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どうしてひっくり返して掛ければいいの?

作者: 天明透

 書き終えてから、6年生にしては幼過ぎると思いました。が、このままでいきます。


 友里ちゃんは今日、学校で分数の割り算を習いました。


「分数の割り算は、ひっくり返して掛ければいいの」


 友里ちゃんは授業を思い出して、そう口にしました。それからすぐに頭の中に「?」が生まれます。


(どうしてひっくり返して掛ければいいの?)


 勉強熱心な友里ちゃんはまず友達に訊いてみました。


「どうして分数の割り算は、ひっくり返して掛ければいいの?」


 友達はすぐに答えました。


「先生がそう言ったからだよ。それに、教科書にだってそう書いてある」


 うーん、と友里ちゃんは考えます。先生が言ったから、教科書に書いてあるから、友里ちゃんは納得できません。


 今度は先生に訊きに行きました。


「どうして分数の割り算は、ひっくり返して掛ければいいの?」


 先生は優しく答えます。


「1÷(1/3)で考えてみましょうか。1の中に1/3は何個ある?」


 勉強熱心な友里ちゃん、これにはすぐに答えます。


「3個!」


「そう3個。ひっくり返して掛けたのと、一緒になったでしょ。じゃあ、他にもやってみましょうか。4÷(2/3)だったら——」


 先生はいくつかの例を挙げて、それは全部、ひっくり返して掛けるとうまくいきました。


「ほら、どれをやっても、ひっくり返して掛けるとうまくいくでしょ。だから、ひっくり返して掛ければいいの」


 うーん、と友里ちゃんは考えます。


(いくつか試してうまくいけばそれでいいの?)


 友里ちゃんはまだ納得はできません。


 次に友里ちゃんは家に帰ってお母さんに訊きました。


「どうして分数の割り算は、ひっくり返して掛ければいいの?」


 お母さんは少し困った顔をして答えます。


「それは勉強していればわかるようになるの。だから、今はしっかり勉強しなさい」


 友里ちゃんは思います。


(私は今理由が知りたいの)


 友里ちゃんはもちろん納得できません。


 次に友里ちゃんはお父さんのところに行きました。


「どうして分数の割り算は、ひっくり返して掛ければいいの?」


 お父さんは真面目な顔で答えます。


「割り算っていうのは掛け算の逆演算だから、積に関する逆元を掛けることが定義なんだ。分数は分子と分母をひっくり返したのが逆元になるから、ひっくり返して掛けるのが定義そのものなんだよ」


 友里ちゃんの頭の中は「?」でいっぱいです。演算? 逆元? 定義? 友里ちゃんにはわからない言葉がたくさんです。


「うん。わかった」


 全くわからないまま、友里ちゃんはそう答えました。


 次に友里ちゃんはお兄ちゃんのところに行きました。


「どうして分数の割り算は、ひっくり返して掛ければいいの?」


 お兄ちゃんはやや面倒そうに答えます。


「文字を使わないで説明するの面倒」


 お兄ちゃんは中学生です。xとかyとか、文字を使う計算ができるのです。友里ちゃんは、文字を使う計算に憧れました。だって、文字を使うと、なんかすごい計算をしているみたいに見えるから。


