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嫌です!お願いがあります!  作者: 中野仁志(なかの ひとし)
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Intuition(勘)

Intuition(勘)

 数日後、俺はサークル部屋で人が来るのを待っていた。色々考えた末に、監視問題を一人で解決する事は不可能だと思ったからだ。こちらも協力を要請する事にした。かび臭い大気が流動しドアが開いた。乱雑にドアを閉めた男は、俺に声を掛けながら椅子に腰掛けた。

「なんだ瀬戸石、お前が俺に相談なんて。自分の担任にしろよ」

「まぁ、そう言わず聞いて下さいよ只野先生。どうしても信用できる人間にしか頼めないことなんですよ」

 俺が選抜した相談相手は只野だった。

「お前が俺のことをどう思ってるかしらねーが、簡単に他人を信用するんじゃねー」

「俺自身も信用していますけど、何より歩美が先生の事を信用してる事実を重視します。彼女は勘が良いし、少なくとも俺よりは当てになるでしょう」

「んー、お前には琴梨の事で借りもあるしな、用件はなんだ? 単位か?」

 只野はやっぱり責任感が強いな。

「大学側は知っているでしょう? 俺の母親の事を」

「ああ……その事か、そりゃ当然だな。だが一応外部には漏らしてないと思うぞ?」

 大学サイドが掴める情報など只漏れだろう……。

「まぁ、それ事態は問題無いのですが、簡単に言うと俺には監視が付いている可能性があると思います。実際に父にはずっと付いていますし」

「んー、禁解派の連中とマリー博士を探している連中は、確かに放っては置かないだろうな。だがお前の口ぶりだと、監視が付いているかどうか確信を持てていない様だが?」

 流石に話が早い、その経験で何とかしてくれ。

「そうですね、インスタンスを持っている訳でもありませんし。見つける手立ては特にありません、可能性の問題で非常に高いと言うだけです」

「だから俺に監視が付いているかどうか調べて欲しいと?」

「それもありますが、先生は元軍人ですよね?」

「あー、正規軍とは少し違うのだがな、まぁやってる事は似たような物だな」

「もし監視があった場合、解決策に助言をして下さい。と言うのも歩美と響は、俺に非常に近いので、最悪巻き込んでしまう可能性があります。それが怖くて……」

 本当に……。やはり解決策は俺がここから居なくなるしか無いのかないのだろうか。只野は少し考えているようだった。そして腕組みをしながら話し始めた。

「悪いが。恐らく監視が居た場合、俺には何も出来ない。監視の目的はマリー博士と連絡を取っているかなどのチェック、もしくはお前がオリジナルを預かっていないかの観察、などだろうが。手を出したらお前の状況が悪くなる事が考えられる、残念だが諦める他ないな。もしくは響や歩美が本当に心配なら、お前が二人の前から消えるしか無い」

 的確だ、処理能力も判断能力も高い。少し見直してしまった。

「やはり、そうですか……。それでも無理を承知で考えて欲しいのですよ。そこまでは俺も考えましたからね。経験の差で何か助力して下さい」

 かなり無理な注文をしてみる。

「お前なー、そりゃ俺だって何か力になってやりたいよ。だが監視ってのは証拠を掴むまで続けるものだ、もしくは依頼人が諦める事でしか止む事は無い。お前がなんと言っても、お前の都合でどうにか出来るものじゃない」

「なるほど、依頼人は誰なのか……。しかし監視が居ること事態まだ過程の話でしたね」

 監視が居る前提にすらまだ到達しないのを忘れてた。


「ああ? 悪いが俺の経験から言わせて貰えば確実に居るぞ。まず父親には付いているんだよな? と言う事は母親が見つからず父親から情報を引き出す際に、お前が使われる可能性が高い。逆も想定されるし、まず間違いなくお前は監視されてる筈だ」

 只野がイケメンすぎる。なんだこの男前。

「ちなみに監視役の連中と和解する事で解決とか出来ないですかね?」

「ははっ、何かの組織に殉ずる人間が、そう簡単に組織を裏切るとは思えないな」

「まぁ……、裏切るという事になるのですかね?」

 確かにこっちの意見を一方的に飲んでもらう事になるのか……。

「和解って事は、お前を監視する振りをして、組織には適当な情報を流すようにすると言う事だろ? 監視を自分の仲間にするって事だ」

「そうなりますね」

「監視役が金で動く奴なら金で解決出来るかもしれないが……。金で動く奴は信用出来ない。それに金じゃ組織には太刀打ちできないだろう。和解が実現可能かどうかの判断は、実際に監視役に聞いてみないと分からないな」

 やはり、監視役と直談判する事でしか、俺の望む結末には至らないか。


「実は只野先生を警戒して嘘を付いていました。監視役は二人特定してます。残り何人居るか分かりませんが、3人目も大体分かってます。その場合そいつらに直談判する事は無謀ですかね?」

「まぁ、相手が何人居るか分からないなら警戒して当然だ。俺なら相談など絶対に出来ないな。そして和解は無謀過ぎるだろう、止めてくれと言って止めるとは思えない」

「まぁ、一人では解決出来そうに無いので苦渋の決断です。そいつらを説得する方法を考えて下さい、軍という組織に居た先生が、どうやったら軍を裏切る事が出来たか? それが聞きたい所です」

