠くなってきたから着いたら起こして」

 やはり夜更かしが過ぎる俺にとって9時はキツイ。

「かっ考えられません! あと少しで着くのだから起きてて下さい」

「うん、考えとく」

 俺はそう言って残り十数分の間瞼を閉じていた。半分くらいは眠れたかな。

 駅に着いた後は、慰霊牌のある所まで専用のバスが出ていたので、それに二人で搭乗した。やはり一年目とあってか人が非常に多かった。俺は響の代わりと言った所だな。

 バスから降りて歩いていると花屋があったので、そこで琴梨は花を購入していた。俺も何か手向けるか少し悩んだ末、琴梨の花束の中に白の『アヤメ』を付け加えさせてもらった。花言葉は国や言語でかなり解釈が違うので、相応しいかどうかは判断出来ないな。


 俺は慰霊碑の見える所で遠巻きに黙祷した後ベンチに腰掛けた。

「近くに行かないのですか?」

「ああ、悪いが俺はその資格が無い」

「意味が分かりません」

「俺のような適当な気持ちで前に立つのは心苦しいという意味だよ。取り敢えず琴梨は花を手向けておいで」

 琴梨は釈然としない様子であったが、しぶしぶ一人で列に加わった。病院もそうだがこういった場はあまり得意では無いな。


「失礼……、つかぬ事をお聞ききしても宜しいですか?」

 いつの間にか隣に腰掛けていた男が、申し訳なさそうに話し掛けて来た。

「何か御用でしょうか?」

 俺は喪服姿のその男を多少警戒するも丁寧に受け答えした。

「貴方も誰か震災で亡くされたのですか?」

「逆ですね、俺の友人は助かって、代わりに一人の命が失われました」

 響も連れてくれば良かったかな。まぁ、あいつの事だニュースなんかで気付いた時に自発的に何かしら思うな……。気持ちの問題だ、特に問題もあるまい。

「そうでしたか」

 さっき『貴方も』と言った以上この男は誰かを失っているのは確実だな。

「ま、今日一緒に来ている『連れ』が現場に居なければ、俺の友人も間違いなく死んでいた様ですがね」

「先ほどのお嬢さんですか」

「ああ、そうです。私が足を運んだのは彼女の付き添いみたいなものです。勿論友人の代わりに亡くなった方への追悼の意もありまし。個人的にも、その方の犠牲の上に生きている、大切な友人なので思うところはありますがね」

「彼女も誰か亡くされたのですか?」

「彼女は助ける側でしたからね、目の前で失われた命に対して、自分の心に折り合いをつけている最中です。中々自分を許す事が出来ないのでしょう。私は見守るばかりです」

「もう一年も経つのにですか……」

「それは、私がこう言うのもなんですが。貴方自身もそうでしょう」

「私は妻を失いましたからね……。一年は本当にあっと言う間でした……。まだ何も整理が……」

「……お悔やみ申し上げます」

 掛けられる言葉は持ち合わせてないな。

「私はその時、脚を怪我していて、妻を連れて逃げる事が出来ませんでした。這いずり回って救助を探したのですが……。どんな事をしてでも運び出すべきでした……」

「……私には、掛けられる言葉を見つける事が……」

「失礼しました。悔やまれる事が多すぎて上手くいきませんな。救助に当たられた方々にも大変酷い事を言ってしまって……。彼女にも酷いことを……謝らなければ」


 ――――。だろうな、そうでなければ話し掛けては来ないだろう。

「……きっとその必要はありませんよ。確かに彼女は震災で、インスタンスが使えなくなるほどの深い心の傷を負いました。……ですがそれは、彼女が命に対して誠実であったが為です。彼女を一番深く傷つけているのは他ならぬ彼女自身です。

 多少辛い事を言われようとも、誰かが自分を本気で嫌悪してくれていた事は、当時の彼女にとって救いだったかもしれません。悪く言われる事で、罪の意識を少しだけ払う事が出来ますからね。それに彼女はきっと……、最初から許しています。――しかし、それによって救われるのが貴方なら、あるいは必要な事かもしれません」

