前編
儂には名は無い。
この山に生まれ、数百年生きてきた。
しかし数百年経つが儂の見た目でいえば十五歳程の男と同じ見た目である。
儂の住む山の麓の村では、人の姿でありながら角をはやして剛力をもつ儂の事を人喰いの鬼人とよんでいる。
だがそれは間違ってない。
事実、儂は人を喰らう鬼なのだから。
ちなみに基本的には山の恵みだけでも生きていけるのだが、人間を喰らうのは人間が比べるまでもないほど美味しいからである。
山の獣達よりも柔らかく食いでがある肉、この山一番甘い果実の果汁よりも甘く、食べたくて食べたくて仕方なくなるような中毒にも似たものを引き起こしてしまいそうな内蔵や血液は儂にとって極上の馳走だ。
なによりも儂のような鬼は人を喰らうことで強くなる。
人間に秘められた高密度の魂が鬼の力を増幅させるのだ。
それが無垢な魂であればあるほどより強力なものになる。
そして肉体の強化もあるが高密度な魂を喰らうことで力を持つ鬼だけが使える鬼術を習得することができる。
鬼術とは鬼の生命力と糧とした魂を対価に発動する鬼の技だ。
その為、鬼はより上位な存在になるため、人間をたくさん喰おうとする。
かといって際限なしに無理矢理拐って喰おうにもいつかは数が尽きてしまう。
そこで儂は麓の村のやつらとある約束をとりつける。
賊や儂以外の化生から守ってやる代わりに五年に一度一人を生け贄に寄越せと言った。
村の人間も拒もうとしたが人間程度が儂に叶うわけもなく、逃げようにも村は大きな町から離れており逃げる間に捕まえ殺せる儂に観念した村人達は約束通り生け贄を寄越すようになった。
儂も対価として村を襲う賊や化生を殺し、栄養にしていった。
この村との関係が始まって数十年、何人かの生け贄を喰った儂のもとに久しぶりの生け贄が届けられた。
生け贄の入れられた駕籠の戸を開け、中を確認すると生け贄にはいつものように死装束を着せられ、駕籠の中で祈るように手を組み、正座している。
ただ今回はいつもと違うのは相手が十になるか位の幼い少女だったということだ。
普段なら死にかけの年寄りやある程度年を取った男女だったはず。
儂は疑問に思いながらも声をかける。
「お主が今回の生け贄か?」
「は、はい」
少女は儂の声を聞いてこちらを見る。
少女の顔には目を隠すように何重もの布が巻かれていた。
「お主、目が見えないのか?」
村の奴等もどういうつもりで差しだしたのだろうか。
「は、はい。昔、突然目が見えなくなり、村人全員から呪いとだと言われ、私を育ててくれた両親も亡くなり、不要になった私は生け贄出されました」
呪い……ねぇ。
儂が見る限りそのような様子はないし、呪い特有の瘴気も感じない。
恐らく目が見えぬのは病気的なものだろう。
まったく人間とはそのような事で呪いなどと愚かしいことだ。
「お主、としはいくつだ?」
「こ、今年で十つになります」
見た通りの年齢だ。
儂は少女の体をじっと見る。
子供ということもあり肉は柔らかそうではあるが、あまり栄養を摂れていないのか少し痩せこけている。
正直なところ食指は動かなかったが、食べ物を与えて八年ほど育てれば喰いごたえありそうな体になるだろう。
「はぁ、仕方ない。娘、今のままのお主を喰らってもきっと美味くはない。だから、お主が育つ日まで儂が育ててやろう」
「へ?」
少女は驚いたように口を開ける。
「いってる意味がわからんのか?」
「い、いえ。大丈夫です。けど今食べなくてもいいんですか?」
「別に山の恵みだけでも生きていけるからな。私にとって人間は馳走みたいなものだ。美味しく食べるために手間暇かけることは別に苦ではない」
「なるほど……ですが私はこのような目で鬼人のお役に立つことはできません」
さっきから思ったのだかこの少女、年の割に頭がいい。
これなら無駄な世話をする必要もなさそうだ。
恐らく村で必死に生きようとして幼いながら学んだ事なんだろう。
「そのようなことを気にするな。今直してやる。そのままだと生活もしづらいだろう」
儂は布越しの少女の目に手を鬼術を使う。
鬼術の使用用途は範囲は広い。
持っていかれる対価は大きいが、治癒なども行うことができるのだ。
「終わったぞ。ほれ、その布を外して儂の顔を見てみろ」