 何か良い案を出してくださいよー、画期的な意見を。


「命令は絶対だったからな」

「それは自分でそれを正義だと思っていたからですよね?」

「まぁ、そうだな、それに調和を乱せば他の隊員が死ぬ可能性もあった」

「じゃあ監視役は正義だと思って俺を監視しているのですね」

「それは分からん、俺も一度重要人物を監視する任に付いた事があるが、気持ちの良い物では無かった」

「和解する可能性も少しはあると言うことですか……」

「まぁ、相手次第だな……。しかし全員の説得は至難を極めるだろう。現実的にはリーダー格を特定して何かしらの対応を望む事になる」

 そうなんだよね、リーダーが居る筈なんだよ。

「お前さっき二人特定してると言っていたが、それは確かなのか?」

「絶対とは言い切れませんが、恐らく間違いないです」

「大学内部なのか?」

「はい、内部です。恐らく先生も名前くらいは知っていると思います」

「誰だ?」

 言ったら驚くだろうな。

「まず、監視役の一人ですが。間違いなく歩美です」

「はぁ!? お前、言ってる事の意味分かってるのか?」

「分かってます、ですが間違いありません」

「根拠は?」

「消去法的に俺を監視出来るのは、彼女以外居ないのですよ。響は十年来の付き合いです。オリジナルが出来る前から監視を仕込むなんて有り得ません。サーチなどが相手に居た場合俺の位置情報は把握できるでしょうが、どうしても身近に接近してオリジナルを所有していないか解析する必要が出てきます。俺ははっきりいって人付き合いがほとんど無いので、接触できる人間が限られて来るのですよ……。監視は元々警戒してるので室内などの細工にも気が付きますしね。歩美以外考えられません」

「そうか……、では琴梨が留年したのも……」

「いえ、あれは本当に事故だったのだと思います。それに一年前の彼女は、監視の任を背負っていなかった筈です」

「お前がここに来てから監視になったと考えているのか?」

「そうです。もともと在学してる生徒は盲点にもなりやすいですからね」

「そうだな、一年や配属された職員に目が行きがちになるな」

「彼女は俺がこの大学の入試を受けた段階で、監視役の責任者として配属された人間から声が掛かったのでしょう。少なくとも彼女は普通の女子です、組織などに属するにはスキルも知識も経験も足りません。だからその場で補充された人材です」

「では今現在もそれを取りまとめている奴が居るのだな」

「確実にいます」

「そいつの特定が終ったら、そいつに和解でも申し込むつもりか? それはやめた方がいいぞ? 何故そんなリスクの高い行動をしようとする」

「淡い期待ですかね」

「お前、そんな軽い気持ちならやめて置け、現状でなんとかしのげ。琴梨の事に関しては俺から掛けれる言葉は無い」

 掛ける言葉か……。

「それは勘違いですね、俺は歩美を信じてますよ。それこそ最初からです」

「お人よしだな……。しかし琴梨が、もしお前の味方なら……、確かに可能性はあるな。琴梨はお前の事を心底信用してるように感じるし」

「はは、先生と歩美も仲がいいっすね」

「まぁ、あんな事があったからな、あいつには辛い思いをさせちまった」

「大丈夫ですよ」

「まぁ済んだ事だ」

 歩美は先生に感謝してますよ。


「それで二人目なんですが。それは俺のアパートを手配した貴方ですよ。歩美に自然に近寄るように仕向けた張本人。只野先生は責任感は高いです。仕事に責任を持つ以上、俺のアパートの時のミスは不自然ですよやはり」

「あー? どう思って貰っても構わないが一応聞こう。根拠はそれだけか?」

「4月段階では歩美はインスタンスが使えません。普通なら選びません、つまり歩美に対して何かを見出しているのです。リーダー格は性能よりも人間性を重視しているのが窺えます。恐らく歩美の性格を知っていて信頼に足ると判断したのでしょう」

「歩美の知り合いはもっと他に沢山居るだろ」

「俺は歩美の彼氏ですし、彼女も俺のことを信頼してくれています。お互いなんでも話してます。もし俺が『歩美は俺の監視役なの?』と聞けば、恐らく歩美は『そうです』と答えたでしょう。これは自信があります、だから俺は聞きませんでした」

 歩美はそういう奴だ。だいぶ苦しかっただろうに……。

「それを前提として話しますが、彼女の周りでリーダーとなりうる人材で、監視役をやれるのは貴方しか居ません。元軍人で監視の依頼が来る可能性も十分にあります。歩美が特定出来た段階で、芋づる方式で只野先生も出てきました。さらに、調べましたが元歩美のクラスに武久たけひさというサーチも居ます。武久の人柄によっては編成が一気に解決します」

 …………どうかな? 不足ならまだまだ言えるが?

「それで? 俺を監視役と思うのは構わないのだが、それを俺に話してどうなる」

 まあ、事実であっても認めないだろうな。

「先生が監視で無い事は証明できませんからね、無実の証明は非常に難しい物です。違ったら、この事は口を伏せてもらって、また考え直しますよ」

「えらく悠長な事を言うな? 俺が監視役だったら、この後すぐに上部に連絡して特定された事実を伝えるぞ?」

 一応その前に何か手を打つつもりです。

「なので今日は先生を説得しに来ました」

「面白い、仮に俺が監視役だとして、組織への忠誠心をねじ伏せるつもりか」

「そうです」

「うーむ、まぁやってみろ」

 簡単には行かないかも知れませんがね、俺は貴方を信じますよ。


「オリジナルを貴方に預けましょう」

 まぁこれしか無いだろうな、口で説得するのは無理だ、価値観の問題だ。

 只野は少し呆気に取られた後腕組みを崩し、両肘を机に付いて掌を組んだ。そして頭を下げて眉間を二本の親指で支えた。


「――お前が……、持っているのか……」

 流石に予定外だったようで少し動揺しているのが伝わってきた。


「母は六年前に他界しました。俺はオリジナルを受け継ぎ、亡骸を消滅させました」

「……そうか」

 只野はそう言うと再び顔をあげ腕を組みなおした。

「遺言で、壊してくれと頼まれています。ですので差し上げる訳には行きません。壊す予定ですが、現段階では恐らく俺の命よりも価値が高いものです、俺自身もそう思ってます。ですが俺から見ると響や歩美の命よりは軽いかもしれません、もしくは同等です。これを世に解き放つのはそういう意味です。それを預けてみます。

