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嫌です!お願いがあります!  作者: 中野仁志(なかの ひとし)
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Tracks (軌跡)

Tracks (軌跡)

 ――バタンッ――

 少しだけ騒がしかった部屋に再び静寂が訪れる。

 あいつ――、明日のカップラーメンどころか今日の晩飯も食いに来るつもりか……。

 まぁ俺は別段困っている訳では無いし、飯くらい構わないが。ほぼ一ヶ月まるまる養うとなるとそれなりの金額になるよな……。

 響は俺にとって唯一と言っても良い親友だ、まぁ親友と思っているのは俺だけなのかもしれないが、そこは別に問題ではないな。俺は高校を卒業してから、訳あって父親の会社にたった一年だけ就職することにる。その後この大学に通っている。

 響は頼みもしていないのに、自力で一年浪人し。クラスは違えど再び勉学を共にすることになる。この大学の難易度を考えると響が2回目で合格したのが奇跡に思えた。

 腐れ縁とはまさしくこういう事を言うのだろう。主に飯の世話と、提出期限の迫った課題の世話をしている。

 むぅ、こう表現すると良い様に使われているだけだな……。まっ、俺の精神衛生を保つ上では必要不可欠と言うことで、お互い寄生しあっているのだろう。良くも悪くも俺の人生の中では主要登場人物だ。

 だが大事なことだが物質的に、目に見えて俺が恩恵を受けることは無い。これは凄く大事なことだ。これでバランスが取れているということは、俺は目に見えない何かをかなり大量に受け取っていることになる。

「……それはないわぁー」

 そりゃボヤキもする、大体あいつは何かしら手が掛かる。俺が就職して、しばらく会うことも無いだろうと思った矢先。なんでも災害に巻き込まれて死に掛けたらしく、2ヶ月と経たない内に見舞いという形で再開することになる。俺は病院があまり得意ではなく、あの時は重い腰を上げるのに苦労したものだ。

 響が巻き込まれた地震災害はかなりの死傷者数を出したらしい。うちの大学も現場に居合わせた訓練生と本体が出動したらしく、初心者訓練生を実践投入したことについての議論もあがっていた。まぁ、そんな訳で大騒ぎの災害だったため、さすがに心配になって見舞いに行ったと言う訳だ。

 苦労して見舞いに行ったら、それはそれは、もう例えようも無いほど酷いもので。涙が出るほどピンピンしていた。話を聞けば、普通なら死んでいたようだ。たまたま救助に携わった部隊の人間が優秀で奇跡的に生存できたらしい。『発見当初は生きてるのが不思議なほど深刻な状態で虫の息だったらしいよ』と看護師の方が言っていた。響のあまりにも無邪気な態度に『重症くらいで放置しても良かったのに』と、顔も知らない助けた人に、頭の中で呟いたのは内緒だ。

 インスタンスによる復元を受けたようだが、やはりインスタンスも完全ではないらしい。何らかの後遺症が発生する事があるため、経過観察が義務付けられている。意識不明で病院に担ぎ込まれた響だが、怪我の処置はほぼ完全に終っていたため、比較的短い入院期間で済み。俺が顔を出してから2週間後には退院していた。


 そういえばお見舞い返しどころか一言の感謝の言葉もないな……、それを今まで当然の事として、なんら違和感を持たなかった自分にも驚きだ。響……自由すぎるだろ……。別に感謝なんてどーでもいいんだけど。こう、なんだ? 親しき仲にもなんとやらだ。

「はぁ……」

 そりゃため息も零れる。そう言えば響の分のカップラーメンそろそろ在庫無いな。たまには禁解派サークルにでも顔を出して、ついでに買出しでもしておくか。どうせサークルは人居ないだろうしな……。

 禁則処理の解除などインスタンスが開発されてから十年、一つの朗報も無いのに良く飽きもせず続けるものだ。『何かのサークル入れ』と言われたから入ってみたが、予定通り活動している形跡が無い……。俺は、しばらくと呼ぶには聊か長い時間ゴロゴロした後に重い腰をあげた。

 大学までは徒歩2分だ、アパートを出て階段を降り、右向け右。そのまま桜並木に彩られた道路を北に向かって真っ直ぐ――。あの右手に見えてくる馬鹿でかい建物がそうだ、これだけ近いのには訳がある。実は学校の施設に住んでいる。

 俺の住んでいるアパートは、色々と『事情持ち』の人間に大学が無償で提供している住居だ。本来なら訳有りな人しか入居できない。

 俺も当初は大学の経営しているアパートに入居申し込みをしていた。数日後確認の書類も届き新居が決まっていた。

 だが、その手続きをした只野とか言う人物がいい加減な人物だったらしく、入居者が決まっていた部屋をろくに確認もしないまま処理した結果、俺の住むところは無くなった。

 重複が分かった時『代わりの物件が見つかるまで』と只野に言われ入居したのがここだ。

 しかし! しばらく住んだ後に発覚した事実だが。只野がこのアパートの入居申請を大学に済ませていないことが発覚した。俺は一介の空き巣だったらしい。

 理由を聞くと、入居に必要な『特別な事情』に『只野の杜撰な処理で入居予定の部屋が重複した』とは書いてほしくなかったらしい。どうやら他にも色々問題を起こしているようだ。『妥当な理由でよければこちらで考える』と告げると。どんな理由でも、必ず入居許可は取る! と力強く袖の下発言をした只野が印象に残っている。世の中には変わった教授もいるものだ。

 こうして俺は、大学卒業までの無料住居権を得ることになる。これは棚ぼただった。


「おじゃましまーす。いませんねー。おじゃましましたー」

 よし、禁解派サークルに顔を出すと言う当初の目的は達成された。

 ドアを開け、碌に確認もせず一連の独り言を唱えてドアを閉める。最初の頃は人が居る可能性を信じて確認していたが、次第に確認することの無意味さに気付き始め今に至る。本当に実在するサークルなのか少し不安になってきた。


『ガチャ』

「いますけどー?」

 どうやら実在はしたようだ。

「あ、申し訳ない。いつ来ても人が居ないから、てっきり今日も居ないものかと」

 見つかってしまったからには会話するしかない。

「あはは、確かに私以外見たこと無いですね、ひょっとしてこのサークルの方ですか?」

 同い年くらいの女性がドアを半分あけて顔だけ出していた。

「まぁ、一度も活動らしいことはしたことないですが……」

 活動どころか、人を見たのすら今日が初めてだった。さすがに存在自体を怪しんでいたとは言えなかった。

「カビ臭い部屋ですが、よかったら寄って行きますか? 顔出されたってことは人がいれば寄って行くつもりだったんですよね?」

 んー、どうする。時刻は15時30分くらいかな、サークルに人が居るのは想定外だったな。多少予定が狂うけど帰宅時間が伸びる程度のことか。17時くらいに帰れば響と同じくらいになるだろう。何より一度ドアを開けて挨拶してしまった以上、このタイミングで帰ると彼女に失礼に当る可能性がある。