かなりの対価を持っていかれたがなんとか治癒することができた。
儂の言葉に少女は布を外してこちらを顔を向け、恐る恐る目を開ける。
数年ぶりに見ることができるのだ。
本当に見えるのかの疑念、恐怖があるのだろう。
「あ、あぁ……見える。鬼人様、ありがとう……ございます」
目を開け、少女は久しぶりに見た景色に感極まったのか涙がこぼれ、泣き出した。
「こ、こら。泣くではない……儂はお主をより良い状態で喰らうためにやっておるのだ。いつか殺される相手に感謝など言うな」
「ですが、私は目が見えなくなってからずっとずっと不安でした。もう二度と私の目になにも映らないじゃないのかって。いつか死ぬと言っても私はあの恐怖から救ってくれた鬼人様に感謝しきれません」
目を輝かせてそう言われるとなんだか背中がむずかゆい。
まったく調子が狂う。
「はぁ、もういい。儂のねぐらに連れていこう。お主、名は?」
「ち、千代です!」
「千代か。よし、持ち上げるぞ」
そういって儂は千代を持ち上げる。
千代は見た目以上にとても軽い。
儂が剛力であり、千代が子供というのもあるが、ろくに食べてないせいで体重が標準的な体重より軽いのだろう。
「はぅ!?き、鬼人様!?って、きゃーーー!?」
儂は千代を持ち上げたまま跳躍する。
これくらい鬼術を使わずとも素の身体能力で大丈夫だ。
というか儂の家は木の上に作っているのでこうしないと入ることができない。
「き、鬼人様ぁ。し、死ぬかと思いましたぁ」
「育てるといっておるのに死なせるわけないだろ」
目的のねぐらである木の上の家まで到着すると千代が泣きそうな声でいう。
まったくこれぐらいで情けない。
「ですが……あっ」
くぅ~っと腹の虫が鳴く、儂ではなく千代が腹を空かせているようだ。
「もういい。腹が減っておるのだろ?これでも食べろ」
儂は自作した机の上においてあった林檎を千代に投げ渡す。
この山には林檎がなる木があり、そこで結構な数の林檎を持って帰ってきたのだ。
ちなみに家も机を含めた家具も儂が趣味で作ったものだ。
長く生きると暇をもて余すからこのような物を作るがちょうどいい暇潰しになる。
「……いいのですか?」
「なにがだ?」
「育てるだけな最低限のものいいですし、こんな美味しそうな林檎をいただいてもいいんでしょうか?」
「だからいいといってるだろう。それなら対価として受け取れ。これから掃除、炊事をお主に任せる。それの対価として受けとるなら問題ないだろう?」
「うぅ、はい」
千代は言いたげな表情でこちらを見る。
反論したいのだろうが言い返されるのがわかっているのかなにもいってこなかった。
そして、手に持った林檎をひと口食べるとあっという間に食べきってしまった。
よほど腹を空かせていたのだろう。
「林檎ならそこの樽の中に山ほどあるから好きなだけ食べろ。あまり腹の虫に鳴かれてもうるさくて仕方ないから」
「は、はい」
そういうと千代は樽のところまで歩いて、林檎を食べ始める。
みるみるうち樽の中の林檎が減っていく。
物凄い食欲だ。
見ていた儂の腹もその食いっぷりに刺激されたのか腹が減り、腹の虫が雄叫びをあげる。
何個か手に取り儂も食べてみる。
うむ、いつも通りの林檎の味だ。
というか林檎だけだと栄養が偏りそうだな。
明日の早朝に山菜や獣でも狩ってきたほうがいいな。
そんなことを考えて、隣の千代の方を見ると満腹になったのかいつの間に寝ていた。
「泣いたり、叫んだり、寝たりとせわしない奴だ」
儂は千代を抱き上げ、布団のところまで連れていく。
ちなみにこの布団は以前に賊どものアジトを襲撃した際、戦利品として手にいれたものの一つだ。
汚かったのでちゃんと川で洗い干してあるので清潔にしてある。
「儂もそろそろ寝ようか」
久しぶりの人間の相手に疲れたのか眠気が儂を襲う。
だが話せる相手がいるのも悪くない。
今まではすぐ殺して食べていたから話すこと自体あまりなかった。
あったとしても昔、村のやつらと生け贄の約束を取り付けた時だけだ。
おっと、そういえば千代が育つまで生け贄を待ってやるということ言わないといけないな。
儂はこれからの生活について考えなが眠りにつくことにした。