「私も文字が使えるようになりたい」


「a÷b=c⇔a=bcと(a/b)×(b/a)=1を使えばわかる。

a÷(b/c)=d ⇔ a=(b/c)×d

      ⇔ a×(c/b)=(b/c)×(c/b)×d

      ⇔ a×(c/b)=d

って感じ」


 お兄ちゃんの説明も、友里ちゃんにはちょっと難しくて、いまいち理解できませんでした。


「わかんない」


「自分でじっくり考えてみろ」


 お兄ちゃんは、詳しくは説明してくれませんでした。


 次に友里ちゃんはお姉ちゃんのところに行きました。


「どうして分数の割り算は、ひっくり返して掛ければいいの?」


 お姉ちゃんは「えっと」と言ってから答えます。


「割る数と割られる数、両方に同じ数を掛けても、割り算の結果は変わらないよね?」


 友里ちゃんは小数の割り算を思い出しました。両方に10とか100とかを掛けて、小数じゃなくするんです。確かに両方に同じものを掛けてもいい。


「だから、例えば、3÷(2/3)なら、3と2/3の両方に3/2を掛けていいの。そうすると、{3×(3/2)}÷{(2/3)×(3/2)}になって、(2/3)×(3/2)=1だから、後ろはなくなって、3×(3/2)になるのよ」


 お姉ちゃんの解説に、友里ちゃんはなんとなくわかりつつもまだ疑問顔です。


「分数とそれをひっくり返した分数を掛けると1になるのが大事なの」


 友里ちゃんは考えます。割る数と割られる数に、同じものを掛けてもいい。割る数が1になるように、ひっくり返して掛ければいい。友里ちゃんはなんとなくわかったようなつもりになりました。


「ありがとう、お姉ちゃん」


 友里ちゃんはお姉ちゃんにお礼を言いました。でも、自分がわかっているのか不安になった友里ちゃん。今度はおばあちゃんのところに行きました。


「どうして分数の割り算は、ひっくり返して掛ければいいの?」


「よしきた。おばあちゃんが教えてあげよう」


 おばあちゃんは張り切って答えます。


「まずは、1÷(分子が1の分数)を考えよう。1÷(1/3)はいくつになるかな?」


「3! それは先生も言ってたよ」


「そうかい。先生にも訊いたんだね。友里ちゃんは勉強熱心で偉いね。じゃあ、1÷(1/4)は?」


「4だよ。だって、1を4つに分けたのが1/4だもん。だから、1の中には1/4は4つあるの」


「そうだ、そうだ。友里ちゃんは賢いね。なら、1÷(1/10000)はいくつ?」


「えぇっと」


 友里ちゃんは考えます。頭をひねって考えます。腕を組んで考えます。考えて、考えて、そして答えにたどり着きます。


「1/10000は、1を10000個に分けたもの。だから、1の中には10000個ある」


「その通りだ。つまりだよ、分子が1の分数は、1の中に分母の数だけあるんだよ」


 言葉だけではわかりづらいだろうと、おばあちゃんは紙に書いてくれました。


『1/分母 は 1の中に分母個ある。

だから、1÷(1/分母)=分母』


 友里ちゃんは、確かにそうだと納得しました。


「じゃあ、友里ちゃん。2÷(1/分母)はどうなるかな?」


 友里ちゃんは考えます。1の中には分母個あるの。2の中には何個ある?


「(2×分母)個!」


 友里ちゃんは元気よく答えました。


「そうだ、そうだ。つまりだよ。(1/分母)で割るってことは、分母を掛けるのと一緒だろう?」


 おばあちゃんは紙にこう書きます。


『□÷(1/分母)=□×分母』


 友里ちゃんは考えます。1の中には分母個ある。なら、確かに、2の中には(2×分母)個あるし、3の中には(3×分母)個ある。


(でも、□が分数だったら?)


 友里ちゃんはわかりません。


「おばあちゃん、□が分数でもいいの?」


 おばあちゃんは「もちろん、大丈夫だよ」と答えようとして、でも、なんで大丈夫なのかねと考え直します。


「友里ちゃん、ちょっとこれを考えてみて」


 おばあちゃんは紙に2つの式を書きました。


『(3×4)÷2  3×(4÷2)』


 友里ちゃんはすぐに答えます。


「どっちも6」


「友里ちゃん、掛け算と割り算では、こういうことが成り立つんだ」


『(□×△)÷◯ = □×(△÷◯)』


 友里ちゃんは考えます。△を□個集めた中にある◯の数、△の中にある◯を□個集めたもの。一緒になる? 友里ちゃんは考えます。首を傾げて考えます。顎に手を当て考えます。


