Truth(真実)
Truth(真実)
「輝輔さん、彩萌が明後日帰って来るそうですよ」
「そうか、何か美味しいものでも用意しておこうか」
もう彩萌も二十歳になるのか……。早いものだな。
「そうですね。外食でも良いですよ」
「そうだな、まぁ明日ゆっくり考えよう。歩美もこっちに来てゆっくりしたらどうだ?」
「ご飯仕掛けたらそうします。無洗米だからすぐですがね」
「はは、流石に手抜きを覚えたな」
「だって輝輔さんは何でも美味しく食べますからね。料理に五月蝿く無い人で本当に良かったです。まぁ作り甲斐が無いとも言いますが」
「ははは、でも歩美は料理は上手だからなんでも美味しいよ」
最初にあった日から上手だと思ってたよ。
「お待たせです、今日は少し冷えますね」
「今時コタツ置いてる家庭も珍しいぞ、暖房設備が使われなくて泣いてるぜ」
「コタツは譲れません」
そう言ってコタツの下で、足の指を駆使して俺の足を摘まむ歩美。
「足冷たいな、家事辛くないか?」
「まぁ最初は好きでやってましたが、流石に飽きて来ましたね」
「はは、たまに代わるから言ってくれ」
「えー、たまになんですかぁ?」
「全部はめんどくさい」
「すぐそれですよ、まったく。変わりませんね貴方は」
「歩美も変わってないよ」
「もう、おばさんも通り越してしまいそうですよ?」
「そうだな、でも変わってないよ」
まだ人生の半分とちょっとだ。
「はいはい」
色々とあったな……。
「輝輔さん、今だからようやく聞けるのですが。去年響さんが亡くなられた時に……」
「ああ、歩美にもすまなかったな……。悩んだのだが……。やはりどうしても使う事は出来なかった」
「貴方の葛藤に比べれば……」
「同じだ、歩美も辛かった……」
すまなかった響、綾乃は指輪の事を知っていたら、見殺しにした俺を許す事が出来なかったかもしれないな……。歩美は響の死で悲しみ、俺の事も気に掛けていた様子だった。
少し早かったかもしれないが響よ……。
俺の秤の上で飛び切り大きな奴だった、それを見殺しにした以上、もう俺が人の生死を覆そうとする事はあるまい……。
「……指輪に、そろそろ選ばせようと思う」
「そうですか……、やはり少し惜しい気もしますね」
「そうだな、彩萌も居るしな……。だがいつまでも持ち続ける訳にはいかない」
「私はその指輪に感謝していますよ」
「ああ、俺もだ。だが歩美を小さくしたのは駄目だな」
「ふふっまだ言ってるんですか、輝輔さんも意外としつこいですね」
「理解は示すが、駄目な行為は駄目な行為だからな」
「まぁそうですね。罪とは本質的には償えるものではありませんね」
「そうだな、中には対価の払えない物もある」
「ところで輝輔さん、どうやって選ばせるのですか? それに、もしかしたら私達は、もう指輪を壊せなくなっているかもしれませんよ? ふふ」
「ははは、本当にそう思うか?」
「やってみますか」
「やめとけ、速攻でノーサンキューって言われるのが関の山だ」
「ふふふ、そうですね」
「それに壊さなくても、俺が死んだらたぶん一緒に消える。たぶんな、たぶん」
「まぁ、輝輔さんの方が付き合いが長いですからね」
「だからこそ3人の開発者は死期の迫っていた母に最後の指輪を委ねたんだ。父の話では母は開発段階から癌を患っていたそうだ、指輪を壊すなら寿命がもっと長い奴に委ねただろうよ。自己治癒して生き永らえることの、罪を知っているからこそ不自然な選択だ。だから国連はウィリアムが持っている可能性が高いと踏んでいたんだ」
「ロジオンでもウィリアムでもなく、お母様が持っていた事がヒントですか」
「まぁ、俺に渡すタイミングや指輪の性質など、他にも心当たりが少しある」
「結局その指輪は何なんですかね?」
「これは、たぶん何かの『真実』だよ」
「また変な物を持ってきましたね、もっと科学的なものじゃ無いのですか?」
「はは、同じ事だよ。歩美は良く俺が色々予想してるって言うじゃないか?」
「そうですね、だって未来や、人の心を見て来た様に感じる時もありますよ」
「それは歩美だって高い精度で出来るよ」
「貴方を見るに限っての話ですが、出来ますね」
「過去は今の積み重ねだ、今を見れば過去の積み重ねが見える」
「そして未来もまた今の積み重ねですね」
