時には母を待つ子猫のように
退院。私は、吉本さんの助手席に座る。佳作か。私の絵。何が足りないんだろうか。答えはわかってる。絵が走っているんだ。師匠にも言われた。
「陽子さんの絵は、どこか、走っているように思います」
何かが足りない。それだけは、よくわかっている。絵画絵画絵画絵画。駐在さんは私に恋をしているの。私のファンなんでしょ。そうだ。
「吉本さん、デッサン旅行のお話なんですが」
「おお、それな。師匠から聞いたわ。お前、覚悟はできてるんか」
「なんの、覚悟ですか」
「冗談、冗談。せや。あの駐在さん、仕事、辞めたんやろ。あいつも連れていくか」
「え、駐在さん」
「さすがに、お前と二人きりやったら、美穂に怒られるわ」
「じゃあ、美穂も連れていきませんか」
「お前なぁ」
「正直に言うてええか」
「は、はい」
「俺の子供、美穂が妊娠した」
「え、まじすか」
「そう、まじ」
「おめでとうございます」
「おおきに」
吉本さんはコンビニの喫煙所でタバコをふかす。私は、一人きりじゃない。でも、吉本さんが羨ましい。誰とでも上手くやる、器用な人だ。駐在さんに電話をかけてみて、こうこうこうでこうなったから、デッサン旅行に参加して。駐在さんは優しく。
「わかりました。勿論、行きますよ。僕、ブラリーマンになりましたから」
と笑ってくれた。デッサンか。どんなに、頑張っても入選止まり。一からデッサンを始めるか。よし、私の決意は固まった。すると、着信、師匠」
『陽子さん、退院おめでとうございます』
『あ、ありがとうございます』
『小梅が、亡くなりました』
『えっ』
私は、小梅にたくさんの幸福をもらった。それは、アトリエに来るすべての人がそうだ。吉本さんが缶コーヒーを私に手渡してくれた。
「小梅、亡くなってな」
「はい、聞きました」
「アトリエのシンボルやったのに」
「師匠、ショックでしょうね」
私達は、小梅の冥福を祈った。辛いな。最近。缶コーヒーを飲み干す。吉本さんの煙草を一本、いただき、吸った。小梅、ありがとう。
「ほな、行こか。アトリエへ」
「はい」