ルビーのリング
7月の貴石。
ルビー。
コランダム Al2O3
サファイアやパパラチアと同種。
その中で特に赤い色のものをルビーという。
最高級はピジョンブラッドと呼ばれる色。
6本の光条が走るスタールビーというものもある。
スピーカーをバックに、唄いながら料理を作る彼女は幸せそうだ。
80年代アイドルをメインに、現在のポップスを混ぜながら。
「口は動いてるけど、ちゃんと手も動かしてくれよ」
僕は、音の無い野球中継をぼんやり見る。
「口が動いてるから、料理も苦じゃないのよ」
両手に皿を持った奥さんが背後にいた。
「はい、出来たよ。机に置いて」
「お、おぅ。美味そうだな」
「はぁー、やっぱり松本隆センセーと呉田軽穂さまのコンビは神だわー。んー、山下達郎氏のコンビも捨てがたいし、大瀧詠一殿は鉄板だし」
ブツブツ言いながら、食卓が完成されていく。
音楽を切ると、テレビのボリュームを上げてくれた。
「そんなに聴いてて飽きないか?」
「最初は音に気をとられるんだけど、結局、詩の世界に浸かっちゃうのよねぇ。奥が深いの! あなただって、同じような試合観てて飽きないの?」
「同じようなって、ピッチャーは毎回違うし、対戦相手も変わるし。一緒じゃないよ」
いつものように振る舞えているのだろうか。僕は、隠し事が苦手だから。
けど、食事を終えると、彼女はいつも通りコーヒーを入れる。
サイフォンを使った香り高いものだ。
僕としては、美味しいコーヒーを飲めるのでありがたい。
が、彼女はミルクと砂糖を大量に入れるので、それはどうだろう? と疑問に思うことがある。
僕がドキドキしていることも知らず、彼女は雑誌をめくっている。
時計が0時を指すと同時に『Happy Happy Greeting』をかける。
「誕生日おめでとう」
「え?」
「もしかして自分の誕生日忘れてた?」
「う、うん。そうかー、今日だ」
僕の取り出したプレゼントを前に、なにやら落ち込んでいる。
「な、なんか欲しいものがあった?」
「うんん。そうじゃないよ。またひとつ年取ったなぁって思って」
「年を重ねた、だろ。年取ったなんて、松本隆は絶対言わないでしょ」
「……確かに」
彼女は顔を上げた。そこにはもう、憂いはなかった。
恐るべし、松本隆。
「ほら、開けてよ」
「うん」
小さな箱型のプレゼントを受け取った彼女は、綺麗に包装紙を外し、たたむまでキッチリと時間をかけた。
「わぁ、可愛い」
「ルビーの指輪。キミの大好きな松本隆の世界だろ?」
思ったよりルビーというのは高価で、小さめの石のリングしか買えなかったけど。
「ありがとう!」
指にはめて、キラキラさせて喜んでいるようだ。
そして、僕に抱きついて来て言う。
「よく覚えてたねー」
「あれだけ聴かされてれば覚えるよ」
「ねぇ、あなた。ものすごく嬉しいんだけど、水を差すような事ゆっていい?」
腕だけを僕の首に回した状態で、しかも、上目遣いに、いたずらっ子のように笑みを浮かべて。
「な、なに?」
「あれって、未練タラタラな男の失恋ソングよ」