「部屋に飲み物ありますか? 無ければ俺が何か買ってきますけど」

 女性は少し考えて。

「じゃ、お茶をお願いします。お菓子ならあるので!」

 とにっこりと微笑みながら言った。

 こうして自販機でペットボトルの『ぽ~いお茶』を仕入れた俺は、初めてサークル部室の中に足を踏み入れる。やはり誰も使っていないのだろう。

 六畳ほどの部屋に折りたたみ式の会議机が二つ、長い辺同士で向かい合って置かれ。その周りに、申し訳程度に折りたたみ椅子が置かれてあった。

 彼女の私物であろうハンドバックは机の上に乱雑に置かれ、小説やらお菓子がはみ出していた。その中に『世界の絶滅危惧種』と書かれたマニアックな本が一冊あったが忘れることにした。マニアックすぎて付いていけない。


 彼女は一番入り口に近い下座で小説を読んでいた。

「ほい、お茶。それで良かったかな?」

 言葉の内容はあまり無愛想ではないが、俺が言うと無愛想に聞こえるから面白い。確かに無愛想なんだけどね。手渡す訳でもなく、彼女の机の前に無造作にお茶を置く。俺は彼女の対面に腰掛ける。響ならどこに座るかな、あいつだと横に座る可能性も考えないといけないから逆にすごいな。彼女は近いからって理由だけであそこに腰掛けたのかな? バックの置き方をみると神経質という風には見えない。

「あっ、ありがとうございます。えーっと、私は琴梨歩美ことなし あゆみです。貴方のお名前伺ってよろしいですか?」

「ああ、遅くなりました一年技術開発学部の瀬戸石です」

 形式的な挨拶を済ませる。ここから先は俺は会話を続ける自信は無いな。

 人間観察ついでに会話を考えよう。身長160㎝くらいか、体重は、身長からの平均体重は概算で53kg程度だが比較的細身、胸部脂肪量も平均から概算で引くと49~51㎏の範囲かな。髪はセミロング、肌は白く、目は大きく化粧は薄め。響の好みだな。

 インスタンスを所持している。実践的な学部の響が所持していないことから学年は2年以上と予想。メインエレメントは……驚いたな、初めて見た『黒』だ。確かパラメーターが黒になる条件は。

 ・禁則処理制限を行おうとした場合ペナルティで一定期間使用不可能。

 ・使用者の保護のためインスタンスが自発的に使用不可能になってる状態。

 の2項目しかなかったはずだ。


 禁解派サークルの会員が黒のインスタンスを着用している。これは火事場にガソリン入りのポリタンクとライター持って『俺やってないっす』みたいな状況なのか。

 しかし禁則処理を解除できたら世間が黙っていない。未遂のはずだ。

「ねぇ、どうして禁解派のサークルに入ったの? やっぱり禁則処理破りたいんだ?」

 意地悪と言うわけではないが興味心で鎌でも掛けてみる。


「あー、私の場合は禁則処理の方じゃなくて、リミッターですね。もっと治癒の速度とか上げることが出来たら力が及ばないことも減るんじゃないかなーって。あ、私はGだから、こんなこと思うだけなんだと思います。ただ、期待してなかったとはいえ。会員になって半年余り立つのに、誰一人として会ったことが無いのには驚きました」


 俺は人が存在していたことに驚いたけどね。しかし目的はリミッターの方か、Gでの治療速度を早くすればもっと沢山の人を助けられるか……。

 確かに沢山の人は助けられるだろうけど。今でさえ死の淵から救い上げるほどの、過剰な復元能力を有している人材が居るというのに、それが当たり前のように行われるようになったら、人が死なない世界が出来上がってしまうんじゃないか?

 だがまぁ想像より遥かに健全な答えだったかな。


「Gなんだ? 見たところ制限されてるようだけど」

 自分から色の話を持ち出して来たということは、疚しい事では無いと潜在的に理解しているはずだから聞いても差し支えないはず。

「ははっ……。動かなくなっちゃんたんです……。もう一年近くになるんですけどね」

 地雷を踏んだかもしれない。声のトーンが下がった。本を読みながら平静を装っているが眼球運動が本を読んでいる動きじゃない、焦点が定まっていないし泳いでいる。緊張状態ということだ。起因となった出来事に対して回想を行って発生している。そして色が黒になって一年近く? インスタンスの実習科目はどの学部でも複数あるから、インスタンスが絡む全ての単位を落とした場合は留年確定だ。

 ・彼女は留年している可能性が高い。


 さらに禁則処理を犯したというペナルティが一年なら一発留年ってことになる、果たして現状では解除すら事実上不可能なのにそのペナルティを大学が科すだろうか?

 ああ、設定しているのは開発者か。だがそれでもおかしい。それなら永久停止と一ヶ月などの、2種類のペナルティを組み合わせるはずだ。一年って期間はかなり微妙だ。さらに一発留年になるような事項に大学の事前説明が無い訳が無い。少なくとも俺は聞いてないし、資料でも見たことも無い。禁則処理を犯した可能性はかなり低いと考えられる。

 決め手に彼女の発言から彼女自身いつ解除されるか分かってない。

 ・彼女は禁則処理を犯していない


 彼女は禁則処理を犯してないと言うことは、インスタンスが使用者を保護していることになる。一見して外見上に損傷は無い。視覚(全部)・聴覚(会話)・味覚(お菓子)・触覚(本)・嗅覚(カビの匂い)は全て俺の目の前で機能してるのを確認してる。総合的に見ても肉体的に損傷があるように見えない。

 ・彼女は病気か精神的なもので機能停止に陥っている可能性が高い


 そしてこのお菓子の量、元々Gという事は医療知識は豊富ということだ、灰皿もない。部屋も正常(カビ臭いが)タバコを吸っている形跡も無い。肉付きから運動量が恐らく不足している。本人が健康に対して気を使っているように見受けられない。また発言した時の様子から動揺を感じ取れた。機能停止に置いてなんらかの事柄があるのは当然だが、一年たった今なお回想して動揺することがあったということか。

 ・病気よりも精神的要因の可能性のほうが圧倒的に高い。


 一年前何があったかは知らないが、これは彼女とってはタブーだ。今俺の足の裏には確かに地雷がある。あまりこの会話を続けたくない、深入りするのは駄目だ。

「大変ですね。俺の友達も明日インスタンスの適正試験あるんですけど、あいつの場合は果たして適正試験に合格できるか疑問です。そういえば琴梨さんは学部どこなんですか?」

 本当に響が適性に合格するかは不安だ。俺は響のことを苦笑いで話し。ついでに彼女の所属する学部に話を変えた。

「一年の総合技工学部ですよ。明日が適正試験って事は、もしかして友達の方も総合技工学部ですか? あ、忘れてました。私インスタンスがこんな風なので、当然のように留年してるんですよ。実は私も一年生です! それに今年は一度も講義には顔を出してないんですよ! 適正試験もそうですが私は色々とパスです」


 おいい! 学部に話逸らすつもりが凄く話が膨れ上がっちゃったよ! 予定外すぎる。なんなんだいった。どこから返すべきか……。めんどくさいな、素で話すか?

