regular time
2話目です
駅。
ざわめく人の波。
声は木々が葉を揺らすように、右から左から、四方八方を囲む。
僕達はホームに降りてきた階段を背に、その森の中でお互い無言だった。
太陽の最後の輝きを反射する無機質な鉄の塊たち。
温もりを与えるはずのこの輝きも、それが放つと冷たい色へと変貌した。
ふと、風が吹く。
寒い。
「…あ、今思い出した。けんちゃん今日誕生日じゃね?」
「…そうだけど。」
「マジかよ!やっべ!何も買ってねぇよ!」
「いいよ、うん。なんもいらねぇし。」
「いや、こういうのはやんなきゃな。……じゃあ、お前どうせこの後暇だろ?おごってやるよ。いつもの所行くぞ。」
もう1日の後半に入ってもなお祝おうとする彼の提案に僕はしぶしぶ付き合うことにした。
まぁ…暇だし……。
ひと通りの会話を終えた僕らはまた森の中に身をゆだねる。
今日は何を食べようか、そんな事を考えながら。
「3番線にー電車が参ります。黄色い線の……」
しゃがれた声が木々を乱す。
僕は荷物を持ち、1歩前に出た。
そこを突如、また別の声がこの場所を貫いた。
「キャーッッ!ひったくりよ!誰か!あの人!!」
甲高い声はホームの真ん中あたりからあげられた。
人が押しのけられ線路上に落ちたり、壁に激突したりと、しっちゃかめっちゃかになっている様子が見える。
その動乱は、こっち側に向かってきていた。
どうやら僕らの後ろの階段を目指しているようだ。
「マジか…先生言ってたやつか……。けんちゃん、こっち来といた方がよくね。」
今日の担任教師を思い出しつつ、その言葉を見送る。
彼の方へよけようと、足を運ぶが、それは大きく荒っぽい手に遮られた。
見知らぬ手のひら。
見知らぬ手ぶくろ。
顔を見る余裕も、その勢いに反抗する余地を与えずにその手は僕の体を都合のいい方向へ押し出した。
「邪魔ッッ!」
一瞬の浮遊感。
妙に、長い。
ホームを見ると、1人の男が小さなピンクのバッグを片手に、階段を駆け上がっていくのが見えた。
そして、僕の視界から消える。
多分、犯人。
時が止まっていると感じるほど長いその間は、体を線路にしたたか打ち付ける事で終わりを告げた。
鉄の塊が僕の体、腕、足、頭を殴る。
あまりの痛みに顔を歪めた。
「けんちゃん!早く!ホームの下行け!」
まだ立ち上がる事もままならない僕に彼は地面に膝を付き、必死にそう訴える。
「電車来る!早く!逃げろって!やばいって!」
ああ、そいえばそうだった。電車、くるんだったな。
線路の細動を手のひらに感じつつ、なんとか立ち上がる。
頭を打ったせいでふらつく。視界が安定しない。
「けんちゃん!」
わかってる、行くよ。今、行くよ。
足が、上手く動かないんだよ。でも、行くから。待って。
「けんちゃん!!」
待ってくれよ。もう少しで動けるから。頭がボーッとするんだよ。足も、痛い。
「けんちゃん!!」
そんなに急かさないでよ。ほら、もう動けるし。今、もう、行くから。
ふらつきながらやっと1歩踏み出した僕は、気が付かなかった。
暖かい光を冷たく反射する無機質な塊が、もう、すぐそこに迫ってきているのに。
けたたましい警戒音と共に、僕の体はさらわれる。
ぐしゃり、と音がした。
僕は雲だ。
こんな、見ず知らずの男によってかき消される。
生きる目的も将来の生き甲斐も見つける事なく消えていく。
僕は雲だ。
「なんて……。」
自分の最後がこう詩的に完結させられると、逆に受け入れられた気分になる。
「じゃあな…みっちゃん……。」
久方ぶりに口にした彼の名前の余韻を感じる間もなく、電車は、彼の前を横切った。
次、続きます