 貴方が監視役であった場合戻ってこない可能性もあります、それに一般人であったとしても欲に負けてしまうことが考えられます。

 ですが、実際に持って見なければ分からない事もあります。想像よりも遥かに大きな葛藤を抱く事になるでしょう。人の命の重さや価値に付いて悩み続ける事になります。もちろん、気にしない人間もいるのでしょうがね」

「俺は欲に負けて持ち逃げするかもしれないぞ?」

「先生は人の命の重さを知っていますよ。きっと歩美なんかよりも、遥かに厳しい現実を目の前にして来たのだと思います。沢山の亡骸の中で様々な事を考えたと思います」

「……そうだな」

「一日でも、一週間でもいいです。預かって自分自身で判断して下さい。これを世に出すべきなのかどうかを」

「お前は本当にそれで良いのか?」


「良い訳が無いです、そんなに軽い気持ちで提案してるのでは無いのですよ。最悪一分後に殺される可能性もありますし、現状を捨てて逃げる事も選択肢には入っています」

「お前は隠し通す事もできた筈だ、何故こんなにリスクが高い事をする」

「歩美は俺の味方です。恐らく歩美が先生に頼んだのでしょうが、歩美は自分のメガネに小型のカメラを設置しています。オリジナルの所持を明かした以上隠しませんが、俺はすぐに気付いていました」

「……」

「それは途方も無く不自然な物でした。歩美が監視をしている以上、設置されている事にすら意味がありません。どのような経緯があったのかは知りませんが、歩美の提案に許可が降りたのは、歩美が俺からの信頼を十分に獲得していると、リーダー格が判断を下したのでしょう。もし万が一発見されても、歩美ではなく外部に目が向くと考えた筈です。

 ですが、リーダーの目論見とは裏腹に、歩美はオリジナルの所在を知った上で隠していました。恐らく苦しかったと思います。信頼する貴方を裏切り、最愛の俺も騙し続けていたのです。歩美は自分のメガネにカメラを仕込む事で、俺に監視が付いている事実を気付かせました。そして俺の問いにこう答えたのです。

『メガネに違和感を持った事は?』

『ありません』

 と、それは有り得ない事でした。歩美は勘も良いですし、コンタクトの前はずっとメガネでした。ずっと慣れ親しんだメガネが急に重くなり、バランスが崩れている事に彼女が全く違和感を持たないなど考えられません」

「そうか……琴梨は」

「そうです、自分が監視だと俺に気付いて欲しかったんです。気が付くのにだいぶ時間が掛かりました。リーダーの目論見通りでした、怒りも手伝い外部に目が向きました。歩美には悪い事をしたと思ってます。それと大事なことですが、歩美は先生を裏切る事にも心を痛めてます。だからこそギリギリの行動しか出来なかったのだと思います」

「よく琴梨を信用できたな」

「最初は歩美が監視役など信じたくありませんでした。ですから様々な可能性を探して動きましたが、それは無駄な事だと気付けました。状況を素直に見れば歩美以外考えられません。その上で歩美を信じる事が出来た時、不可解な点が全て解けました。そして歩美の望んでいる解決の方向性も……」

「それで俺の説得か……。お前は琴梨のために命を張ったのか……」

 歩美は解決できる可能性があるから俺に伝えた筈だ。

「お願いがあります、組織の判断では無く、あなた自身で判断して下さい」

 俺はそう言うと右手の指輪を外し、指輪に一時的にオーナーが変わることを伝えた。俺は左手に持った指輪を、只野の前に差し出し。只野の判断に掛ける事にした。


「必要ない」

 只野は、腕を組んだまま微動だにせず、それを断った。悩む素振りすらも無かったように感じる。

「それでは問題を解決する事が出来ません」

「その必要も無い、分かったらサッサと帰れ。話は終わりだ」

 指輪を受け取らず、問題を解決する必要もないか……。貴方は信頼には十分に値する。だが全て背負わせる訳には行かない。先生だって俺の大切な人だ。もし失うものが在るのなら……。俺にも手伝う事がある筈だ。

「まだです、貴方に家族は居ないのですか? 守るべきものは?」

「残念ながら家族は居ない」

「なかなか良い男なのに残念です」

「俺はお前ほど強くは無いからな、だが守るべきものは在る」

 この守るべきものは俺達の事だろうな。

「俺は間違いなく弱いです、沢山の人に支えられてやっと立って居るに過ぎません」

「これから先、お前が信じるものがお前を裏切らないとは限らないぞ」

「わかってます」

「その時はどうする」

「……今は判断が下せません」


 帰れと言った只野だが、少し考えが変わったようで。俺は色々と聞かれる事になる。

「本当はどこで俺だと気付いた」

「廊下で歩美に『男には気をつけろ』と言った時ですね、少しだけ違和感を感じたのを覚えています。それに対して歩美は『任せて下さい』と答えましたが、あれも歩美だから自然に聞こえるだけです」

「はあ!? それで気付いたのか? ありえないだろ……。普通じゃない……」

「勘です、確信に至ったのはずいぶん後です」

「武久はどこで気付いた」

「最後まで自信が無かったですね。歩美、先生と特定した段階で、クラス繋がりで当たりを付けましたが、慎重な人です。エンチャと同行しているのに、随時1.5㎞以内にいる事実が単体性能の悪さを少し漏らしていた程度ですね」


