盾と矛
「ホテルまでのタクシー代、僕が持ちますよ」
「お前、ええんか。ぷう太郎やろが、今」
「貯金があるので大丈夫です」
「そうか。ほな、お言葉に甘えさせてもらうわ」
笑える二人の男。私たち三人はタクシーを拾い、デッサン旅行を楽しんでいる。ちゃちゃんちゃちゃんちゃんちゃん。画家の楽屋の話。師匠の芸大時代、同級生だった、中島寛太さんという画家さんが自殺し、平野成介さんという画家さんは人を殺し、死刑になったそうだ。画家の稼業ってこれでいいのだろうか。確かに私は賞をもらい続けている。全国募集のコンテスト、神奈川県展、逗子市展。等々。部屋には表彰状と少なからず盾やトロフィーもある。打率は、四割二分二厘。そのペースで描き続けてきた。このデッサン旅行。私、このままでいいのかな。と、車窓にうっすらと映る、自分自身を見る。運転手さんと会話。
「姉さん、画家さんなの」
「はい、一応そうですけど」
「へえ」
私は、眠りこくる男たち二人の顔を見て安堵した。
「姉さんさ、俺、煙草、すってもいいかな」
「え、どうぞ、どうぞ、お構いなく」
「それにしても、画家さんって大変らしいね。絵の具代、キャンバス、それに運賃、出品料とかもあるとこはあるんだろ」
「はい、ありますね」
「それに派閥とか」
「運転手さん、詳しいですね」
「俺。娘が画家になりたいってしつこくてさ。姉さんを責めてるわけじゃないよ。今年、芸大受験するんだよ。ずっと、画用紙にデッサンしてさ」
「そうなんですか。デッサンは必須ですからね」
「らしいね。なんか、ヌードが描けたら、合格なんでしょ。デッサンって」
「はい。なかなか難しいですよ」
「そうみたいだね」
運転手さんは過酷な画家の現実をわかってくれた。師匠は、多くの浅い理解より、少しの深い理解のほうが有難いものだ。と常に、話している。運転手さんは信号待ちに差し掛かり。
「この信号、長いんだよな。もう一本タバコ吸うね」
と、頷く私を見て、ため息ついた。画家。画家。遊びじゃない。でも、遊び心がないと終わってしまう。ハーフハーフな私。ポケットからガムを取り出して、口の中に入れた。ガムを噛む。この信号、ほんとに長い。と思ったら、青信号に変わった。人生って皮肉なのかな。




