思い出しディスコ
5話目です
赤いそれが近付いてくる。
距離、およそ15センチ。ここからでもわかるそれの香り。甘い、香り。
例えるならチョコレートやらキャラメルやらマシュマロやら、ありとあらゆる甘味を混ぜて溶かしてドロドロにして、トドメにはちみつをたっぷりどっぷりかけた感じだ。
匂いを嗅いだだけで吐き気を催すような、圧倒的でねっとりとへばりつくような、押し付けがましい甘い匂い。
それに僕の鼻は悲鳴を上げた。
水場が必要ってこういう事か……
1センチ近づける度に3センチ離したくなるほどの濃い、臭い甘さ。
僕は覚悟を決め、肺の中にある全ての息を吐き出した。
花を今度こそ近付け、鼻をそれの中に埋もらせた。
そして限界になった呼吸と共に、酸素が鼻の中に、肺の中へと流れ込んでくる。
その瞬間、酩酊感。
足元がぐらつく、いや、目の前の世界が揺れている。
ゆらゆらと音を立てて二重に、三重になりながらその姿を波のように揺らす。
それにつられて頭が足がふらふらステップを刻む。
揺れる世界と手を取り合って踊ろう。
これだけ聞くとなんだか少しロマンチックのような匂いがするが、今してるのはさっきよりも濃厚な洋菓子の闇鍋の匂いだ。凶悪すぎる。
世界が刻むビートはクライマックスを迎えたのか、激しさを増す。
それに応えるように僕のリズムもガーッとテンポを上げていく。
後半はもうダンスとは言わなかった。
左右に上下に揺れ、シェイクされる。
もうステップを踏めなくなった足は棒のように声を失い、ただ体を世界の動きに合わせて揺らすことしかできなかった。
そして。
突然の浮遊感。僕は空を飛んだ。
あれほど激しかったビートはピタリと止み、中に残ったのは、吐き気。
離れて嗅いだ時とは違う、もっと確信的に込み上げるそれ。『吐き気』という名詞が、『吐く』という動詞が形を成して頭に浮かび上がり、埋めていく。
吐き…吐く…吐こ……う、かな……
蠱惑的なそれに僕の意識は迷う事なく飛び込んだ。
「う、おええええええええ!!!……え…っ…うええええええ!ごぉっ……ぐ……ぅえ!!!」
何を食べたかも覚えてないが、朝食と昼食をその場に撒き散らす。
胃の中身がなくなる喪失感の代わりに、首の後ろから頭のてっぺんに何かが登ってくるのを感じる。
ーーああ……
試験、今回もちゃんと終わってよかった……
十何年かで終わっちゃったけど、まぁ…そこまで悪い事してないし、多分また人間道入れるかな…。
しかし…この花、もう少し体への負担を考えた方がいいんじゃないかな?
めちゃくちゃ甘いし臭いし、めちゃくちゃ吐くし。
というか私…またそこら辺で適当にやっちゃったよ。またどやされるなぁ…。
私は見慣れた街を見回し、その場から逃げるように自宅へと歩き出した。
まだ続きます