旅支度
「陽子さん、吉本君。いらっしゃい」
私は勇気を出して言ってみた。師匠に。
「小梅は」
「もう、お葬式、あげましたよ。きっと、小梅は幸せだっただろうな」
「そうですね。愛され続けて」
「吉本君」
「はい。デッサン旅行の件ですが」
師匠は押し入れから、日本地図を取り出し、私たちの前で、それを広げ、、、。
「えっとね、今、僕らいるところは神奈川県逗子市です。陽子さんと吉本君に、まず、悪いようですが、大阪へ、行ってもらって、そこから、姫路、鳥取、米子、それから、境港ですか。一眼レフを三つ、用意したので、写真を撮ってもらって、それを、画用紙が、丁度、300枚ありますから、いろんなものをデッサンしてきてください」
「300枚ですか」
「はい。吉本君に150枚、陽子さんに150枚、楽しんできてください」
師匠は、私達にスーツケースを二つ、手渡し、微笑んでくれた。作り笑いかな。小梅のショックは隠しきれないのだろう。吉本さんは、にこやかな言葉たちで師匠を癒している。私は結局、何もできないまま。小梅の冥福を祈った。看板猫だった、小梅。老衰であったそうだ。吉本さんは師匠に報告していた。
「師匠、僕、親父になるんです」
「それはおめでとうございます。佳作が運んでくれた縁ですよ。おめでとう。本当に」
「ありがとうございます」
「僕には家族がいませんから、赤子の顔を報告してくださいね」
師匠と私と吉本さんは、キッチンで師匠が用意してくれた、ケーキを囲む。赤子か。吉本さん。そうだ。駐在さん。あいつ、今頃、慌ててるんだろうな。旅支度に。携帯電話の電源も切った、画家が三人。私の絵に足りないものは何だろうか。よし、デッサン旅行、頑張ろう。