「何故そんなにややこしい事をする、お前は相手に合わせて手加減してる。自分が許される行動に制約を設けてるようだ。オリジナルを持っているなら他に沢山やりようはあった筈だ。それなのにお前は、結局オリジナルの性能をほとんど活かす事無く、俺達を特定してるじゃないか、それを手加減と言わずなんと言う」

「……それは誰かにも言われましたね。別に意識してる訳じゃないのですが、何故でしょうね? 俺自身わかりません」

「不器用な奴だ」

「良く言われます、しかし自分では悪くないとも思ってます」

「いい性格してやがる」

 只野が少し笑いながら吐き捨てるように言ったのが印象的だった。


「最後に一つ、根拠は無いですが。もう一人いる気がします。インスタンスはRです」

「ほう、そいつがどうした?」

「彼女にはその資質はありません。上を納得させるため、形だけの暗殺要因の筈です。本人には監視の補助程度の役割だと伝えている筈ですが、本当にオリジナルを見つけた場合どうするつもりだったんです?」

「教科書で俺が叩くつもりだった」

「そうですか。それは堪えますね、居眠りには注意します。――――ですが、やはり先生にもその資質は無いですね」

「……俺に依頼した奴が無能だったんだろうよ」

「それは同感です」

 俺は椅子から立ち上がりドアの方に歩き始めた、しかし部屋から出る事は叶わず、ドアに手を掛ける寸前に背後から只野の声がした。


「俺のミスはなんだ」

 んー、何を基準にミスなのかな……。まぁ恐らく。

「俺の近くに人を置いた事、先生も含めてです。それは即ち、俺がその人達に危害を加えない人間だと知っている、もしくは信用しているという事です。観察対象を信用してる時点で既に資質がありません」

「自分では悪くないと思ってるよ……」

「好感が持てます、恐らく判断能力が高すぎるのが災いしたのかと」

「引き止めて悪かったな」

「いえ。では歩美も待っているので、これで失礼させて頂きます」

「よろしく言っといてくれ、あと響にも明日の課題忘れるなって言っといてくれ」

「勿論」

 俺は只野を部屋に残し帰路に就いた。


Details(経緯)

『か~さんピッ』

「どうした、久しぶりじゃないか? ――――。ああ、別に構わないぞ。――。あー、それなら今夜一緒に食事でもどうだ、久しぶりだしな。―――。わかった、じゃあ昔よく行ってた居酒屋に今夜八時な。――。じゃあまた後でな」


 懐かしいな……、あいつまだ組織に所属してたのか。折り入って頼みたいことね。大学教授に一体何の用やら。ははっ、裏口入学の斡旋とかだったらぶっ飛ばしてやるかな。

 俺は以前勤めていた組織の友人と久しぶりに食事をすることになった、あのころの友人で今も連絡が取れるのはこいつくらいのかもしれないな。死んじまったり、偉くなりすぎて疎遠になったりした奴も多いしな……。

 愛車のセルシオ(塩太郎)を走らせ待ち合わせの居酒屋に付いた俺は、先に一人で一杯やることにした。昔世話になってた代行のじーさんまだやってるかな……。あの時すでに棺おけに片足突っ込んでたから、おっちんだかもしれねぇなぁ。歳を取るにしたがって段々と季節の移り変わりが早くなっていきやがる。

「はい、お客さんレバ刺、しかし兄ちゃん久しぶりだねぇ。何年ぶりだい?」

「じーさん覚えててくれたのか! 兄ちゃんとかよしてくれぃ、もう兄ちゃんなんて年頃じゃ無くなっちまったよ」

「はははっ、ちげーねぇ。もう脂の乗った立派なおっさんだな!」

「ぶはは、だろ!? 風呂場で鏡見るたびに涙が出そうだぜ」

「だはは、皆辿る道だ我慢しろぃ」


 商売柄だろうな、しかし覚えてて貰うのは悪い気はしねぇもんだな。じーさんも、あの歳で良くもまぁ元気でやってるもんだ。

「おっ、光明。なんだもう来てたのか」

「おお、芳川よしかわ少し早くついちまった」

「らっしゃい! 今日は懐かしい顔が多いね」

「じーさんも元気そうで何よりだ」

「馬鹿言っちゃいけねぇ。おらぁまだまだ現役だぜ!」

「ははは、これは失礼した。悪いけど奥の小部屋使わせてもらうよ」

「おう、好きな所座りなっ。 おい! 奥の部屋に二名様ご案内しろ!」


 芳川もだいぶ老けたな。そこそこ出世もしたようだし気苦労も絶えないだろう。

 俺達は奥の部屋へと案内され、懐かしい会話に花を咲かせることとなった。

「お前が教授になったと聞いたときは耳を疑ったものだ、あの光明が教授だぜ?」

「馬鹿野郎。俺自身が一番驚いたわ、本当に知り合い全員に笑われた」

「それは間違いなく笑うって、無理だもん。がははは」

「お前もだいぶ出世したらしいじゃないか」

「んん、まぁ少しな、色々と気苦労が絶えないぜ。上官の苦労が初めてわかったよ」

「ぶはは、ざまぁねぇな」

 しかし今や家族持ちか、あまりハードなスケジュールなのも大変だろうに。

「芳川は娘がいたんだっけ?」

「あぁ、今年で三歳になる。可愛いんだぞ! 写真見るか!」

「おー、どれどれ」

「これだ! どうだ俺に似て可愛いだろ!」

「馬鹿言うんじゃねぇ、お前に似たら悲惨な事になっちまう! しかし可愛いな、奥さんがベッピンで良かったな!」

「へへへっ」

 家庭か、現役も引退した事だし。俺も縁があれば今度は……。


「……光明。酒が進む前に話をしておきたい」

「ん? ああ、そう言えばなんか頼み事がどうこう言ってたな。今更俺に出来る事は無いぞ? 一応昔のよしみで話は聞くがな」

 芳川は少し周りを気にしている素振りで声のボリュームを落として話し始めた。この様子だとかなり重大な頼み事だな……。やれやれ、俺は普通のおっさんだぞ?

