桜咲く
「陽子、飯やぞ。バイキングやぞ」
「はあ」
「はあちゃうやろ」
「我聞、起きたんか」
「はい」
「ほな、食堂で飯にするぞ」
飯永一郎の弟子。画家、純粋に絵を愛する。自主製作映画の失敗作。でも、みんな、よくやってくれた。我聞が私にコーラを手渡し、欠伸する。有難い。非常にありがたい。私は我聞を写真に撮った。フィルムが切れた。エレベーターに乗り込む私たち。8階の食堂で、バイキング。テレビをつけた。
『続いてはニュースです。報道フロアから立山さん。はい、立山です。昨夜、神奈川県逗子市で交通事故がありました。タクシーが男性をはね、神奈川県逗子市の飯永一郎さんが病院に搬送されました。命に別状がないということです』
し、師匠。
「陽子、帰るぞ。我聞、タクシーとフロントで精算済ませてくれ」
「わかりました」
「陽子、師匠に電話せい」
「はい」
かからない。電話がかからない。師匠に、師匠に何が。帰り支度を急ぐ私たち。なんでこんなことに。焦る、ボタンの掛け違い。スーツケースにすべてを詰め込んで。
「陽子、鳥取空港の便がある。成田行きや。それで帰るぞ」
「わかりました」
チェックアウトを済ませて、タクシーに乗る。無事でいて。空港へ急げ。タクシーはものすごいスピードで走る。私は、私は。
鳥取空港に到着。飛行機に乗り込む三人。東京。なんで、なんで、こんなことが。私の涙は乾かないまま。我聞は鋭い目つきなり、吉本さんは、苦虫を噛んだ表情。もう、いいよ、もう、いいよ。
成田に。
成田に着く。走る三人。東京駅、逗子までの切符を買う。電車に乗り込む。時間。時間だけが刻々と。師匠。無言の三人。生きる。逗子に着く。タクシーに乗る。アトリエに戻る。誰もいない。アトリエの電話が鳴る。私が出た。
「はい」
「飯永一郎さんのご家族ですか」
「そうです」
「私、鎌倉病院の医師、本田と申します。飯長一郎さんは、両腕の両足の切断、その処理で、終わりました。息はしており」
「わかりました。今から行きます」
「吉本さん、車、お願いします」
「わかった。鎌倉病院やな」
「我聞、あんたも来て」
「わかりました」
両腕、両足の切断。師匠。焦る私たち。時間がない。吉本さんの助手席に座る。鎌倉病院へ向かう。なんで。なんで、辛いことが。
病院に着く。本田先生を呼び出す。
「大丈夫です。手術も成功しました」
「両腕両足は、なんとかならないのですか」
「無理です。縫合も難しいと判断しました」
病室へと走る三人。飯長一郎の病室。
「あ、陽子さん、吉本君、我聞君。おかえりなさい」
「師匠。私たちのことはいいですから。。。」
「ご心配なく」
師匠の両腕両足が。
あれから、二週間がたった。私は鎌倉病院に、吉本さんの車で師匠の退院のお手伝い。アクセルを踏む。師匠は病室で、口に筆をくわえて、絵を描いていた。
「あ、陽子さん。ありがとう」
「とんでもないです」
師匠を車いすに乗せて、アトリエへ帰った。ポストを見る。
『前田陽子様 ナカイクレパス』
おもむろに、書類を開ける。
『前田陽子 入賞「アトリエに咲く花」』
師匠が笑顔で言った。
「僕たちには絵がありますから」
「そうですね」
私はまた、絵を描き始めた。