 あーダメだ、容易に信用する訳には行かない。特に不用意に俺の前に現れた奴は黒だと思って接しないと……。後々取り返しの付かない事態になる可能性がある。

「そうそう、俺の友達も総合技工学部です。そうでしたか、同じ学部でしたか。友達は吉田響と言うのですが、一度も出席して無いなら当然知りませんよね? しかし一度も出席しなくてよく只野が黙っていますね」

 そうだ、響と同じってことは只野が担任ってことだ。あの、只野だ。とても不登校生徒を放置しているとは思え――――。まずい。只野が黙ってる事、それ自体が異常事態じゃないか。只野が黙っているという事は容認されているということだ。只野に思考が逸れた事で不用意に発言しすぎた。

 現在進行形で琴梨さんの担任だから当然只野は彼女に何があったのか知っている。もし只野が私情で容認しているなら、彼女の事件に関与していた可能性がある。普通に考えたら、只野なら多少の引き篭もり程度なら引きずってでも登校させそうなものだ。

 非常にまずい。これは彼女の反応しだいでは足の下にある地雷が起爆することになる。


「只野先生は……。私がこんなになったのに責任を感じて……」


 チュドーン! メーデー! メーデー! 左舷破損! 艦長被弾しました! 潜水艦だと!? 何故だっ!! 何故地雷が魚雷に変わった!! 何故回避できなかった! 相手魚雷は開発されたばかりの最新鋭スティルスタイプだと思われます! 馬鹿なっ!! 魚雷推進音すらしないと言うのかっ!? 相手潜水艦位置は!? 無音航行中と思われ捕捉できません! こちらの位置はばれている、構わんピンガー打て! アクティブソナーに切り替えます。ピンガー打ちます! ――ピコーン! 左舷後方に敵影発見! 距離2000、深度――。どうした! 深度は!? ――深度900! なっ!! 900だと!? 信じられません。攻撃型潜水艦の深度ではありません、相手艦は何者なんでしょうか!! 船長! 勝負になりません!! いったい、何者なんだっ!! くそっ全艦回頭!! 当海域を離脱する!!


 もうだめだ耐えられない。俺がこの大学に来るのを彼女は知らないのに去年から監視のためにスタンバイしてたとは考え難い。よって彼女を白とする! 接客モード解除!!


「あのさ琴梨さん? ご傷心中の所を非常に申し訳ないのだけど」

「はい?」

 雰囲気が変わったのを感じたのか、ちょっとキョトンとして不思議な顔をする彼女。

「今の発言だけど『只野先生は……私がこんなことになったのに責任を感じて……』ですが。非常に残念ながら会話の内容だけだと総合的意味で、一年ほど前に、只野先生が琴梨さんに何か酷いことをして、その結果琴梨さんが心的外傷を抱えインスタンスが使えなくなった。只野はそれに責任を感じていて、琴梨さんの不登校を容認している。と言うことですね」

 まぁ普通に考えて、そんなことをわざわざ自白する訳ないんだけど。

「い、いやいやいや! そういう意味じゃないんです。只野先生は一年前――」

 彼女は慌てた様子で、手を顔の前でブンッブンッ振りながら必死に訂正しようとしている。いや、わかってんだけどさ。

「いえ結構、聞くつもりはありません! 貴方と只野の間に何があったのか!」

 カッ! と目を見開き、心の中では琴梨さんに指まで指して止めを刺す。

「だーかーらー! 違うんですって! 私がこれをを使えなくなったのは――」

 ああ、予想通りの反応で胸がスッとした。とても心が穏やかだ、晴れ晴れとしている。

「ああ、だから聞くつもりは無いので理由は言わなくて結構です」

 俺が振り回したのか、それとも彼女が俺を振り回したのか。

「ですが! 勘違いしてもらったままでは只野先生に申し訳が立ちません!」

 複雑な顔をして少しむきになった彼女は、俺が勘違いをしていると信じてくれたようだ。きっと彼女の頭の中は今テンヤワンヤのお祭り状態だ。これで相子だ。

 はて、どうしたものかな。真面目に話しをしても、目の前で落ち込んでもらうのは聊かではあるが困る。俺の場合長くなってしまいそうだし。誤魔化すか。

「あはは。ごめんごめん、勘違いはしてないよ。会話の流れ的に凄く言ってみたくなっただけで他意はない。本当にただ言ってみたかっただけ。たぶんキミは何か別な理由があってインスタンスを使えなくなっているんだろうけど。それを聞くつもりがないのも本当。今この瞬間にも回想してストレスを感じているなら、それは謝る。からかってごめんね」

 トラウマに触れた事は謝っておこう、それは俺のミスでしかない。

「はぃい? 冗談だったんですか!? デリカシーないですね、信じられません!」

 御冠がかなり御曲がりになった御様子だ。90度くらい冠が曲がってる、それでは前が見えませんよ。しかし、落ち込んだり焦ったり怒ったり、忙しい子だ。


「お嬢さん。もしかして、ご機嫌を悪くなされましたか?」


 デリカシーが無いと言われるのは慣れている。口は災いの元と言うが、きっと俺のためにある言葉なんだろう。嫌われるのは楽で良い。

 丁寧語がダメ押しだったのか、彼女は机に手を付いて立ち上がり前に身を乗り出した。

「当たり前です! だいたい人の思い出したくない記憶で良くそんなこと言えますね!」

 お怒りはごもっとも、でも――。そんなに軽卒に扱っているわけじゃない。力になれるならいくらでもなってあげたい。だけど俺は必要以上に他人と関わる事が出来ないんだ。

 キミは理由を話して無いと思ってるかもしれないけど、詳細なこと意外は全て話し終わっている。どういう事柄があって使えなくなったのか。それに対して自分が潜在的にどう感じているのか。どんな思考の方向性を持っているのか。矛盾点が何処にあるのか……。

