アメシストの横十字
2月の貴石。
アメシスト。
紫水晶とも。
二酸化珪素 SiO2 石英。
昔は高貴な色とされていたが、年寄りくさいと言われるようになった。
だけど、私はこの石が大好きだった。
だから、目の前に出された時は舞い上がってしまった。冷静を装ってみたけれど。
「のんちゃん、それってとうとう?」
「えへ。やっとプロポーズしてくれたの」
私の同僚である望と章子が、はしゃぐ。
昼食中なので周りが気にならない。
箸を持つ望の薬指には、小さいけどキラキラ光るダイアモンドの指輪がはまっていた。
「彼氏頑張ったのねぇ。やっぱりダイアモンド最高。私にも誰かくれないかなぁ」
「章子ちゃんってば理想が高いもん。ね、咲希もそう思わない?」
味噌汁を置いて苦笑いを浮かべる。
「うん。章子ちゃん熱し易く冷め易いって自分でも言ってるし」
「咲希だってそうじゃない。ダイアモンド欲しくない?」
「私はダイアモンドよりアメシストがいいな。誕生石だし。プラチナ土台で、十字架っていうかスカンジナ ビア十字って言う感じの模様が入ってたら最高」
「マニアックな人がいればいいわね」
章子が感情なしに言う。
いいじゃないか。私の個性だ。
そんなお昼があったことをすっかり忘れていた頃、隣の部署の一ノ瀬くんが声をかけてきた。
「井上さん。今日の仕事終わりですか? 飲みに行きませんか?」
「うん。いいよ。行こー」
ひとつ年下ということもあって、気軽に返事をした。
彼に連れられていったのは、お洒落で(高そうな)可愛い店だった。
居酒屋を予想していた私は、自分の服を見おろした。
「大丈夫ですよ」
不安を消すように彼が言う。
年下のくせに生意気な。と思ったのは仕方ないだろう。
ビールや酎ハイなんてなにそれ。大人の女はワインでしょ。
いつもより姿勢良く食べた料理は美味しかった。
満足で顔がにやけてたと思う。
そんな時だった。
「井上さ、咲希さん。結婚を前提に付き合ってください」
一ノ瀬くんが、小箱を差し出す。
何を言ってるんだろう。小首傾げ、ジッと箱を見た。
「咲希さん? 開けてみてください」
夢現に箱を手に取り開けてみた。
「これ……」
銀色の台座に光る紫色のスカンジナビア十字。
「咲希さんのイメージに合ってるかわかんないですけど、宝飾店で相談して作りました」
「なんで知って……や、わざわざ作ったの?」
「やっぱり喜んで欲しいじゃないですか」
照れくさそうに言う。ドキドキしてるのは私だけなのかな。
素直になるには大人になりすぎた。
「ごめんなさい」
彼の顔が曇る。
「私、一ノ瀬くんのことそういう対象で見てなかった。だから、来年の私の誕生日にコレ頂戴」
箱を彼の前に置いた。
「え。えーっと」
「次のデートは水族館行きたいな」
「はい!」
あの指輪に似合う女になるから。待っててね。