「うん、結局過去と未来は現実の世界には実在しないものだ、確率的に在ったであろう、これから先も在るであろうと、推測される物に過ぎない。そしてそれは俺達全てに言えることでもある」
「まぁなんとなく分かります、実在性の証明は出来ていませんからね」
「全てが『今』に収束する以上、予測をしようとしたら『今』を突き詰めて見つめる必要がある。しかし『今』とは、歩美と俺の世界では姿が違う、場所・見える角度・視力や価値観などもあるし、脳での脚色も加わるからだ」
「だいたい似たような世界というだけですね」
「そこに感情が加わると、別世界な風景もきっとあるだろうね。
今を知るためには色々な事を知らなければいけない。例えば身の回りで起きている物理現象、人が話す言葉の意味もそうだし。起こっている出来事の意味、周りがそれに対してどのように考えているのか等等。それらを考えるとわかる、結局俺達は、何一つとして完全なる答えを出す事は出来ていないのだと」
「全てどころか物一つ、心一つですら完全に知る事は無理ですね」
「だから完全な予測は出来ない。だけど歩美は俺の事を良く知ってくれている。だから歩美は俺の世界を少しだけ見ることが出来る。俺も同じように歩美の世界を少しだけ見ることが出来る。そして他人を深く知るためには自分を知らなければいけない。
自分を深く知る事。自己開示こそが、俺にとって予測の精度を上げる手段に過ぎなかった、と言うだけの話だ」
「そういうカラクリでしたか。他にも方法があるんですか?」
「数学・物理学・精神学・哲学・文学なんだって良い。絶滅危惧種を深く研究するだって良い。本当にどんな事だって良いんだ。全ては『真実』の追究に他ならない」
「それが指輪に?」
「そうだ、母達が突き詰めて到達した『真実』がこの指輪の中には在る。何を突き詰めた結果なのかは分からないが、一つを知る事は全てを知る事に等しい。単純に言えば世界、いや宇宙の理だからね」
「全てが理解出来るって事ですよね?」
「うん、人々は追い求めて止まないけれど、実際には到達すべきでは無い境地だね」
「答えが分かってしまえば考えるのを止めますからね。それは終わりを意味します」
「だから完全では無いにせよ、到達しそうになった母達はあんなに迅速に決断を下せた」
「なるほど……、恐らく作っている段階で既に気付いてはいたのでしょうね」
「まぁ、作ったのは科学者としての性だろうね」
「知的探究心は分かる気がします」
「本当に『真実』が開けてしまったら世界が終ってしまった可能性があるからね。指輪はそれに近いのかも知れないけど……」
「開けちゃいけない何とかの箱じゃないですか」
「指輪の正体は、これとは別に制御するプログラムが設けられているようだけど、そいつに個が宿っているなら、死は避けられない事実だ。恐らくオーナー達を混ぜ合わせたような個性が、後天的に存在し、それとは別に本能と呼べるような防御構造がある」
「ふふっ、私達と同じじゃないですか」
「そうだね。確かに実質的な寿命は相当長い筈だけど、俺と母の個性を引き継いでいるなら、コイツは散り方を考えているよ。自身の存在が、自身の価値観に不利益をもたらす事を理解して、オーナーの死を自分の死期と判断する可能性も高い。少なくとも俺が指輪ならそうする。親愛なる人で他に守りたい人がいるけど、恐らく指輪自身の価値観が力を振るう事を望んでいない筈だ。遅かれ早かれ自滅すると思う」
「悩める指輪です」
「まぁ、決めてしまえば気楽かもしれないけどね、それに俺がこれから提案する事を指輪は知っている筈だしね」
「前々から考える時間を与えてたようですが、何を提案するんです?」
「自分の力を極限まで使って、世界、宇宙、多次元があるなら多次元も含めた全ての存在に対して。幸せへの気付き、きっかけを与えて欲しい」
「ふふ、貴方らしいですね」
「草にも木にも、全てに。なんでも良い、ちょっとだけ栄養や日光を、オゾン層を1㎜厚くするとか。飢えた人にパンの欠片が届くようにするとか。
それを誰かに観測して貰うことで、指輪自身も意味を貰う事が出来るだろう。何か一つの物事に使うと大き過ぎる力だけど、これならまぁ、相手が宇宙なだけに良い勝負すると思う」
「指輪はその場合、状況によっては一生、生き続ける事になりませんか?」