 ――まっ、縁があって。その時キミがまだ立ち止まったまま悩んでいたら居たら。その時は、例えキミが俺のことを嫌っていようと力を貸させてもらうよ。


「あはは、まぁまぁ。せっかく可愛いのに怒ったら台無しだよ」

「なっ!!」

 彼女は、頬を赤らめたりするはずなく。

『この生物どんな神経してれば、この会話の流れでそんな台詞が出てくるんだ』

 と驚きと呆れと怒りが入り混じった、実に面白い『なっ!!』を吐いた。短い言葉なのに非常に感情豊かで俺は思わず笑ってしまいそうになる。本当にこの子は面白いな。

「本当にデリカシー無いですね」

 少し空白を置いて彼女はそう言った。熱くなっている自分とまともに会話をしない俺に温度差を感じたのだろう。軽いため息をつきながら静かに腰掛けた。理解できない。こんな奴に何を熱くなっているのだろう。そんな感情が彼女から熱を奪っていくのを感じた。

 毎度の展開なら恐らく彼女は、この後なんやかんや理由を見つけて、理解できない生物の前から立ち去ろうとするはずだ。彼女に理由を捻出させるのは申し訳ない。それに俺には捻出せずとも立ち去る理由がある。ここは俺がカラキを読んで退散させて頂くとするかね。

「ねぇ、怒らせた後で悪いのだけど。時間分かるかな?」

 すぐ帰るつもりだったから時計を忘れていた。便利な時計でたまに電話になる。

「はぁ? 携帯持ってないんですかっ? もー!」

 まだ、ご機嫌が斜めのようだ。不服そうにバックをモソモソしている。

「16時20分ですね」

「なっ!!」

 少しは彼女に似ていただろうか。まぁ思ったよりも時間が進んでいたので、本当に驚きはしたのだが。この時間なら響も暇になってるかもしれないな、教室よっていくか。

「あー、俺帰ります。ペットの餌飼う予定があるんですよ。なんか色々とすいませんでした。ゆっくりしていって下さい」

 彼女は無造作に立ち上がった俺に。

「何飼ってるんですか?」

 と社交辞令的に聞いてきた。

「アトラスヒグマです」

 と最後まですこぶる適当に応えた俺は部屋を後にする。出掛けに『お茶、ありがとうございました』と、アトラスヒグマは無視してお茶のお礼を言われた。彼女のほうが上手かもしれないなと一瞬だけ思った。

 もしかしたら彼女はアトラスヒグマがすでに絶滅していると言われる中、ただ一人確信的な証拠からアトラスヒグマが生存しているのを知っているのかもしれない。もしそうだとしたら、次にあったら是非伺わなければならない『何か飼っているのか?』と。


 さて、馬鹿な考察は横において、彼女は治療に携わる実践行為で、自分の力不足を感じる状況に遭遇している。何故なら復元能力は基本性能が非常に高いものだからだ。普通に訓練している場合や怪我の治療程度なら能力不足を感じる事は無いはずだ。

 『力が及ばないこと』と彼女は言ったが、それは及ばない状況に遭遇した者が言えることだ。及ばない現場を見ると言う形で遭遇した可能性もあるが、精神的なストレスから見ても、彼女が治療者本人であった可能性が高い。力量不足は医療に置ける何を指す……。

 一年生でインスタンス初心者という身分で、生死に携わる治療をする状況。つまり自分しか付近に手当てが出来る者がおらず、かつ緊急を要する状況ということになる。

 只野が間接的、もしくは直接的に関与していることや、一年程度前という時期から総合的に見て、彼女は去年の災害に携わった訓練生の一人の可能性が高い。

 問題事にこちらから出向くつもりは無いが、人間観察は趣味だからしょうがないな……。


 響の教室に行くと噂の只野が一人で教卓に座っていた。手に2~3枚のプリントを持ち眺めている。

「なにやってんすかー?」

 知らない仲じゃないので気軽に声を掛ける。

「あー、瀬戸石か。どうだアパートは!? 約束どおり許可降りただろ!!」

「思ったよりも広いし、大学も近いし。探してた所よりも良いくらいですよ。それに何といってもタダですからね。最初はどうしてくれようと思ったけど、今では先生に感謝してますよ。少しだけですがね。それと響を探してるんですけど先生知りません?」

『袖の下同盟』を結んでいるので実はかなり気さくな仲だ。

「俺も、あのアホを待ってるんだよ。あいつ今日午後の講義2時間ぶっ続けで熟睡だぞ? ありえねぇだろ!? お陰で机が壊れちまった」

 と目線を後ろのほうに向ける只野。その先には盤面が破損した机があった。果たして何をしたらこうなるのか? 破損面の状態から上から下に力が加わったようだ。破損面積から察するに、力の掛かった面積自体はかなり小さい。そこそこの高速で力を加えなければこういう破壊のされ方はしない。ゆっくり力を加えたら、もっと広範囲で亀裂がはいるはずだ。響がやったのか? いや、あいつだと例え金属バットを使ったとしてもこんな局部集中破壊は行えない。そもそも常人で可能か? まだインスタンスすら配布されてないんだろ? 『お陰で』と言う事は、響が寝たせいで壊れた? 別に考える必要ないな。

「先生ってエンチャでしたっけ?」

「あー? そうだがー?」

「はは、備品壊したら駄目ですよっ」

「もうそんな話広まってるのか? 何処で聞いた!? やべぇ、また始末書だよ」

 ですよねー、犯人は貴方ですよねー。適当な物体の共有結合力でもエンチャして机を殴ったんだろう。他人のスキル効果を増大させるだけじゃ無いのだな……。

 だけど質量か速度のどちらかが高くないと幾ら硬い物質で叩いても簡単に穴は開かない。可能性として馬鹿力で無理やりやったか。机の方を柔らかくした? 