「……実は、今度オリジナルに携わる、マリー博士の一家周辺と研究員数名の監視を、うちで引き継ぐ事になった」

「オリジナル? お前それ機密事項だろ。この店、盗聴などは大丈夫なのか?」

「表で部下がチェックしてる。それでお前に頼みがある」

「無理だ、俺は組織を引退した身だ。そんな重大な話は聞く事もできねぇ」

「頼む! 一生のお願いだ」

「無理だ、俺も教職員の端くれ仕事がある」

「だからお前に頼んでる、マリー博士の御氏族がLOA大学に急遽通う事になった」

「あー? うちの大学にか? そんなもんお前の所の部下で何とかなるだろ」

「人員の入れ替えなども考えたが動かせる人員は限られてる。特に今回は大学という事もあって、長期間大学内部を監視し続けることが中々難しい。対象は子供とは言っても頭が良いらしく、監視の可能性は十分に考えているようだ。だからこそ父親の会社に少し就職したりなどして、身の回りの人間をリセットしたのかもしれない。実際その時に会社に送り込んだ数人が動けなくなった。別な案件も常にあるし余裕なんて一切無い、文字通り猫の手でも借りたいよ……」

 だいぶ切羽詰ってやがるなぁ……。

「ガキがオリジナルを持ってる可能性はあるのか?」

「現実的に考えて低いと思う。まずマリー博士が持って逃げたか、ウィリアム博士が持って逃げたかすら特定できていない。それにマリー博士が渡すなら夫に渡すだろう」

「まぁ、いくら自分の子供と言っても、二十歳前後のガキに世界の運命は預けないだろうな」

「オリジナル完成以後ずっと監視はされているようだが、母親と接触したという情報も無い。国連の調査機関はウィリアム博士が持っている可能性の方が高いと踏んで、そちらに力を入れ始めてる」

「一応聞こう、目的はなんだ?」

「対象の監視、母親との接触およびオリジナルに携わる情報の収集」

「万が一オリジナルを発見してしまった場合は?」

「……迅速なオリジナルの奪取」

「はっ! オリジナルを所有者から奪う? 言葉を濁すな」

「……その場合、対象を抹殺してオリジナルを奪う事になる」

「俺に生徒を殺せと言うのか? そいつは何か罪でも犯しているのか?」

「…………わかってくれ」

「馬鹿言うな、分かるわけねぇだろ。上が焦ってるのもわかるがそれは賛同できねぇ」

「俺もそう思う! だが、俺にはそれをどうすることも出来ないんだ……」

「……しがらみを背負っちまったしな」

「それに、これはお前がやらなくても誰かが必ず任を背負う事になる」

「はぁ……」

「頼む、光明」

「あー、くそっ。わかった、だが条件がある」

「本当か!? 頼まれてくれるのか!?」

「監視の人員は俺が自分で編成する。そして万が一オリジナルを発見した場合は、俺の判断で動く」

「駄目だ、それじゃ監視している意味が無い」

「馬鹿野郎これでも譲歩しているんだ、それにオリジナルを持ってる可能性は、限りなく低いのだろ? 心配するな俺も組織に居た身だ、もし見つけてしまったら九分九厘……」

「……そうだな。お前の背負うものの方が大きいな……」

「話は分かった、後日資料などを送ってくれ。折角だから酒を美味く飲もうじゃないか」

「光明。ありがとうな」

「長い付き合いじゃないか、家族持ちはしょうがねぇ部分もある」

「昔は家族を持つのに躊躇ったも――」

 それから俺達は随分と長く居酒屋で話しこんだ、お互い歳を取って外見ばかりが変わって、中身はさっぱり成長してないと笑いあった。厄介事を持ち込まれたが、まぁガキの監視だ、なんとかなるだろう。汚い話だが、目ん玉飛び出るような報酬も手にするのだから金額分程度には働くか……。


 後日対象の資料を眺めた俺は、入居申請のあったアパートが監視に都合が悪い事実に気付き、書類のミスを装い、対象の住居を監視のしやすい大学の近くに移した。さらに移動させたアパートを案内する口実で教職員という立場を利用し対象に接触し、大まかな人柄を自分の目で判断することとなる。

 その結果だが危険人物と言うよりも、むしろ思いやりがある印象を持たされた、あと文字通り死ぬほどやる気が無いのも伝わってきた。アパートも同じだし最初に考えた奴に一応声を掛けてみるか、大学内でも監視は必要だが、生徒で信用できる奴なんて数えるほどしか居ないしな。次の日、俺は大学で自分のクラスの生徒を一人呼び出した。


