Daily life(日常)
Daily life(日常)
「……丈夫……か!しっか……下さい!」
ズキッ――
指の感覚が無い――口が砂と血液で一杯だ――胸の辺りが――。
ズギッン
ドッ――ドッ――ドッ僕の鼓動、息が――。
「も……し! ……こえ……すか!?」
女の――人の声?
「おい……こっ……にも……要救……いるぞ!」
――男の人……、僕はいったい――
「おい、琴……そいつの容……んだ!?」
何を――話しているんだ――
「はい……右胸部にガラ……外傷性ショ……不思……くら……す………」
――――真っ暗だ――――
『パカーン!』
頭部に激しい衝撃がはしる、同時に怒鳴り声。
「吉田。吉田響! きーさーまー!! 課題を放棄した上講義中に居眠りだとおお!」
目の前には棍棒を持って怒り狂う先生が居た。棍棒と見間違うほどに教科書をみっちりと絞り上げ、今にも噛み付きそうな勢いで僕の前に立っているこの人物こそ、紛れも無く我が担任であり独裁者、只野光明だ。
遅刻した学生をデコピンで病院送りにした、無断欠席したら家にミサイル打ち込まれたなど、都市伝説のように語られる噂は入学前から耳には届いていたが、噂とは尾ひれが付く物だ『少し厳しいくらいで大袈裟だな』と、噂を聞いた時は思っていた。
しかしセミオート式パラシュートによる降下訓練初日に、取りあえずやってみろと高度3000mの上空から笑いながら女子生徒を蹴り落とす光景を目の当たりにした時から、晴れ渡った青空しか存在しなかった僕の大学生活は、時折分厚い入道雲が立ち込め、雷鳴轟く一面を有するようになる。
「うわっ! すいません! 違います誤解です、決して寝てません!」
ギュウギュウに絞られた教科書を見つめながら僕は苦しい言い訳をする。
しかし――尋常ではない。起こされた時よりも更に二周りほど絞られたあの教科書。まったく中心に隙間が無いではないか、さらに引き絞られて何やらギシギシ聞こえ始めた。
紙だって元々の原料は木材だ、繊維状態までほぐしたものを集めたに過ぎない、あそこまで圧縮すると本来の木、いやそれ以上の硬度を――。
「んなわけあるかぁー!! よだれ垂らしながらイビキまでかいとったわー!!」
下らない考察を吹き飛ばす怒号と共に高硬度教科書が振り下ろされる。唸りを上げて襲い掛かる教材に驚いた僕は、反射的に後ろに飛び退いてしまった。
『ズガーン!』
えっ……ズガーン? パーンとかポーンじゃなくてズガーン? 僕の頬を木片がかすめる、教室中の視線が僕の席に向けられ、驚愕と戦慄の眼差しへと変わっていった。目の前で起こったことを理解するのに僕も数秒を要することになる。きょ…きょ。
――教科書が机を局部粉砕した――
長さ5m・高さ1m・盗撮予防遮へい板付きの、有りふれた大学の机、その一画が食パンでもかじったかの様に消し飛んでいる! 抵抗はどこいったー!! 物理法則仕事しろっ!!
「あちゃー、響避けるなっ! 机壊れたじゃねーか。お前責任とって今日の補習の時に修理しとけっ! わかったな」
ぼーぜんと立ちすくす僕に只野は背を向けながら、傍若無人振りを発揮する。
「ちょっと待って下さい! 避けなかったら死んでましたよ! それ本当に教科書かよっ!」
アーッ! 気づいたときには思わず突っ込んでしまった後だった、やばい。
「あーん? なんか言ったかぁ? 響ぃ?」
再び振り向いた只野は完全にチンピラだった。品性の欠片もそこには存在しなかった。
「いえ! 何でもないです、すいませんでした」
非常に残念なことに僕もまた完全にチキンだった。僕はため息混じりに着席しながら、机の上に散らばった木片やゴミを、吹き飛んだ所に落とした(片付けた)。しかし、本当にどうやったんだ? あの程度の質量の物で此れだけの破壊力、加速度も僕が避けられた事実から然程高速でも無い、さらに教科書がほぼ無傷という点――。
なるほどわからん、後で輝輔に聞いてみるか。
「え~、皆も教科書で叩かれたくなかったら、決して居眠りなどしないように気を引き締めること! わかったな? 明日は適正試験あるから欠席するんじゃねーぞー」
教台に戻った只野は何事も無かったかのように講義を終わらせた。
んっ? もう講義終わり? 時計を見ると16時を指している。2時間以上熟睡してたのか、そりゃ怒りもするだろうな。多少申し訳ないと思いつつも、夢のことを思い出した僕の思考は宙を舞っていた、――あの時の夢を見たのは入院してた時以来だな。