 エンチャットは謎が多いな。だがどちらにせよ、何故そこまでして机を壊す必要があったんだ? 響をこの力で殴ったら重症ではすまないのは只野だってわかってるはずだ。ただの八つ当たりかな? ちと合点がいかない。

「さっき廊下で人が話してましたよ。始末書おめでとうございます。ところで先生は響に何の用なんですか? まさか机の修理とは言わせませんよ? それならその辺のG生徒を捕まえれば一分も掛からないことですからね。響の手製より、Gの復元のほうが先生の罪もバレ難いし一石二鳥です。となるとレポート忘れた補習ですか?」

 まぁ、レポートはどう頑張っても間に合いそうになかったからしょうがないか。

「あ、あぁ。そうだ、補習だ」

 2~3枚の紙切れをトントンと整理しながら只野は言った。しかし響の奴は何やってるんだ。これから買い物手伝ってもらおうと思ったのに。帰るか? しかし時間には意外と神経質な奴だから待ってればその内来るだろう。

 どうせプリントの容量を見る限り、補習も大したことなさそうだ。というか補習用と言うより『参観日のご案内』みたいな案内状のように見える。

 しばし噂の只野と時間潰しするか。

「なんか、噂で聞いたんですけど。このクラスにインスタンスが、一年近く発動できない生徒がいるって本当ですか?」

 只野はちょっと真剣な顔をした後やはりプリントをトントンとして口を開いた。

「あぁ、琴梨のことか。知ってるだろ? 去年の災害うちの訓練生が参加してたの。あれの指揮を取っていたのは俺だ。で、琴梨はその訓練生だった。作戦開始してすぐ、琴梨は要救助者を治療していたんだが、近くにも他の要救助者が居たんだ。だが彼女が治療していた要救はとても手を離せるような状況ではなかった。なんせ俺と琴梨が二人掛かりで、やっとだったからな。

 順番の問題だ、琴梨が先に発見した要救助者は助かって。結果としてだがもう一人の要救助者は息を引き取った。運も悪かった。その時、息を引き取った患者の身内の方がな、錯乱していたんだろう。俺達に少しきつい事を言ってしまってな。

 俺も現場が長かったから、琴梨に『忘れろ』とも言えなくてな。忘れる事は出来ないからな。気の利いた言葉を掛けようにも上手い言葉が無い。ただ、あの時、他にも何名かの訓練生が居たが、誰が見てもどうしようもなかったんだ。あの二人の内一人が助かっただけでも奇跡なのに……。もしこれから琴梨を見掛けることがあったら、瀬戸石も良くしてやってくれ。頼む」

「見かけることがあったら覚えておきます。ただ、名前しか知りませんけどね」

 只野は真剣だった、彼もまた様々な葛藤な抱いているのだろう。何かしら嘘をついているようだが、彼女の心中を思ってのことだろうと思い、聞くのをやめた。

「おっ、輝輔じゃん。何してるの?」

 ちょうど響も来た、しんみりした空気も終わりだな。

「お前の餌の買出し」

「お前補習舐めてんのか! 机も修理しろって言っただろ!」

 響は人気者だった。しばらく只野に譲る旨を告げる。

「只野先生。そのプリントを見る限り、補習という補習では無いようなので。パッパッっと終らせて下さい」

 俺はそう言うと近くの椅子に腰掛けた。しかし、机を修理させる?


「ん、ああ。瀬戸石もいるし調度良いだろう」

 は? なんで響の補習で俺の名前が出て来るんだ。

「このクラスに不登校の生徒がいてな、響、名前くらい知ってるだろ?」

「……いましたっけ?」

 また琴梨か、今日は一日中彼女の名前だな。

「知らんのか。琴梨歩美と言う生徒だ。お前、今日も瀬戸石の所に遊びに行くんだよな? そのついでに一つ頼み事をしたいと思ってる。彼女にプリントを持って行ってくれないか? 瀬戸石のアパートのすぐ近くなんだ」

 ああ、それで俺の名前ね。結局はそれが頼みたかっただけかよ。

「えっ別にいいですけど。なんか地図あります?」

 即答の響。さすがだ、むしろ何も考えていないな。買出しのことすら頭から抜けているようだ。まったく……。

「これ見て行けば分かるはずだから。と言うかだな、恐らく迷わないから行けばわかる。机はもういいから。それだけ頼むわ! 大事な届け物なんだ」

「えっ机いいんすかっ? つかこの机どうやって壊したんですか?」

「机は気合だ。おい! 瀬戸石! 待たせたな。聞いての通りだ持って帰っていいぞ」

 これ補習じゃねええええ!!!! 心の中で声を大にして叫んだ。俺が居るから気を使ったのか? そんなもん授業中に頼めよ! 

 んー。しかし、二つだけ確認するか。予定よりだいぶ遅くなったしな。


「響ー。お前のせいで遅くなったから自分の飯くらい自分で買って来い。もう遅くなったから俺もコンビニ弁当でいいや。俺アパートで待ってるから配達よろしく」

 そう言って響に二千円渡す。響はしぶしぶ了承した。

「先生、今日は課題なかったですよね!? 僕寝てたから覚えて無くて……」

「あるよ!! 聞いとけよ!! 泣くぞ!! ――――だ!!」

 退出間際に俺が教えることになる課題を響が確認していた。俺に気を使ったんだろうか。

 日もだいぶ落ちてきたな。俺も帰ろう。響に十秒と送れず俺も席を立つ。

「俺も帰ります」

「ああ、じゃーな」

 ぶっきらぼうな只野。胸中は如何に。

「なんで響なんですか? 普通、琴梨さんの知り合いや家まで行かせるなら最低でも女性を選択するんじゃないですか? なぜ本人と面識の無い響を?」

「あーん? 日ごろの報いだ。罰だ罰。ったく2時間も寝やがって」

 そうボヤく只野を後ろ目に退出する。

「そうですか」

 そういって響に追いつこうと少し駆け足で階段を下った。響はまだ校内に居て簡単に追いつくことが出来た。はぁ、面倒臭いけど後一つ確認しに行くか。

「響、気が変わった。今日おごってやるから外食にするか?」

「ちょ、まじっすか。うぅ。輝輔ぇええ!」

 大袈裟に涙を拭くジェスチャーをする響、毎度毎度大袈裟な奴だ。さて、外食予定となると先に響の予定済ませておかなければいけないな。

「んで、響はどっちがいい? 先に飯食いに行く? それとも一旦俺のアパートに戻って、ついでにそのプリントの用事済ませる?」

「あー、じゃ先にプリント届けに行くかな。輝輔も付き合ってくれない?」

「めんどくせぇ」

「またそれかよっ。めんどくせぇばっかりじゃないか! この引き篭もり!」

「事実だからしょうがないのだよ」

 大体の場合、響の前ではめんどくせぇは通用しない。響が行きたかったら大体強引に連れて行かれてしまう。めんどくせぇ。

「ほら輝輔、地図見て。俺この辺詳しくないから!」

 嘘付け、ほぼ毎日俺のアパートに来てるんだから俺と同じか俺より土地勘あるだろ?