「それは個を宿している限り疲れるだけだよ、賢明なら避けると思う。自身は消滅して、残した物の意味として生きる形を取る筈だ」
「……もう。ノーサンキューの中の人は逝くのですかね」
「俺がそう判断したんだから、近いのだと思う」
「少し、お礼が言いたいですね」
「それくらいの時間は十分にあるさ」
歩美は右手の指輪を見つめて話しかけた。
「輝輔さんと逢わせてくれて、本当にありがとう」
『Don’t mention it.』
「ふふっ、ノーサンキュー以外も話せたんですね。なんて言ったんです?」
「時代劇風に言うと『礼には及ばぬ』みたいな感じだと思う」
「ふふ、輝輔さんは良いんですか?」
「俺は言う必要がないからな、もう済ませた」
「私が聞きたいのですよ、言って下さい」
「めんどくさいなぁ」
「相変わらず万能なめんどくさいですね」
「歩美と逢わせてくれてありがとう、全てをありがとう。これから様々な場所へと行くだろうが、困ったり、気付いてほしい時は歩美の真似をすると良い。大体の人が簡単には断れない筈だ。押しの強さが尋常じゃないからな。いいか? 歩美の真似だぞ」
「どういう意味ですか!」
「ははは、言葉の通りさ」
指輪は白く輝き始めた、選んだのだろう。
『Thank you for the meaning to life. And good luck.』
ああ、こちらこそありがとう、今までお疲れさま。
指輪から漏れる光は部屋中を包み、視界すらも覆い尽くす白銀の閃光となって、しばらく世界を白で染め上げた。その後散り散りとなって周囲へと飛び散った。その体積からは、想像も出来ないような数の光の粒が空間にひしめき、過去から未来へと走り去るかのごとく、あたかも走馬灯の様に刹那の彼方へと飲み込まれていった。
指輪は光と共に姿を消していた。
「なかなか神秘的な光景でしたね」
「そうだね、人の一生とはあんなものかもしれないね」
「なんて言ってました?」
「命の意味をありがとうだとさ」
「お互い様ですね」
「そうだな」
俺達も沢山の大切なものを貰ったからな。
「果たして、何をするんでしょうかね」
「活動範囲がわからん以上は皆目検討が付かん。下手すると実在しない筈の、過去や未来でも影響を与えない範囲で頑張るかもしれない。ただ一つ言える事は、あいつが個を有してる限り、俺達には少しだけおまけする筈だ」
「少しと言わずに、たーんとして下さいな」
「それに俺達が気になって、しばらくは見守っているかもな」
「ふふふ、ありえますね」
「まぁやる事やって飽きたら、覚める事の無い眠りに付くだろうさ」
「そうですね」
俺達も、もう少し頑張らなきゃならないな。
「歩美、今まで本当にありがとう。これから先の人生もあと少しの間、俺に付き合ってくれるかな?」
「ふふ、それこそ答える必要ないはずです。本当にデリカシーないですね」
「はは、そうかもしれないね」
「でも言いたいから言います。私こそ、こんなに優しい気持ちを抱けるようにしてもらって感謝してます。少しと言わずにずっと一緒に居て下さい」
「死の先が在るのならね」
「私にも少し楽しみが分かってきた気がしますよ」
「あとは彩萌にでもかけよう」
「信じる者の幸運ですね」
「綾乃と名前が似てるから、我が子なのに間違えそうになるよ」
「ふふ、わかります」
「歩美は綾乃とは付き合いが長いからなぁ」
皆、歳をとって、良い感じになって来たな。放つ光は以前よりもさらに美しくなった。
「貴方の手向けた」
「ん?」
「貴方の手向けたアヤメの花は、花言葉通り、世界中に『良い便り』となって届きそうですね」
「……俺は、歩美にだけ届けば、それで幸せだったよ」
「すぐに、あの男の人が、私には届けてくれました」
「やっぱりな、アイスクリームで元気出すのは変だと、ずっと思ってたんだ」
「ふふ、わかってた癖に」
「はは、いい加減隠し事も通用しなくなって辛いな」
「嬉しいくせに」
「それはお互い様だろ?」
「そですね」
歩美……、ありがとう。
俺の描く天秤は、今、静かに揺らいでいるよ……。
「ふふ、輝輔さん。見てください、茶柱が立ちましたよ」
「あいつ、やる事が地味だなー」
――響にも一つ届けてやってくれ。
そして、願わくは、世界に暖かな心を……。
Fin.『Thank you for reading me』