「なんですか先生、デートのお誘いなら半年後まで予定が入ってますよ」

「琴梨、アホな事言うな。それにお前男を毛嫌いしてるだろ」

「ふふ、それで何の用事なんです? 折り入ってとはまた随分ですが」

 んーやはり止めておくか……。インスタンスも使えないし琴梨自身がまだ心の整理が付いていないだろう。

「いや、琴梨やっぱ――」

「これ誰です?」

 ん? 対象の写真見られたか。まぁ新入生だし隠す必要もあるまい。

「新入生だ、ついでにお前のアパートの真下に住む事になってる」

「同級生になる予定の方ですか、それに同じアパートですか……。名前はなんと言う方なんですか?」

「はぁ? 名前? あー詳しくは知らないなぁ」

「せめて学部だけでも教えて下さい」

「いや、駄目だ……。出来ない。と言うか俺はそいつを知らない会った事無い」

 危ないから駄目だ琴梨……。住居も早く違う所に移動させよう。

「嘘です、あのアパートの管理は只野先生がしています。名前を知らない筈がありません。しかもプライベートっぽい写真持ってます。納得のいく理由を所望します」

 琴梨は頑固者だからなぁ……。テコでも動かないとはこの事だ。

「問題児らしいのだ、それで俺が素行を監視する事になってる」

「私も素行を監視するのをお手伝いします」

「駄目だ琴梨、邪魔しないでくれ」

「分かりました、共闘は諦めます。先生は若い男女の恋路を監視すると良いです」

「琴梨どうしてそうなる……」

「先生こそ呼び出して置いて酷いです! 頼み事はどこにいったのですか?」

 んー、この様子だと今にも突撃して行きそうだな、普段は男を毛嫌いしてる癖にどういった心境の変化だ……。対象が安全と決まって無い以上、琴梨をこのまま黙って行かせる訳にもいかん。何より最悪の場合琴梨を監視するなんてのは勘弁願いたい所だ。

「実は……。俺が元所属していた部隊の友人から、危険な対象の監視依頼を受けた」

「彼をですか?」

「そうだ、重要機密事項だから話したからには手伝ってもらう」

「面白そうです! なんですか? 本当に悪い人なんですか?」

「いや、マリー博士の息子だ」

「なっ!! 世界的権威じゃないですか!」

「おい、琴梨声がデカイ。それで、マリー博士から連絡を受けてないか等の監視を依頼されている。可能性は低いがこいつがオリジナルを持ってる可能性もある」

「どこが危ないのですか?」

「オリジナルって言ったら禁則処理の掛かってないインスタンスより危険な存在だぞ?」

「まぁ、そうですが使う人によるんじゃないですか?」

「それはそうだが」

「もう十年たっても何事も無いのだから、オリジナルを今持ってる人は使う気が無い様に感じるのですが?」

「まぁ、今の監視体制だと他人に危害を加える様な使い方だと見つかるからな」

「普段は使わないなら、監視してる事に気付かれたりして、身の危険を感じる機会さえ与えなければ安心じゃないですか」

「それでも接触は駄目だ、ある程度様子を見てそれから判断する」

「むー、他に手伝ってくれる人は居ないのですか?」

「ああ、琴梨は信頼できるから声を掛けようと思っていたが……他はなぁ」

「なかなかお目が高いですね」

「お前はインスタンスが使えなくなるほどに傷ついたからな。良い奴だよ信頼してる」

「そうですね……」

「落ち込むな。大丈夫だ、お前ならきっとインスタンスもその内復活する」

「はい」

「んー、外部に一人サーチを呼ぶか……」

「武久君じゃ駄目なんですか?」

「武久は確かに真面目で信頼も出来るのだが、如何せん範囲が狭いのと積極性がな……。それに監視には真面目すぎる気がしてな、やはり気分の良い物では無い。うーん、琴梨はどう思う? お前は武久を信用出来るか?」

「範囲はエンチャの先生が居るから問題無いとして、信用ですか……。私の勘で良いなら出来ますよ。彼は震災の時も凄く一生懸命だったし、人一倍涙を流して死に物狂いで走り回ってました、正直胸を打つ物がありましたね」

「そうか、俺は途中で本体に加わったから見えてなかったな。お前がそういうなら大丈夫だろう。武久に声を掛けてみる事にする」

「あいさ!」

「それと琴梨、お前が信用できる人間で監視を手伝ってくれるような人を見つけろ、出来たらインスタンスがRの奴で」

「Rならなんでも良いのですか?」

「ああ、信用できてRならなんでもいい。お前のタッグだ。それと報酬も全員払う」

「Rなのはどうしてですか?」

「……何かしら必要になる可能性もあるからだ、G以外が欲しい」

「了解です、というか綾乃ちゃんをお勧めします」

「ああ、綾乃でいいな。うちのクラスは震災を経験したお陰で優秀な人材が多いな……」

 沢山の経験をする事が出来たな、失われた命を無駄にしないようにしないとな。

「よし、それでは後日全員に声を掛け終わったら一度集まって詳細な作戦を練ろう」

「その前に質問があります」

「なんだ」

「この人がオリジナルを持って無く、かつ人畜無害だったら接触は自由ですか?」

「はあああ? お前こいつ写真しか見てないのに入れ込み過ぎだろ、男嫌いはどうした」

「いいえ、この研ぎ澄まされた野生の勘に狂いはありません! それに男嫌いじゃなくてチャラチャラしたアホが嫌いなだけです」

 こいつはチャラチャラしてない変わりにやる気の無さが凄いぞ。

「最悪の状況を想像しろ」

「オリジナル所有者で悪者!」

「その場合そいつはどう対処されるんだ」

「――まさか、暗殺するんですか?」

「本当は言うつもりは無かったが、お前の無鉄砲さは少し怖い。他の奴に言うなよ、最悪の場合は俺が責任を取る。一応Rが居た方が依頼した奴も納得しやすいと思ってな」

「そうなる可能性は?」

「無いとは言い切れないが……。かなり低いのは確かだな」

「この人がオリジナルを持っていて人柄も良い人だったらどうするんですか?」

「分からん、正直な所俺も悩んでる。だが今は考えるだけ無駄な事、オリジナルを持っている可能性すら殆ど無い。上層部の話だとウィリアム博士が持ってる可能性が高いらしい」

「むー納得できません」

「俺が安全だと判断したら接触は許すよ。ただ気付かれないように慎重にな」

「勿論です」


 それから一ヶ月も経たぬ内に琴梨は限界を向かえ接触を要求してくる事になる、そして偶然も重なり、その日の内に対象をアパートに招き入れ。更には対象のアパートに単身で乗り込み、泣かされて帰って来たらしい。

