ターコイズの空とタンザナイトの星
12月の貴石。
ターコイズ。
CuAl6(PO4)v(OH)8・4H2O
燐酸塩。
ロビンエッグブルー。
メイトリクスという蜘蛛の巣模様があるものも。
タンザナイト。
Ca2Al3(SiO4)3(OH)
黝簾石。
青いゾイサイト。
キリマンジャロの夕暮れ時の空の色。
まだ暑く、眩しく広がる空の頃。
久しぶりのデート。
遅れてきた彼は、ピンクの紙袋を押し付けてきた。
開けてみると、ターコイズのバレッタとバングル。
「こういうの若い女性は好きだろう?」
10歳しか違わないのに、彼は気にしているらしい。
今どきって笑う。
「ありがとう。これ選んでて遅れたのね? じゃあ、許す」
私は、早速それらを身につけた。
似合うって言ってくれないのね。
どうなんだろう。夏の終わり?
海に入るわけでもなく、映画に行くわけでもなく、あてもなく歩く。
時折、考え込むように黙る彼に不安とは違う、なにかモヤっとした感情が膨れ上がる。
女の感ってやつ。
聞こえないようにつぶやく。
「もう会わないくせに」
ターコイズが夏色の想い出に。
思った通り、彼との連絡はメールが1日に1回となり、1週間に1回となり、向こうの気が向いた時だけとなった。
自然消滅ってやつかな。
その頃には、好きなのか好きじゃなくなったのか、自分でもわからなくなっていた。
だから。
クリスマス前のこの時期に「会おう」と連絡があった時は、ただただスッキリさよなら出来ると気合を入れて行った。
彼は、いつもそうだったように遅れてきた。
どこへ行くのか知らされていないので、後をついて行くしかない。
無言で歩くのは息がつまる。
「今月いっぱいなんだ。このイベント」
看板には『はやぶさ2の記録と都心で見る冬の星座』とあった。
プラネタリウムだった。
無機質なはやぶさの孤独な作業に共感するなんて。
見えもしない冬の空に浮遊感を感じたりして。
2人でいても1人なんだと、実感しただけだわ。
カフェでお茶して帰ると言った時は、オシャレな場所で終わりかと思った。
まさかテラスでコタツとは。
まぁ、どこだって同じ。
最後の1杯だろうなぁと苦い記憶とするべく、普段なら頼まないコーヒーを注文した。
彼の顔が強張った気がした。
「本当の空は、あんなに綺麗なのね」
見上げると、暗い空にたった数個の星。
ため息が白い雲となって消える。
「で、別れ……」
「12月の誕生石って、ターコイズの他にもあったんだ。タンザナイトって言う比較的新しい石なんだってさ。これが、思ってるより……その、高価で。仕事増やしたら会う時間が取れなくなって、連絡も今度でいいやって思ってしまって、だから……」
せっかく別れを切り出そうとしたのに、矢継ぎ早に話された。
「だから、コレ。誕生日おめでとう」
ピンクの包装紙の中は、天鵞絨の長細い箱。
開けたら、青い石のネックレス。
サファイアより薄く、アクアマリンより濃い石が輝いていた。
「……シリウスみたい」
「クリスマスツリーのてっぺんの星も、大晦日の今年最期の星も、一緒に見たいんだけど……。君が僕の隣で輝く日々を送りたい」
「……なによ。自分勝手なんだから。いつまでも黙ってついてくる女って思わないでよ」
口が独りでに喋ると同時に目からも涙が溢れていた。
「年末は忙しいの。クリスマスカードも送らなきゃいけない人がいるし、年賀状だって用意しなきゃいけない。大掃除におせちの用意、ゆず湯にだって入らなきゃいけないの。……ゆず湯に浸かってるカピパラを見に連れてってくれる?」
黙って聞いていた彼が、フッと笑った。
「前に行ったリス園より楽そうだ」
タンザナイトが冬色の想い出に。