「あー? はぁー。しょうがねぇなぁ。どれだよ?」

 意気消沈で響から地図を見せてもらう。あーここね知ってるわ。別に見る必要なかった。

「場所わかったからとりあえず一旦帰ろう」

 そういって我が愛しのアパートに向かって帰るのであった。

 早く引き篭もりたい。早く引き篭もりたい。外界は疲れる。あの8畳の世界が居心地が良い。一人は寂しくはない、と言えば嘘になるが。たまに響が来てくれればそれで十分だ。

「なぁ輝輔! 何食う? 何食う? 寿司とかでも良いのかなっ!?」

「お前っ。俺を財布か何かと勘違いしてんじゃないのかっ。もーめんどくせぇ」

「わかったよ、ファミレスで我慢する! ドリンクバー付けてもいいかな?」

「もう、好きにしてくれ……」

 下らない会話だが、まったくやる気の無い俺とテンションの高い響。そこそこバランスが取れてるのだろう。ここもまた居心地が良い。


 アパートに着いた俺達は別段することも無く、響は腹が減っているらしく、すぐにプリントを届けに行こうと言う。響に『女性だしオメカシしなくていいのかね?』と聞いたら『僕は良いからお前がしろ』と言われた。めんどくさい。

 地図の場所を響に教えたら、少し驚いた後に納得していた。大学の提供する訳ありの人専用のアパート、琴梨歩美の部屋は俺の部屋の真上だった。引き篭もり同士がサークルという外の場であったのは奇跡だったようだ。

「おい、本当にここなのかよ」

 ドアの前でヒソヒソと響が話し掛けて来る。『地図見ただろ?』としか返事のしようが無い。ここからは俺の仕事では無い。それに何かと面倒そうなので響にインターホンを押させることにする。

「俺の役目はここまでだ。じゃ」

「おい、待てって。ちょっと待ってくださいお願いします」

 一体こいつは何なんだよ。人見知りじゃないだろうに。まぁ確認することがあるから帰るつもりはないけどさ。さっさとやれと無言で背中を押す。

『ピンポーン』

 普通のインターホンの音だった。ちょっとガッカリした。『キャー! ドロボー』とかそういう画期的な音を期待していた。男が出て来い。男が出て来い。と心で念じる。それが只野というシュチュエーションは昼に考えたからもう結構だ。下らないことを考えている内に中から返事があった。残念ながら女の声だった。

「はーい、何の御用ですか?」

 ドア越しにそう言った彼女はドアを半分だけ開ける。そこから顔を出してきた。この光景は今日2回目だ。彼女はドアの前に立つ響の顔を見つめる。昼はコンタクトだったのか今はメガネを掛けている。赤縁メガネのフレームは響の顔を捉えたまま金縛りにあったようにピクリとも動かなくなった。口がちょっと開いてる。室内からの逆光で詳細な表情はうかがえない。昼間に会話した『生理的に受け付けない男』にまでフレームが動かない所を見ると。響の顔にきっと『ケヤキワタムシ』でも付いてるのだろう。彼女は絶滅危惧種に目が無い。


「あ、同じクラスの吉田響と申しますが。只野先生から『大事な物だから届けてくれ』と頼まれた物を届けに来ました」

 そういってプリントを突き出す響。彼女はまだ動かない。

「あのー、琴梨歩美さんで間違いないですよね?」

 響はそういって俺のほうを振り向きながら『おい、本当に部屋あってるのかよ』という顔芸を見せてくれた。金魚の物まねと区別が付かないがエラの有無で違いがわかった。あの顔芸で内容が把握できる自分が、何か特別な存在に思えて複雑だった。

「あっ」

 メガネのフレームがこちらを捕らえたようだ。

「ああ、始めまして。こいつの友人です。このアパートの場所を知っていたので只の案内役です。気にしないで下さい」

 先に何か話されるのも面倒だ。『知り合いなら言えよ』とか響がブー垂れるだろうし。只野の届け物は確かに届けたからもう十分だろう。

「あのー、琴梨さん? で間違いないですよね?」

 響の言葉で彼女はハッと我を取り戻した。

「はい、そうです間違いありません。琴梨歩美です。同じクラスの方なんですよね? わざわざありがとうございます」

 プリントを受け取りながら彼女は続ける。

「只野先生は貴方に何か他のことは言いませんでしたか?」

「いやー。特に……。他に話したのは明日の課題のことくらいです」

 響が課題のことを覚えているなんて……。明日は雨が降るか槍が降るか。でもどうせ課題をやる気はないのだろうな。手伝わないぞ。

「そうですか。さすがです」

 その只野に対する賛美の言葉、響には意味通じないぞ。と突っ込んでもいいんだろうか。そんな彼女の言葉は響の耳には届いていないようだ。響の目は輝いている。

 うんうんそうだよね? ストライクだよね? だからオメカシしたら? ってわざわざ言ったのに。でも残念ながらタイムオーバーだ。俺の用事も終った。


「おい、響腹減ってるんじゃないの? そろそろ行くぞ」

 あんまり長居するのもめんどくさいし、適当に切り上げたかった。響は再び振り返り、『えーっ』っと残念そうな顔芸。響、あんまり言いたくないけど彼女しっかり見てるから。横顔だけどしっかり顔芸見てるからね? 軽く笑ってるぞ?

 響はこの状況で駄々をこねて彼女の家にでも上がりこもうというのか。それとも、もっとガッツリと自分の印象を残したいのだろうか。同じクラスならその内会えるだろうに。

「おい、響行くぞ。琴梨さん困ってるじゃないか、飯食いに行くんだろ?」

 餌で釣りつつ響の手を引き、ドアから遠ざける。響も諦めたように琴梨さんに背を向けた。まったく、インターホンを押す時の恥じらいはどこへ行った。


「あのー。ご飯食べてないんですか? 今作ってるところなんで食べていきます? わざわざ届け物して頂いた訳ですし。少し散らかってますけど構いませんよ?」


 ――はぁ。予定が狂うのは嫌いだ。十秒前までは完璧だったんだけどな。そういえばサークルでも予定を狂わされたな。


「あー、今から外食行く予定なんで」

 響が黙ってないだろうが一応軌道修正を試みる、つうかキミも初対面の男を部屋にホイホイ上げるんじゃないの! あー初対面じゃないけど初対面みたいなもんだろ。


「いや、いつも世話になって悪いし。今日は琴梨さんにご馳走になって行こう」


 無意識なのか、俺は引いていた響の手を全力で握りしめた。色々な思いが込められていた。世話になって悪いとか思ってないだろ・ここで俺を出汁にするか・欲望に忠実すぎる、などなどである。感情に素直な生き物だ。