 暴挙としか言いようが無い行動だったが、泣かされた理由がインスタンスの相談に行った結果、救われたと言うからお笑い草だ。どんな話なのか聞いて見たが、命という物を深く理解しようとしていない限りあんな事は言えないだろう。ただやる気が無いだけの人間では無いようだ、腐ってもマリー博士の息子だな。

 そして、救われたのを証明するかのように、琴梨は一年間苦しみ続けた悩みから立ち直った。監視している面々も琴梨のことは心底心配していただけに、結果として瀬戸石に対して監視役全員が深く感謝するという訳のわからない状態に陥る。

 だが一年ぶりにインスタンスが発動した日の事を、琴梨は『プライベート過ぎて報告する事が出来ません』と言う理由で俺に報告をしなかった。対象アパートに宿泊したようだが、こういう時にどう対処するか俺の教科書には載っていなかった。


 そして六月の宿泊旅行で綾乃までもが響に恋に落ちる、駄目だこいつ等、監視はきっちりやってるが自分達がノーガード過ぎる。全員人柄が良すぎるのが仇になってやがる。だが響も良い奴だ……分からんでもない。

 其の頃には俺も、瀬戸石に対して危険人物と言う見解はほとんど持たなくなっていたように感じる。自由気ままに接触するのも、監視さえキチンとしていれば気にならなくなっていた。むしろ俺も自由気ままに接触していた。一番真面目だったのは武久のようだ。

 瀬戸石を冷静に分析して見たが、こいつは知人こそ一握りしか居らず社交的とは言い難いが、関わっている人間全てが深い信頼を抱いているように思える。こいつは他人を傷つけ無い、むしろ優しすぎる。だがどんな対象であれ任務は任務だ。キチンとこなさないといけないと考えていた。


 そんなある日、琴梨が提案をしてきた。俺達は基本的に綾乃や琴梨から話を聞くことで情報を集めていた。サーチ画面で他人との接触観察や、尾行なども勿論していたが、誰かと接触する機会そのものが、引き篭もりの瀬戸石には殆ど無いようだった。詳細な事は琴梨からの情報だった。そして琴梨はこう切り出してきた。

「私だけの話じゃ、分からない事もあると思います。私は輝輔さんから絶大な信頼を獲得することに成功しています。今更私を疑う事も無いでしょう。そこで提案があります。皆さんが私と接触する輝輔さんを直接観察したり、アパートの部屋などの観察をする方法として私のメガネにカメラを仕込みませんか?」

 俺は反対した、まずオリジナルを万が一持っている場合見つかってしまうと。

「見つかっても輝輔さんは怒って、誰がやったのかと外部を疑う筈です。それにオリジナルを持っているとも考えられません、気付かれる可能性が低いなら、何かあったほうが監視の効率化を図れます。カメラをメガネに仕込めば、私の視点で色々と見れますし、どこに持っていっても自然です。携帯やインスタンスだと動作の不自然さに気づきます。注意力が半端じゃないです」

 その後も散々力押しで説得され、渋々了承することになる。


 そしてその結果が此れだ。……しかし、あいつが俺達に何か少しでも危害を加えていたら、この結末は辿らなかっただろう……。あいつの自力か。


『か~さピッ』

「只野だ。――対象に目立った動きは無い、いつもの如く引き篭もったままだ。まるで冬眠中の熊でも相手にしてるようだ。――――ああ、わかってる。油断はしてない」

 全力でやった末に全員完敗した。武久に到っては話した事すら無いのに崇拝してる。綾乃も瀬戸石を信頼してるし『個人的に弱みを握られた』と嘆いていた。琴梨はもはや一心同体と言っても過言じゃない。俺も残念ながら信用し尽してる。

「ああ、また今度居酒屋にでも行こう。じゃあ、またな」

 悪いがあいつを殺したければ違う奴を雇ってくれ俺には無理だ。だがお前の娘の未来は守れた気がするよ。俺も焼きが回ったものだな――。


「なんだ、歩美もう来てたのか。今帰ったよ」

 只野と話をした後、帰宅したアパートには歩美の姿があった。今日は元々来るとは聞いていたので居るのは予想していた。

「おかえりです」

「何か料理でもするの?」

 エプロンで腕まくりをしていた、まだ来たばかりなのだろう。材料と思しき物はテーブルの上にまだ置かれたままだった。

「はい、今日はこっちで食べようと思いまして」

「そっか」

 歩美に話すかどうか考えた末、どうせあの様子だといずれ歩美の耳にも届くと考え、話す事にした。それに俺の事を騙し続けるのは心苦しいだろう。

「ちょっと、料理する前にこっちおいで」

「んん? なんですか? ハグでもしてくれるんですか?」

 ソファーに腰掛けた俺は、両手を広げて歩美を招き入れた。ちゃんと監視の任もこなしているのだろうメガネも付けていた。俺の足の間に腰掛けた歩美を後ろから抱きしめて、どうやって伝えようか少し悩む。

『アルケー』

 俺はメガネに手をかざし、中のカメラ全てを消滅させフレームと同じ材質の物で空いた空間を埋めた。

『テロス』

 歩美はメガネの前で隠しもせずに指輪を使ったことに、驚きの表情を見せ、慌ててカメラに俺の手が写らないように顔を背けた。顔を振ったからだろう、直ぐにカメラがなくなっている事に気付いた様で、今度は半分泣きながら抱きついてきた。