「□とか△が分数でもいいの?」


 友里ちゃんは同じところで躓きました。友里ちゃんは割り算を考えるとき、個数にして考えます。なので、分数になった途端に混乱するのです。


 おばあちゃんは困ってしまいました。おばあちゃんは本当は言いたくなかった一言を言ってしまうことになりました。


「これは成り立つと思って、考えてみようか」


 友里ちゃんは、「うーん」と声を出した後、「わかった」と不満げに言いました。


「さっきの式の、△に1、◯に(1/分母)を入れてごらん」


『(□×1)÷(1/分母) = □×{1÷(1/分母)}』


 友里ちゃんはさっきまでの話を思い出します。1÷(1/分母)=分母。つまり、つまり。


『□÷(1/分母) = □×分母』


 なるほど。割り算が掛け算になりました。でも、友里ちゃんはなんとなく釈然としません。


「分子が1じゃないときは?」


「それは(1/分母)で割った後に、今度は分子で割ればいいのさ」


 おばあちゃんは答えます。


『□÷(分子/分母) = □÷(1/分母)÷分子』


 友里ちゃんの頭の中には「?」が生まれます。でも、おばあちゃんは続けて解説をします。


「これを書き直せば、ひっくり返して掛けるが出てくる」


『□÷(1/分母)÷分子 = □×分母÷分子 = □×(分母/分子)』


 友里ちゃんには、なんとなくおばあちゃんの言いたいことはわかります。でも、やっぱり納得できません。


「なんで、分子と分母を分けていいの?」


 おばあちゃんはまた紙に式を書きます。


『□÷(△×◯) = □÷△÷◯』


 友里ちゃんは内心で、「また変なのが出た」と思いました。でも、友里ちゃんはそれを表情には出さないで、


「おばあちゃん、ありがとう」


 とおばあちゃんにお礼を言いました。友里ちゃんは、まだ納得はしてません。でも、何がわからないのかがわかりました。だから、今度はこう聞くのです。


「なんで、

『(□×△)÷◯ = □×(△÷◯)』

『□÷(△×◯) = □÷△÷◯』

なの?」


 ってね。


 小学生に算数を教えるのは非常に難しいと思います。なんといっても、使える道具が少な過ぎます。

 この話では、お父さん、お兄ちゃん、おばあちゃんは、自分はわかってるけど小学生にわかるように説明できませんでした(おばあちゃんは考えるうちに自分もわからなくなってましたが)。お姉ちゃんの説明は一見良さそうですが、根本に置いてある「割る数と割られる数に同じ数を掛けてもいい」が厳密には偽です。いわゆるゼロ盲点ってやつです。割る数が0なわけはないので、ここでは問題になりませんが、言っていることに嘘があるので、人によっては、「これはどうなんだ?」と感じる説明かと思います。

 小学校で習う内容を小学生に説明するのは本当に難しいと思います。分数の割り算しかり、円の面積の公式は証明するのに積分が必要ですし、つるかめ算とか連立方程式を立てたいですし。小学校の先生ってすごいなぁと思います。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 疑問を疑問のままにしない姿勢に心洗われる思いです。(いや、そこじゃないか) 私が、分数はひっくり返してかければいいという意味がわかったのは、いつだったかなぁ。。。?(中学かな?) 最近は四…
2019/01/04 08:39 退会済み
管理
[良い点] 友里ちゃん、偉いです。 すっと同調できる可愛らしい主人公と登場人物それぞれをありがとうございます! [一言]  腑に落ちないのをほったらかしにした私は高校数学で挫折しました。微分積分ができ…
[気になる点] (-1)×(-1)=1ってどう証明するの? から見てきました。 ここで誤記を発見しましたので。 兄による証明のところで、   ⇔ a×(c/b)=(b/c)×(b/c)×d → …
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