「じゃ決まりですね。ちょっとだけ片付けるから1分くらい時間を下さい」

 そういうと彼女はドアを閉めた。その後は、小声の小競り合いである。


「おい、お前ふざけんなよ」

「どうしてっ! 食っていけって言うんだからいいじゃん」

「どういう神経してるんだよ、だいたい初対面で部屋に上げる方も神経おかしいって」

「細かいこと考えすぎなんだって」

「めんどくせぇ」

「またそれかよ、いいじゃんご馳走してくれるって言うんだから」

「俺帰ってもいい?」

 この『帰る』はかなり本気だった。二人っきりにしたら俺が琴梨を昼間からかったことを彼女が言うかも? とも思ったが。別に大そうな理由があって只野や響に隠していた訳では無いからいいや。っと窓から放り投げた。響が彼女に危害を加えることは絶対に無いから大丈夫だと言い切れた。第一そんなに女性慣れしてない。

「えー、やだよー」

「お前、俺がいないほうがいいだろっ」

「いや確かに可愛いけどさ。何話していいか分からないじゃん」

「顔芸でもしとけ、金魚は受けがいいと思うぞ」

「顔芸って、なん――」

――ガチャ。

「おまたせしました、どうぞ」


 ピッ! ピッ! ピッー!! 試合終了ー! いやー熱い戦いでしたね。現場の瀬戸石さんに中継が繋がってます。瀬戸石さん、惜しくも敗れてしまいましたが今の心境はどうですか。『完全に自分の選択ミスです』っと言いますと? 『俺帰ってもいい?』という発言は『俺帰るわ。もしくは無言で帰る』が良かったのではないかと振り返ります。

 あー、確かに疑問系で相手に確認を取る必要はなかったかもしれませんねぇ。響さんが止めるのを瀬戸石さんはわかってたはずですからねぇ。『時間が短すぎたっす、次は負けないように頑張ります』瀬戸石さんありがとうございましたー。


 部屋に入ってからは大体そんなことを考えていた。しかしどういう神経をしていたら初対面で部屋にあげるのだろう。俺に限っては昼間多少話したけど印象は最悪の筈だ。

「輝輔さんはご機嫌でも悪いのですか?」

 何故それがわかった!

「琴梨さん、輝輔はいつもこんな顔だから気にしないで!」

 これは俺のミスだな……。もう少し愛想良くしておくか。

「酷い言い様だな響」

「ふふ、もう出来ますから待ってくださいね」

「はい!」

 この行動、彼女も俺を理解できないだろうが、俺もまた彼女を理解できない生物だと認識した。未知の世界だ。隔離された。お部屋が恋しい。お家に帰りたい。

 この部屋の間取りは当然俺と同じ8畳の有り触れたワンルームタイプ、コタツに響と琴梨さんが向かい合って座って。僭越ながら私が審判を勤めさせて頂く事になりました。


「口に合うかどうかわかりませんがどうぞ」

 そう言って彼女が出した料理は、残念だが美味しかった。たぶん短期間の作り置きを考えたメニュー。少し濃い目味付けの、甘辛い手羽元の煮込み物だった。あとはご飯に味噌汁にサラダとチンジャオロース。恐らくチンジャオロースは俺たちのために増やした簡易レシピだと思われる。市販のチンジャオロースの元を使って、適当な材料を放り込めば完成。誰でも美味しく、しかも短時間で出来る。俺もお世話になるから分かるよ。手羽元の煮込み物は結構作り慣れた印象を受けた。響も美味しそうに食べている、不味そうにご飯を食べてる姿を見た記憶が無いからなんでも好きなんだろう。絶賛している。

「おいしいです。琴梨さん料理上手いですね」

「そーですか? これでも自分が食べる物だから簡単なレシピの物ばっかりなんですよ」

「得意なんですね! 輝輔の所だとカップラーメンばっかりなんで新鮮です」

 悪かったな、じゃあ来るなよ。

「カップラーメンばかりはちょっと頂けませんね、もうちょっとバランス考えなきゃ」

 キミもお菓子の量考えようね。

「うんうん、輝輔聞いてるか? もっとバランス考えろってさ」

 もう俺帰りてぇ……。

「お二人は仲が良いんですね。なんか話聞くといつも一緒に居るみたいじゃないですか」

 正確には餌目当ての押し込み強盗が来るんです。会話から察してください。

「僕と輝輔は小学校からずっと一緒だからね。腐れ縁って言うのかなぁ。なっ輝輔?」

 お前が腐れ縁と言うか……、しかし良くしゃべるなー飛ばしてるなー。

「そうだね。気付いたときには我が家の食卓にいたね。トラウマだよ本当に」

「トラウマってどういうことだよ!」

 もう俺に話を振るんじゃない響。琴梨さんを見習え! まぁあっちは敵対視してる可能性があるから、ワザと会話を振らないようにしてるかもしれないが。

 響が執拗に話題を振ってくるから適当に何度か相槌をうつ。

「ふーん、やっぱり仲いいですね、羨ましいです」

 お飼いになられますか? ただ食費は月3万ほど覚悟して下さい。ほぼ三食です。

「でしょ。輝輔は俺にとって親友ですから! あ、こいつのアパートここの真下なんです。栄養のバランスが酷いのでたまに差し入れしてあげてください」

「おい、余計なこと言うな」

「なんでだよ、いいじゃん。お前のアパートに飯が届くのは僕の腹にも届く可能性が高いってことじゃん」

 先に口止めして置けば良かったと天を仰いだ。響、あまり俺の世界に人を招き入れないでくれ。こっちはこっちで色々と考えることが多いのだ。

「輝輔さんは大人しいですね」

「騙されちゃいけない! 輝輔は一見大人しそうに見えるけど物凄く腹黒いです」

「そうなんですか?」

「ええ、女王様です。ドSです」

 返事する気力を無くし代わりに響を睨む。――こっちを見ていなかった。

「へー、そうなんですか……。あーでも、なんとなくわかります」

「でしょ! でしょ!」

「初対面で失礼ですけど。こう、なんて言いますか。相手の考えてることを分かった上で反応を見て楽しむみたいな。ねちっこさ? そんなイメージなのかな?」

「琴梨さん凄いね! まさしくその通りだよ」

 おいおい琴梨さん、ずいぶん棘があるじゃないか、ザックリ胸に突き刺さったよ。根に持ってるんだね……。だけどその発言そっくりそのまま今のキミにお返ししたい。しかしさすがに、これは反応するべきか、――はぁ。