 琴梨では無く、貴方に必要な事の筈だ。


「そうですね、謝ることで救われるのは私なのでしょう。彼女は良い彼氏を見つけたようですね」

「残念ながら只の知り合いです。俺には少し勿体無いですね」

「これは失礼しました、てっきり交際されているものと……」

 遠巻きに琴梨が見える。やれやれ。

「俺は席を少し外しますのでどうぞお構いなく」

 俺は男に言い残して席を立った。琴梨は俺を見つけて歩み寄ろうとしたが、男に制止させられた様だ。後の事は知らない、俺は敷地の出口に設けられた休憩用のブースで、テーブルに着きアイスクリームを食べていた。

 アイスクリームを食べ始めて半時もせぬ内に、琴梨は俺を見つけて話し掛けてきた。

「一人だけずるいです」

 琴梨は少しだけ目頭が赤くなっていた。

「そこに売ってるから、どうぞご自由に」

「はぁ、気が利かない人です」

「悪かったな」

 アイスは諦めると思われた琴梨だったが、ちゃっかりバニラを購入して来たようだ。本当に甘いもの好きだな……。俺もチョコは好きだけどさ。

「さっきの男の人と何を話してたんです?」

「んー、あんまり良く覚えてないな、軽い社交辞令だよ」

「その割には輝輔さんのこと褒めてましたよ?」

「お世辞くらい判断してやれよ」

「そーなんですかね」

「だろうよ」

 あんまり余計な事は言わないで欲しいものである。それを言ったら、俺も余計な事を言い過ぎたな、確実に反省するに値するお節介だった。大失態だな。くそっ。

「そう言えば、さっき花屋さんで輝輔さんが買った花ってなんです?」

「んー、アヤメ」

「花言葉は何ですか?」

「色々あるけど、今日の場合は『あなたを大切にします』という意味で」

「なかなか渋い事しますね」

 まぁ、彼に会えた事が『良い便り』で花言葉は適応されてしまったね。アヤメは色々あるからな……。『信じるものの幸福』とかもだっけか。

「へいへい、俺じゃなくて琴梨が大切にするんだけどな」

「構いません。良いチョイスです」

「食べ終わったら帰るぞ」

 時計は13時を少し回った所だった、思ったよりも移動に時間が掛かったな。

「折角ですから、もう少しゆっくりして行きませんか?」

「夕方になったら、かなり電車やバスが混むと思うぞ?」

「その場合は夜に帰れば良いんじゃないですか?」

「……」

 理解出来ない。


「ちょっと、判り易く嫌な顔しないで下さいよ」

「言っても良い?」

「ん、なにか分かりませんがどうぞ」

「めんどくさい」

「わかりました、来週にしましょう」

「ごめん、やっぱ今日で良い」

 悪魔だ、俺の貴重な日曜日が、時間単位どころか日単位で根こそぎ削り取られていく。

「ふふ」

「俺は何も決めないぞ、付いて回るだけだ」

「しょーがないですねぇ」

 その後昼食を取り、それから数時間に渡って俺は琴梨に連れ回された。よくぞ買い物一つで、あそこまでの時間を費やせるものだと驚かされたものだ。俺には理解出来ない世界だと痛感させられた。百貨店で良いじゃない。

 さらにその後も信じられない行動力を見せつける琴梨は、近場の観光スポットを見つけ出し、そこに突撃して行く事になる。仕舞にはディナーまで済ませ。挙句の果てに帰りの電車では、疲労困憊の俺の肩にもたれかかって熟睡していた。

 もはや言葉もない……。慰霊碑まではそこそこ落ち着いていた筈だ。それがアイスクリームにより急激にパワーアップしたように感じる。買い物を始めてからは元気どころではなかった、輝いていた。恐ろしい……、あの行動力驚嘆に値する。俺はこれからアパートの上に住む魔物の来襲に、日々脅え続ける生活を余儀なくされるのであろうか……。

 俺がアパートに帰りついたのは20時を過ぎていた。疲れた……。もう寝る。



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