「ずっと騙していて、ごめんなさい」

 そういった後、暫くは顔を埋めて肩を震わせていた。

「別に謝る必要は無いよ。結果的に歩美は俺を助けてくれてる。只野もそうだ、大丈夫だよ。俺よりも歩美の方が辛かっただろうに……」

「ごめんなさい。信用してくれてたのに……。ごめんなさい……」

 歩美は泣きながら謝り続けた、俺は昔これで平手打ちされた事あったなぁ。

「まったくもう、ほらこっち向いて」

 目と鼻を赤く晴らした歩美の顔を少し強引に胸から引き離して、俺はゆっくり唇を交わした。歩美の肩から少し力が抜けていくのを感じた。

「次ぎ謝ったらデコピンな」

「うぅ……はい」

 なかなか歩美が落ち着かないので暫くそのまま抱きしめていた。

「只野先生と……、話したのですか?」

 ようやく落ち着きを取り戻した歩美は抱きしめられたままポツリと呟いた。

「さっき少しね」

「どうやって……」

「それは内緒」

 只野のなかで結論が出たら只野の口から、説得の方法は歩美にも伝わるだろう。

「カメラを消して大丈夫なのですか?」

「オリジナルの存在は只野に明かした、本物の証明はしてないけどその必要も無いだろう。伝えたい事は伝わった。今頃は今後どうするか考えを纏めてる筈だ」

「只野先生ならきっと大丈夫です」

「分かってる、だけど人には違いない、絶対とは言えないだろう」

「……お願いがあります」

「内容による」

「もし報告されて逃げる時は、私も連れて行ってください」

「一分だけ考えさせてくれ」

「はい」

 本当にそれで良いのか考える必要がある。歩美の幸せを……。

「長いです、まだですか」

「はは、まだ十秒も経ってないだろ」

「貴方なら十秒も必要ないでしょ、最初から想定してる筈です」

「ああ、悪かった。そうだな、その時は一緒に逃げよう」

「はい」

 そう言った歩美はギュウギュウに俺の体を抱きしめて、胸板で涙と鼻水を拭くと顔を上げた。

「歩美、俺はティッシュじゃないぞ」

「大丈夫です」

 会話が成立している気配は微塵も無い。


「ちょっと輝輔さん、一つ聞いても良いですか?」

「俺がめんどくさく無い範囲でなら」

「ちょっと一番頭がいい奴を出してくださいよ」

「そのネタまだ生きてたのか」

「私の事どの段階で監視だと気付きました? ほ・ん・と・うは?」

「確信を持ったのは最近だよ?」

「違和感を感じた時期です!」

「んー、なんとなく? ちょっと分からないな」

「なんでそんなにアバウトなんですか、まったくもう」

「俺も一つ疑問あるけど、歩美は何時まで俺のこと『さん』付けなの? 最初からそうだよね? 自分で言うのも何だけどさ『テルスケ』って呼び難くない? 苗字の方が呼びやすいと思うんだけど……」

「プリントが届いた日の食事中から、響さんが耳にタコが出来るほど連呼してたから、自然に下の名前でしたね。それがどうかしたのですか?」

 響ね……それが答えだよ。俺は一度も名乗ってない、だけど初めて呼ばれたあの時……。

「いや単純に『さん』が気になっただけだよ、他意は無い。気付いたのとか本当に最近の話だから気にする必要無い」

「それに『貴方』とか『輝輔さん』とかの方が妻っぽくて良いじゃないですか! 貴方だって将来困るかも知れないと思って『琴梨』から『歩美』に変えたんでしょ? それに素敵な名前です! 生と死(瀬戸石) 始まり(アルケー)と終わり(テロス)。御両親は洒落た名前を付けましたね。苗字は偶然でしょうけどね。ロア輝輔さん」

 これは驚いたな、気付いていたのか……。

「はいはい、これからもよろしく頼むよ歩美さん」

「もーなんですかその投げやりなた――」


 しかし本当に運が良かったな。監視が1グループしか居ないのは想定外だった。正直な所は2グループ覚悟して動いてた。組織もあるし、禁解派の連中も居ると思ってたからな。

 特定した1グループも話が分かる奴ばかりだ、皆良い奴ばかりだ。俺は環境に恵まれすぎてる、怖い位に恵まれてる……。もしかしたら母さんは指輪に何か願っていたのかもしれないな……。そういや黒服は親父の所の社員だったらしい。まぁ薄々は気付いてたけど連絡くらい先によこして欲しいものだ。あっちもあっちで監視の目が厳しいのだろうが……。

「ちょっと聞いてます? もー!」

「ああ、悪い聞いてなかった」

「はぁ…………」

 歩美はまだ俺の上でゴロゴロしている、歩美には助けられてばかりだな。

「――歩美、ありがとう。愛してるよ」

「なっ!! 人の心を読むのは止めて下さい!」

「ん? そうなの?」

「ええ、『はぁ……たまには御褒美下さいよ』って若干拗ねた所でした」

「四六時中あげてる気がするんだけど……」

「満足できません」

「歩美は満足しないからな」

「でも今のは死ぬほど嬉しかったです、初めて言ってくれました」

「うん、そうだね」

「もう平常運転モードになってます、もうちょっと素直な時間を長くして下さいよ」

「ははは、良く分かってるじゃないか。照れ臭いんだよ」

「今更過ぎます! でも私も愛してます」

 ああ、これからもボチボチ頑張って行こう、二人で。

 しばらく料理を忘れて二人でゴロゴロした後、仲良く料理をして食事を取った。こうして俺は、いつ違う監視が付くか分からない状態ではあるが、再び平穏な引き篭もり生活の奪取に成功したのである。監視役のお仕置きはめんどくさいので見送る事にした。


 ばんじゃーーい!! 引き篭もりサイコー!! ヒャッホー!! 台無しである。だが事実である、ご理解頂きたい。


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