「ちょっとまって、二人とも酷い言い様だけどね。琴梨さんはまぁ……くっ、初対面だし響に聞いた話をあまり信用しすぎないようにね。そして響君……覚悟は出来てるね。さっき教室で言ったけど。今日はこれから一週間分のキミの昼食を買いに行く予定だったんだ。

 だが色々あってね。買えたのは『ぽーいお茶』2本だけで、しかもその場で飲み終わってしまった。俺はね、引き篭もりだから本当は余り外には出たくないんだ。俺の言ってる意味わかるよね?」

「輝輔、そういうのを腹黒いって言うんじゃないのか?」

 ああ、そうだった俺は腹黒いらしい。いや分かってるんだけど。

「あはは、本当に仲がいいですね」

「まぁ、輝輔はこうは言っても、なんだかんだ言って用意してくれてるんですよ。下手すると自分の食べる分を他人に譲りますし。こいつは不器用なだけで俺なんかよりもずっと頭も良いし底無しに優しい奴なんですよ。なんでも相談に乗ってくれますしね」

 響よ、俺をアピールしてどうする。それに俺はそんな奴じゃない。気持ち悪いことを言われて背筋がゾクゾクする。鳥肌が立った。

「はいはい、そう思ってるのはお前だけだから。わかったから。明日の昼食は用意するから、頼むからその気持ち悪いおべっかをやめろ」

「ねっ! 琴梨さん。こんな感じです」

 ねっ。じゃないよ。まったく。

「ふーん。私も今度何か相談してみようかな」

 嘘付けっ、さっきデリカシー無いって怒ってただろ。

「うんうん、ちょっと話が長いのが玉に瑕だけどね」

 悪かったな頭も悪いんだよ!

「そいえば輝輔さん? さっきお茶二本だけしか買ってないとか言ってましたけど。予定を忘れてデートでもしてたんじゃないですか?」

「何? 輝輔そうなのか? 僕聞いてないぞ彼女が居るなんて」

 待て、琴梨さん? どうしてそういう話題の振り方なの……。仕返しですか?

「いやいや、響、俺に彼女がいないのは知ってるだろ?」

「まぁ、毎日一緒にいるけど見かけないね」

 琴梨さんの方を見ていたら若干口元が緩んでいる気がした。あれは悪い人の笑い方だ。

「そうなると女性を口説いていた訳ですね」

「どうしてそうなる、二本とも自分で飲みました」

「ぽ~いお茶はペットボトル製品しか出てないですよね? 二本纏めてですか」

 何故こんなにも俺は食い下がられているんだ、危険人物を敵まわしたか?

「僕、昼過ぎまで一緒だったけどその時も何か飲んでたよ」

「私も外出先で二本ペットボトル飲むのは少し時間掛かります」

「ペットボトルごとききで引っ張り過ぎだって、がぶ飲みすればあんなの余裕だって」

「響さん、まぁ聞かないで置いてあげましょう、響さんのご飯よりも優先順位の高いことがあったと言うだけですよ」

「そうだったのか……」

 もう疲れた。

「あーもう、はいはい。ちょっと女の子口説いてたよ、凄く可愛くてね本当はもう少し話したかったけど、予定もあったし途中で切り上げてきた。まぁ少し高嶺の花だったから挨拶程度の物だったし、恐らく嫌われたけどね」

 これくらい褒めておけばいいだろうよ。

「輝輔さん頑張って下さい。きっと相手の子も又会いたいと思ってる筈です」

 あ、結構です。

「まぁ輝輔元気出せ! 僕が居るじゃないか」

 気分が落ち込む要素が増えるだけですねー。

 それから暫くは下らない話が続くことになる。全員歳が同じことや、響が死に掛けたこと。響のアパートの場所とか。そんな話だ。幸いだったのは琴梨さんがインスタンスを外していたことだ。響が不登校の生徒という言葉を思い出し。そこに興味を抱いたらどうするか悩んでいた。あー、いや最初にドア開けた時は付けてたな。

 そろそろ帰るか。

「響、もう飯食ったろ、長居しても琴梨さんにご迷惑だから帰るぞ」

 俺は部屋に帰りたいんだよ。

「あ、そうそう私のこと『さん付け』じゃなくて呼び捨てとか、『ちゃん』とかフレンドリーな感じでいいですよ。どうせ同い年なんだし。私もその方が堅苦しくなくて良いです」

「わかった、俺のことも響でいいよ歩美、ちゃん」

 響は『初対面で下の名前を呼び捨てにする』と言うハードルの高い選択をした結果、無様に砕け散った。

「俺は輝輔でいいよ、瀬戸石でもいい。俺だとわかるなら何でも良い。ほら帰るぞ」

 そういって響をコタツから出し、イソイソと玄関へ向かい軽い挨拶をする。

「じゃ。歩美、ちゃん。ごちそうさまでした」

 響は2度目でも失敗し『歩美ちゃん』で落ち着きそうだ。

「ご馳走様、迷惑掛けたね」

 ドアを出る。よし予定の質問でもして帰るか。

「琴梨は何か動物飼ってるのか?」

 ふぅ、スッキリした。

「オオナガレトビケラ2匹を餌付けしてるところです」

 お前それ動物は動物だけど節足動物だろ。しかも幼虫をイメージするとかなりの精神的ダメージを食らう。俺にだけ通じる嫌がらせか。この絶滅危惧種マニアめ。

 そう心で呟きながら彼女の部屋を後にした。

「最後の何?」

「地球環境についての議論だ」

「ふーん」

「今から、カップラーメン買いに行くか。後さっき渡した二千円早く返せよ」

「……へ?」

「お前……。こっそり俺が琴梨の部屋に遊びに行ってもいいのか?」

「お前汚いぞ! この腹黒野郎!」

「ふはは、一つ武器が増えたではないかっ」

「汚い、流石忍者、汚い」

「わかったら、さっさと金返せよ!」

 結局、只野と琴梨は響には何も言わないままだった。只野の不自然さと響を見た時の琴梨の様子。響を救ったのは恐らく彼女だろう。琴梨は助けた人間が同じクラスに入って来たとは知らなかった。だから只野は元気な響の姿を琴梨に届け、琴梨はその時にダメージを負ったのを響に隠した。それが知りたかった。二人の響への対応。二人が隠すなら俺が響に知らせる道理もない。二人は俺にも隠して振舞っていた。まぁ確認ついでに飯が食えたから良しとするか。

 しかし、琴梨には響の命というでっかい借りが出来たな。



読んで下さりありがとうございます

書き貯めていたものを一気に投稿しているため更新窓にも載らないと思います。

人の目に触れることは少ないとは思いますが、読んで頂いている稀有な方々、ポイント評価までお付き合い頂けると幸いです。ありがとうございました。


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